教員控室に呼び出されて
「それでご要件は何でしょうか」
「心当たりありませんか?」
「ありすぎてどれのことを差しいているのか、自信がないです」
教員控室に案内された俺は案の定ハリエットの説教を受けていた。しかも教師陣の視線が結構集まっている。入学二日目からの呼び出しだもんな。自己記録タイだ。情けない。
まあ、いきなり説教を受けていたら目立つに違いない。こんなことしている場合じゃないんだけどな。アビゲイルたちがどうなったのか知りたいのだけど。
「いいですか。まずはクラスのみんなと打ち解けるようにしてください」
「その重要さは理解しているつもりですよ」
「でも、あなたが声をかけたミシェルは教室から逃げていきませんでしたか」
「不思議ですね。普通に振る舞っていたつもりなんですけど。どうしてですかね?」
ハリエットは一瞬口を噤んだ。そして、淡々と答えた。
「あなたが持っているファルシオンが原因だと思いますよ」
「ファルシオン?」
頓珍漢な答えに思考が混乱する。意味が分からない。ただし、俺はヴォイテクに蹴り飛ばされてそれ以前の記憶を失ったらしいから、本当にファルシオンを持っていたのかもしれない。本当に不思議だ。俺の記憶だとリリーに斬られたところで終わっているのだから。
なお、ハリエットが言ったファルシオンとは片刃剣のことで、別名メッサ―とも呼ばれる剣だ。基本的に刃が片側にしかついていないため生産が容易で平民に好まれた武器である。
「俺はファルシオンなんて持っていないですよ」
「そしたらあなたが昨日持っていた細身の剣はなんですか? ソープ・ファルシオンのような形状をしていましたが」
「えっ・・・・」
一気に血の気が引く。ファルシオンにはいくつかタイプがあるのだが、その一つがソープ・ファルシオンと呼ばれる剣だ。猛烈に嫌な予感がする。このソープ・ファルシオン、なんと形状が日本刀に近いという特徴があるのだ。もしかすると、もしかするかもしれない。
「それって、その剣はどんな使い方してましたか? 構えはどうでした?」
このファルシオンは、地域ごとに変化はあるのだが使用方法は片手剣に限られず、ロングソードと同じように扱うこともできる。構えなども日本刀とは異なる。俺が使ったのは、本当にファルシオンの可能性はある。それはそれで新たな謎を呼ぶのだが。
「いえ。抜いた後すぐ、君はヴォイチェフ先生に蹴り飛ばされたので剣術は何も見ていないですね」
「名前ついてました?」
「名前・・・・どうだったかしら」
ヤバい。はっきりしない。だが、もし仮にあの刀を抜いていた場合、俺はリリーに謝りに行けばならない。それどころか、責任を取る必要があるかもしれない。頭を抱える。
「うーん」
はっきりさせて安心したい気もするが、もし想像通りだったとしたら・・・・恐ろしい。
「どうしました。まだ体調がすぐれないのですか?」
「そうじゃなくて、その私が持っていたという剣が何だったのか気になって」
「何か悩みどころがあるのですか? 私で良ければ相談に乗りますよ」
あれ? ハリエットは何ともないようだ。そうか、ハリエットは竜騎士だった。いくつもの死線を潜り抜けてきた彼女にしてみれば、あの刀が纏う負の空気にも慣れっこなのかもしれない。賭けに出てもいいかもしれない。
「悩みはありません。ですが、私が持っている剣を御覧に入れます。もし昨日私が振るっていた剣と同じだったら教えてください」
「そういえば、面白い剣を持っていましたよね。見せますって聞こえたんだけど」
「今の時代にファルシオン使うなんて変わってるわよね。私にも見せて」
「俺にはファルシオンともちょっと違うように見えたけどな。確認させてもらうぞ」
聞き耳を立てていた教員たちが寄ってくる。衆人環視とはこのことだ。緊張してきた。これは賭けだ。違うことを願いたい。
大丈夫だ。問題ない。違うぞ、絶対に違う。腹をくくる。
「特別ですよ。条件が揃わない限り抜かないようにしているんですから」
腰に手を当て、息を深く吐く。頼んだ。目を閉じる。周囲の空気感が変わる。
「──────来てく・・・・・・えーと」
カンカンと鐘の音が響き始めた。
「ストップ。予鈴です。やらなくて大丈夫だから、要件は終わりました。教室に戻って下さい。遅刻になりますよ」
「ちょっと、待ってよ。少しぐらいいじゃない」
「あまり焚き付けないでください」
「確かに。盛り上がりすぎたかもしれないですね」
「そうですか・・・・そうですね、それじゃあまた今度、機会があったら御覧に入れます」
「俺にも見せろよな」
「気が向いたらいいですよ」
教員の集団をかき分けて控室を飛び出す。気持ちを切り替える。広い学び舎だ。いよいよ、俺の学園生活が始まる。卒業するころにはこの6号館も小さく見えるのだろうか。大きく一歩を踏み出す。
「教室どこだっけ」
前途多難だ。
「あっ、おはようアビー。調子はどう」
「大丈夫。私たちはそもそも怪我を負ってないから。オトこそどうなの?」
「何が?」
「ごめんね、アビゲイルちゃんまた後でね」
「うん。バイバイ」
俺とアビゲイルの話が始まった途端。アビゲイルの周りにいた女子陣が俺と入れ替わるように消えていく。
「オトの席は私の隣みたい」
「ここだね。よろしく」
「よろしくね。体痛まない? 今朝も医務室寄ったけどいなかったし、心配だったんだから」
「無問題。それよりも、ヘアブラッシングしてますね。寝ぐせだらけだったらどうしようかと思っていたところでしたよ」
「子どもじゃないのですからそんな心配はご無用ですよ」
一日会わなかっただけなのにかなり立派になったように感じる。子どもは成長が早い。心配していた怪我なども負っていないようだ。
「立派になって・・・・嬉しいよ」
駄目だな。アビゲイルは成長しているのに俺は何も変わってない。きっと謝らない理由を探していただけなのだ。俺が何の剣を使ったのかに関係なく、昼休みになったらリリー先輩のところに謝りに行こう。