シャーロットとアルノート
授業間の休憩時間中に俺は一人で教室を移動する。
それというのも上級生向けの授業に出席する必要があるからである。
なんでも俺の魔術の家庭教師と学園で魔術を教えている教員が知り合いだったようでその教員の授業を受けさせられているのである。
移動自体は面倒なのだが、同級生と一緒にいなくていいのは気が楽だ。壁を作って近づかれないようにするといった特別なことを考えなくていいし。
授業が行われるのは上級生たちのいる隣の校舎。
周囲、特に背後に気を使いながら校舎を移る。街中で暴れるような輩である。常に万が一に備えているくらいでちょうどいいだろう。
そんなこんなで講義の行われる大教室の前まで無事に来れた。一安心。
廊下にはすでに人の影はなく。学生たちはみな教室の中で待機しているようである。それもあって教室の前で一瞬躊躇したものの意を決して教室の中に入る。
入り口付近にいた何人かの学生と目が合う。
目を外さない者、目を外す者、俺と視線が合ったことを隣の席の学生に報告する者。後から気が付いて目線が合う者。反応は三者三様であるが明確に好意的であると分かるものは見当たらない。
歓迎されてないな。
目を泳がせてそれらの視線全てを無視する。そして、入り口とは反対方向で太陽の光の入らない奥の方に移動する。
「今週も出席とは偉いね」
左横から声が聞こえる。この声、聞き覚えがある。下の兄に似ているのだろうか。でもここにアーロンがいるはずはない。俺には関係ない以上、反応するのは良くない。
今の俺は疫病神。俺のせいで話が途切れたりしたら申し訳ない。何も聞いていないふりをしてそそくさと教室の後ろに移動しよう。
「ちょっとタンマ。無視しないでよ」
アーロン似の声がもう一度聞こえる。何を戯れているのだろうか。
「まったく、だめですよ後輩をイジメたら。ね?」
今度は女性の声がする。この透き通った声は知っている。しかも、後輩というキーワード。俺以外に飛び級でこの授業を受けている者がいるとは思えない。つまり……
徐に後ろを振り向く。
うむ。バッチリ目が合った。
「お元気そうですね。シャーロット先輩。アルノート先輩も」
多分、口角が不自然に釣り上がっている。忘れていたよ。この人、この人たちは周囲の目なんて気にしないんだった。
圧倒的にヒエラルキーが上になると下の方で、何かが起きていても感知できないのであろう。
「なんでよ。オレはついでなの? それにアルノートなんて呼びにくいでしょ。アルでもノートでもいいんだよ」
「ついでではないです。ただ、先輩よりもシャーロットさんの方によくお世話になっていましたので」
シャーロット先輩の顔が明るくなる。というよりも勝ち誇ったような表情である。
「はいはい。そこ立ってないで座って」
いつの間にかに教室にいた先生がこちらに向けて声を張り上げる。
「ほら、こっちこっち」
先輩に教室の前の方に引っ張られる。いや、物理的に接触してはいないのだが。彼女に引かれている感じがある。
ああ。今週もこの人たちと一緒に授業を受けるのか。
先生が予定されていた授業内容を話し終えたところでチャイムが鳴り響いた。
いつの間にかに1時間が経過していたらしい。オクタヴィア先生が講義の終了を告げると先輩たちは教室の外へと流れだして行った。
昼時だし学食とかカフェテリアにでも行くのだろう。
俺もすぐに立ち上がりたかったのだが周囲からのプレッシャーに負けて大人しく授業内容をまとめたノートを読み返す。
魔術の属性と特性。予習しているとはいえこの範囲は基礎的な内容以外あまり勉強したことがなかった。あと数回は応用の部分が続くため苦労しそうである。
現在この教室に残っているのは、俺が捕まったシャーロット先輩の女子グループとそれに付随しているアルノート先輩だけだ。ほかの学生は当にいなくなっている。
この人たちが教室から消えてくれたら俺も移動することができるのに。しかし、そんな思いとは無関係に彼らは話に花を咲かせている。
「いやはやオト君は勉強ですか。関心関心」
「関心って、アル。貴方は授業内容分かったのですか?」
「うーん。どうだろう。分かったような、分からなかったような。聞いたことがある気もした」
「すごいね。さすがは成績優秀者」
「いやはやマグレだって。ギリギリだからねオレ」
なんか今聞き捨てならない言葉が聞こえた。成績優秀者?
「おっ、反応あり。お顔をあげてどうしたのかな?」
「い、いえ。なにもないです」
「気になったのは成績優秀者のところですかね。意外ですよね。このような感じの人でも成れてしまうんです」
「いいえ! 成れません。ロッテとアル君が特別なんです。成績優秀者なんて1学年に3人ですよ、3人。そこに選ばれている時点で二人とも優秀ですよ」
エニッドが半分キレながら口をはさむ。おかしいな。文芸部に勧誘されたときは、もっとおしとやかなタイプだと思ったのに。
「そんなこともないさ。あんちょこを使えばね」
「使えば簡単かもね。貴方の勘って昔からよく当たるみたいですので」
「ありがとう。主席様に言われると誇らしいよ。俺が選ばれるのは今年で最後になるだろうさ」
何というべきか。地雷をバラ撒きながら話している。
この二人がどれだけ勉強できるのか。どれほど魔術や運動ができるのか俺には分からない。しかし、この話を聞いて心の底から笑える人間は当人たち以外にはいないだろう。
事実エニッドは歯痒そうな表情をしている。きっと彼女も優秀なのだろう。それでも届かないゆえにこのような反応になってしまうのだ。
「ところでオト君、週末のレースの話なんだが。オレは大変感動したんだ。何勝手に感動してるんだと思っているかもしれないが素晴らしかった。老馬を駆ってレースを制する姿は思わず心が熱くなった」
なぜか話の矛先がこちらに向いた。噓でしょ。どんな風の吹き回しだ。
「あっ、はい。それはどうもありがとうございます。でも僕はレースで負けているので制してはいません」
「そうですか? 私的には勝負に勝っていたと思います。間違いなく貴方が一番でしたよ」
そしてこの話にシャーロット先輩が乗ってきた。この人に至っては俺が試験を受けた馬術部の人だ。やめておくれよ。俺の心の傷をこれ以上広げないでいただきたい。
「シャーロット先輩もアルノート先輩も二人ともやめてください。俺はあの競争を自分のミスで負けたんです。もし仮に勝っていたようにみえたのだとしたらランサーのおかげですよ。俺の功績ではありません」
話を遮るために話題にしづらい方向に話を誘導する。さすがに他人のミスを長々と語ることはないだろう。ないよね。
「そういえばオト君。私の名前はシャーロットじゃなくてローリーでいいですよ。先輩もいりません」
「そうそう。彼女のことを先輩と呼ぶ必要はない」
「ちょっと、アル。それはあなたも一緒でしょ。私はもちろん貴方にも当然ないはずです」
「しかしだね君。君には先輩としての威厳を感じられないのだから」
どうしたのだろう。この二人、以外にも衝突する。てっきりビジネスライクな大人な関係かと思ったのだけれど。意外にも互いに張り合う。良く分かんない。
そしてこの二人の会話を同級生のエニッドらは止めようとはせず、他のことを考えているようで斜め上を見上げている。仕方ない。俺の出番か。
「アルノート先輩。そんな威厳がないなんて言ってはダメですよ。私からすればお二方とも素晴らしい先輩です」
「そうだよね。オト君は分かっていますね。それよりも君。いつまでもアルノートですね。いや〜君は名前が外国語名だもんね。呼びにくくて当然かもしれませんね」
「それは名付け親に言ってよ。オレだって苦労してきたんだから。それにロッテも人のことをいえないでしょ」
「確かにね。でもあなたにはアンドリューって名前もありますよね。そうだ。オト君、彼のことをアンドリューと読んであげてもいいんですよ」
「良くない良くない。オレの名前はアルノートなの。その名前だけは絶対にない。オト君、ぜひとも『アル』と呼んでくれ給え」
「そうね。いつまでも名乗れると決まっているわけでもないから大切にしないと」
なんだろう。いつもよりテンションの高いシャーロット先輩。もしかしてこっちが素なのか。
「あははは。考えてみます」
まるで話が進まない。いったい何を考えているのだろう。
「はいはい。二人ともそこまでね」
不意にエニッドがカットインしてきた。さっきまで黙っていたというのにどうしたんだろう。
「ところでオト君覚えてる? 文芸部に入らないか勧誘したこと」
エニッドが突然。以前の勧誘の話を持ち出してきた。狙いは?
彼女の方に視線を向けると、左目でウィンクしてきた。
「実は私、この後部室というか活動場所に行くのだけれど興味があったら見てみない?」
なるほど分かった。そういうことね。
「いいんですか! あります興味」
「そうですか。それじゃあ案内するので付いて来てください。というわけなので二人はここで仲良くお喋りしててね」
彼女は捨て台詞を吐いて勢いよく立ち上がった。もちろん俺も後に続く。
それに加えて一緒にいた女子たちも付いて来たため、シャーロットとアルノートは本当に二人きりになってしまったのであった。
二人のこの後は誰も知らない。




