駆け引きと打開策
「そういった風の吹き回しでしたか」
先生は苦笑しながらこちらにマグカップに紅茶を入れる。
「気を遣っていただかなくてもいいですよ」
「そう言わずにずずいっと一杯」
首を振って固辞する。
対するハリエットも退かずにカップを目の前に掲げる。
主導権を持っているのは彼女の方。この話を断ることもできる。ここで心証を悪くすることはないため、飲まないという選択肢はない。
諦めてカップを受け取り口をつける。
「それで先生から私に求める条件はなんでしょうか」
先生が椅子に腰かけたタイミングを見て話を切り出す。話の主導権までは渡さない。
「条件か。うーん、難しいですね」
こちらからの問いかけに悩んでいる様子である。まあ俺の襲来事態が突然のことな訳だし無理もない。
もちろん俺の方も条件については譲歩する。あまりにも俺にとって有利な条件にしてしまうと後から反古にされるリスクもあるし、ここで譲歩しておけばあとで条件の変更を求められても譲歩したことを交渉材料として用いることができる。
あくまでも俺は先生に頼る側の人間であることには違いはない。それならば協調路線で行きたい。
「条件ね。そうそう難しいことを求めるつもりはないですよ」
「そうしていただけるとありがたいです。ただでさえこの学園が嫌になりつつあるので」
「いや早過ぎよ。まだ入学して1か月じゃない。楽しいのはこれからです」
「そうでしょうか。なんかもう悪名が広まりすぎていて周囲との距離感が生まれてますね。本当にもう孤立状態ですか。どうしたらいいんだ……。といった感じです」
「それは大変ですね。さすがに教員といえども学生同士の具体的な人付き合いにまでも口を出す権限はないですので。初等学校ではないですから」
先生は困ったとばかりに深々と頷く。
嘘は言っていない。限りなく事実を積み上げて自分にとって有利な条件で契約できる方向に話を進める。
身の上について詳しく聞かせてくれとかいう異世界転生者にとっては辛い条件も自然と避けられるはずである。しかも俺の場合、養子に入って家が家だけに話が厄介なことになる恐れもある。
卑怯と言いたければ言えばいい。これが俺のやり方だ。
「よし決めました。条件は友達を3人つくること。それが条件です」
ハリエットは手をポンと叩いた。
なるほどこれが彼女の提示した条件らしい。えーー。友達? そして3人。めちゃくちゃ簡単なような。命がけになりそうな何とも言えない。
「先生、何のために友達を作るなんて言う条件が出てきたのですか」
「だって他の人と距離感があるんでしょ。それならそいいと思ったんですけど」
ハリエットのこの語りっぷりを聞いていると悪意ではく、純粋に友達を作って欲しいという。俺の状態を踏まえた上での発言なのだろう。
「なるほど、友達を作るんですか。条件面はそれだけですか?」
「それだけです。学園に入学して以降に初めて会った人と仲良くなってください」
ヤバい。いい先生だ。こんな学生想いの先生のもとで勉強できるなんてこんなに幸せなことはない。
ただ唯一の問題点がその課題があまりにも難しいということであろう。
「なるほど条件は分かりました」
「やってくれますか? やりますよね」
しれっと圧力をかけてくる。この時点で普通の人間はやると答えるだろう。しかし俺は普通ではない。
というよりも今の俺と友達になりたい人間がいるとは思わない。俺も不要に他人を危険に巻き込みたくない。3人友達が増えるということは、危険にさらされる恐れのある人が3人増えるということだ。
それに3人という数字の根拠も不明だ。
「やれなくはないでしょう。でも私と友達になるってかなり勇気がいりませんか。その人たちが不憫でなりません」
「そんなことはありません。あらゆる困難、障壁を乗り越えるために力を貸してくれるのが友です。いつかあなたにも必要になる時が来ます。それに備えるという観点があってもいいはずですよ」
ふむ。ハリエットは俺の合理性に訴えかけている。彼女は、友達をいらないと思っている俺に対して、緊急時の保険としていた方がいいのだと言っているのである。
俺の理性、もとい冷酷さに訴えかけているのだ。
その根底にあるのは、感情論では崩し切れないという考えだろう。転じるならば、俺が納得していないことを前提に説得しているのである。つまり、まだゴネルだけの余地があるとも考えられる。
「先生の理屈は納得できました。でも」
「でも?」
「そう簡単ではないので時間をください」
「それはもちろん当然ではないですか」
よしこれで適当な理由を付けて引き延ばすことができる。
「ありがとうございます。まずは私に向けられた負のイメージを払しょくしなければなりませんから。友達作りはそこからですね。マイナスをプラマイゼロにまで上げてみせます」
加えてしっかりと時間がかかるというアピールをしていく。
「そうですか……」
先生はこちらの言葉を聞いて腕を組んで考え込んでいる。
もちろんアリバイ作りに協力してもらうわけであるから、多少の譲歩は考えている。それに俺も友達がいらないと考えているわけではない。
ただ時期的に友達なんて作ることができないから諦めているだけなのだ。
「分かりました。時間はいっぱいありますから急がなくてもいいですよ」
納得させられた。俺の勝利である。
あとは定期報告でもして向うから強く言われないようにけん制していけば作戦は完璧。みんなにとってウィン-ウィンである。
交渉は上手くいった。ならばこれ以上、ここにいる必要はない。研究室から退出するためにドアノブに手を掛ける。
ふと背中越しにハリエットが話しかけてきた。
「そうですね。でも友達をつくるのは今年です。今年の内に友達を作って下さいね。3人とは言わず、クラスの全員と」
彼女は最後にしっかりと釘を刺して来た。
譲歩しておいて最後に条件を付けた形だ。ここで断れは話が消えてしまう。もしかすると彼女は、そのことを把握した上で条件をひっくり返されないようギリギリになって提示したのかもしれない。
「分かりました。今年のうちに友達を増やします」
それだけ言って研究室を後にする。
友達か。少なくとも同級生ではなく、先輩とか教員と友達になろう。それも危険なことに巻き込まれても自力で逃げ切れるくらいの力を持っている人でなければならない。
本当はこんな時に助けてくれるのが友という存在なんだろうな。




