転向 ~決意~
「どうぞ、そこらへんに座って」
エニッドに進められるまま案内された席に座る。
「狭いところでごめんね。すごい量の本だよね」
彼女はこちらを向くことなく、ティーポッドに茶葉を入れ魔法瓶からお湯を注いでいる。この部屋は俺と彼女とで二人っきりだ。
ここは文化系サークル塔の3階。周囲に喧騒はなく、窓から吹き抜ける風が心地よい。
多分ここなら安全だ。ああ嫌になる。どうしてそんな後ろ向きの考え方しかできないのか。
どうぞと言ってエニッドがティーカップを差し出す。彼女が正面の椅子に腰かけたのを見計らって一口いただく。
「どうして俺をここに?」
何も喋らない彼女に対してこちらから口を開く。
一瞬の間が開いて彼女が優しく微笑んだ。
「オト君ってどちらのサークルに行くの?」
「サークルですか……そうですよね。馬術部の入部試験落ちちゃいましたし」
難しい質問だ。正直な話、馬術部には入れたら嬉しいな、とは考えていたけれどそれ以外と言われるとピンとこないものがある。特段、やりたいことがあるわけでもないし。
「ご存じだとは思いますが、馬術部以外にも乗馬サークルはいくつもありますよ」
「馬術部以外のサークルがあるのは知っています」
「君ほどの技術があれば勧誘も来たでしょう」
「それはなかったです」
「どうして! あれだけ馬に乗れて放っておくはずがないですよ」
「でも勧誘は来ていませんね。それに実のところ俺はそこまで馬乗りに興味があるわけではないんです。ただ田舎に住んでいたため、馬に乗る機会が多かったというだけの話で」
そもそも馬術部に拘っていたのも姉たちが紹介してくれたからであった。話で聞いていた馬術部は一握りのエリートのみが在籍できる伝統と格式のあるサークルとのことだった。
それゆえに上下の繋がりも強く、就職や出世競争において先輩が後輩のために口利きをしてくれることも多いという話だった。
馬術に興味があったのではなく、夢をかなえるためには馬術部に入ることが近道であったから希望していたに過ぎないのである。馬に乗るということに対して真摯に向き合っていたわけではないのである。
「そうなんですか。では他に入ってみたいサークルとかはないのですか」
「特には思い浮かばないですかね。でも俺のことを勧誘してくれるようなそんなサークルがあったら入りたいですかね。俺みたいな人間を歓迎してくれるのであれば大変光栄に思います」
なんとも自分で言っていて恥ずかしくなるような情けなくなるような。そんなことはあり得ないことは自分が一番知っている。貧乏神に疫病神、死神とフルコンボしている。危険を冒してまで近づきたがる人なんていないだろう。
「ねえねえ、私が誘ったこと覚えていますか?」
「えっ?」
「あれ忘れちゃいました? 確かに入学直後でドタバタしていましたもんね」
「あっ! いえ。覚えています。覚えていますよ」
そう言えばそうだった。エニッドから文芸部にしっかり勧誘されていたのであった。今の今まで失念していた。というよりもてっきり社交辞令的な言葉だと受け止めていた。
「それでどうです。うちのサークル。活動は任意で本とか文章を読むのが好きなら、いえ嫌いだとしても歓迎しています」
「それは確かに魅力的です。でも俺って何かと忙しくて参加できるか心配です」
「大丈夫です。それは無問題です。幽霊部員でもレベルの高い学生であれば大歓迎ですから」
うーん。レベルの高い幽霊部員とは何かわからないが、少なくとも社交辞令ではないし本気で勧誘されている気がする。
ここは検討すべきであろう。
「分かりました。かなり前向きに考えてみます」
「ありがとう! そしたら都合の良い月曜日か木曜日の放課後にここに来てください。月曜日と木曜日が基本的な活動日なので。もちろん自主的な活動で毎日来てもいいんですよ」
エニッドは少し早口になりながら活動の予定を述べ上げた。内心ひきつつも表情には出さない。
「ええ。それでは活動している日の放課後参りますので」
話を終えて廊下に出る。人の気配がしない廊下は不気味なくらい静まり返っている。でも不思議と嫌な感じはしない。
いいのだろうか。俺のような人間がサークル活動をしてしまっても。
夜、寮の天井を眺めながら考える。
結局アビゲイルにはサークルのことは話せていない。彼女も彼女で忙しそうであった。多分アビーにも何かがあるのだろう。
寝返りを打って右を向く。木製の日焼けした壁が目の前に現れる。左の方からは隣のベッドで眠るアビーの寝息が聞こえてくる。
興奮しているのだろうか。目が閉じない。
今の俺には清算すべき課題がある。それも誰にも迷惑をかけず完全に遂行しきらなければならない。中途半端なことをすれば反撃にあって望まない結果になりかねない。
やるなら徹底的にやり切る。例え俺の身がどうなろうと関係ない。すべてが片付いてそれでも俺を受け入れてくれる人がいるならば、それは幸せなことだ。
壁に右手を突き出す。
「守らないとな俺がすべて」
コソコソするのはやめだ。いつまでも先生に気を使わせているのも気が引けるし。
「決着をつけよう」




