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孤独の意志

 全身に衝撃が走る。なんと、彼女は自分の食べかけのサンドイッチを俺の口に押し入れたのだ。ちょっと待って。呼吸ができない。ものの見事に喉の前で停止した。

「オトどうしたの。何か返事をして」

 ブレアの呼びかけが聞こえる。

「フガフガ……」


 何にも言えない。これまずいかも。ジェスチャーで伝えるために左手でブレアの口元を抑えて、背中を右手で何度か叩く。

「なになに? もしかしてアレルギー? もしかして毒? 校医の先生を呼んできたらいいの?」

 違う! なんでアレルギーとか毒という発想になるの!

 サンドイッチを作ったのは俺だ。そんな自分が食べるものに自滅用の細工をするなんて間抜けな輩がどこにいる。 保険金詐欺をするわけでもないのに。

 でも先生を呼んできて欲しいのは本当。あの人だったら気を失ってもなんとかできるかもしれない。というか喉詰まりに対処できる人なら誰でもいいんだが。

 しかし当のブレアは助けを呼びに行くわけでもなくオロオロしている。

 いや死にますねえ。


「たすけてー先生!!」

 ブレアが叫んだ。誰か周囲にいただろうか。

「任せてなさい。離れてブレア!」

 なぜか返事が帰ってくる。なにか背中の方から気配を感じる。なんか高速で近づいてくる。

「よいっしょっと」

 背中に衝撃が走る。先程までのフィーリング的なのではなく、質量のある物理的なものが。

「ぐフェッ」

 ベンチに座っていた体が地面へと吹っ飛ぶ。その威力のあまり口からサンドイッチが飛び出した。

 丸まったパンの塊が地面に転がる。反射で肺が酸素を取り込んだ。

息が吸える。助かった。


 恩人でもある声の主は堂々と立っている。逆光で誰か良く見えない。

「ありがとうございます」

 その相手は、屈みながら「どういたしまして」と答える。

 いや嘘でしょ。

「ハリエットどうして」

 救世主は俺たちの担任であるハリエット先生だった。


「しかしまあサンドイッチで呼吸困難とはお年寄りみたいですね」

「注意不足でした。危うく三途の川にたどり着くところでした」

「ごめんね。ボクが無理やり口に入れたせいで」

「やはりというか。ブレア君が元凶でしたか。まさかこんなところに伏兵がいるとは予想外でしたよ」

「約束守れませんでした」

 なぜだろう。ブレアが申し訳なさそうである。それに伏兵って。


「あのう。もしかしてブレアが絡んできたのって先生が声をかけていたからですか」

「いえ、それは」

「そうだよ。先生がオトが心配だから一緒に行動してって」

 ブレアによる衝撃のカミングアウト。ハリエットは「あちゃー」と言葉を漏らす。なるほどね。なるほど。

「って、いやいや。心配なら先生が対応すべきではないんですか」

「だってキミ、私に近くにいられたら嫌がりますよね。今朝も一悶着あったみたいですし。物騒だから警戒したのに」

「それはもちろん。逃げるでしょうね」

「逃げる? オトってなにか悪いことしたの? てっきり昨日の一件で落ち込んでいるから励ますためだと思っていたんだけど」


 ブレアの勘違い発言に思わずハリエットと見合う。

「先生、話していなんですか。確信犯じゃないですよね」

「話してはいないです」

「危険なことは分かっていますよね。それでも教員ですか!」

「ごめんなさい。短慮だった」

「ちょっと待って! どうしてオトはハリエットを責めてるの?」

 蚊帳の外に置かれているブレアは混乱した様子である。この感の悪さがこの子の美徳かも知れない。

 しかしそれよりも俺の問題に巻き込むわけにはいかない。そうだ。こんなことになったのも、そもそも俺が元凶。命の恩人でもある先生を責めるのもお門違いだ。


「申し訳ありません。今のは言い過ぎました。先生の立場は分かります。助けていただいた件についても恩義を感じています。ありがとうございました」

「それならもっと頼ってください」

「いいえ。これは個人の問題なんです。俺以外の誰も巻き込みたくないんです。俺以外の人が傷つくことがあれば、きっと俺は。お願いだから関わらないで下さい」

「オト、ダメだよ。ボクには分からないけど。良くないよ」

「ごめんね、ブレア。明日からは一緒に食事できそうにないや。大丈夫。ちゃんと作っては来るからさ」

 自分で自分が嫌になる。何もかも俺が原因なのに。他人に迷惑ばかりかけて。

 俺がいなければこんなことにはなっていない。俺って何のために存在しているのだろう。



 はじめての感覚。誰にも会いたくないし、誰とも話したくない。

 意識はしっかりしているのに。地に足がついていないようでフワフワしている。

 これまで同僚のように感じていたはずのクラスメイトが赤の他人のように感じてしまう。こんな調子だから授業内容も頭に入ってこない。

 幸いこの範囲はきっちりと把握できているから問題ないのだが、これが知っている内容でなければ大焦りであろう。悪循環に陥るリスクがある。


「それでは今日はここまでですね。ペースが早いので大変だと思いますが、しっかりついて来てください」

 先生は切りが良いところで授業を終了する。

授業が終われば放課後だ。生徒たちは荷物をまとめて帰り支度をする。

 ブレアがこちらをチラチラと見てくる。彼女の席はクラスの中央より少し前。対して俺の席は窓際の最後方。距離がある。

 あのような反応をされると少し申し訳なくなる。しかし決めたことだ。俺は誰とも交流しない。そうすることで周囲への影響を最低限に抑えることができるだろう。


 彼女の視線を意識から外してノートを整理する。

「ねえねえ。見てあれ」

 隣の席に座っているアビゲイルが肩を叩いて教室の後方側の出入り口を指さす。何事であろうか。

 指の先にはアビーの友人であるミラやシェリー、ブローニーらと対峙する集団の姿があった。

厳密には、それぞれの集団の筆頭であるミラとリアノンが何かしら話し込んでいるようである。


「なので放課後は基本忙しいんです」

「もちろんそうですわね。天下の馬術部ですもの。ミラさんの都合に合わせますわ」

 なんの話だろう。都合を合わせるというのだから遊びに行く約束でもしているのかな。

 ミラの所属することになる馬術部というのは非常にハードな練習で有名である。動物と向き合っているということもあり、それこそ休みの日など存在しない。


「そんな申し訳ありませんよ。オフらしいオフは、日曜日の午後くらいのものなので」

「なるほど日曜日は大丈夫なのですね。それでは今度の日曜日はいかがでしょうか? わたくし、ちょうど予定が空いていますの」

「え~と。日曜日は予定があって」

 ミラは後ろで立っているシェリーたちの方に目線を送る。2人も気まずそうな雰囲気を醸し出している。


「それは失礼しました。ミラさんは大変忙しい方ですものね」

「いいえ。とんでもないです。来週、来週ならば空いています」

「来週ですか……うーん。そうですね。わたくしも予定があるのですか、キャンセルしてしまいましょう。ミラさんと遊びに出かけることの方が楽しそうですもの」

「ありがとうございます。そのように思っていただけて非常に感激です」

 ミラは恐縮した様子である。約束をするだけでこんな風になるとは、リアノン畏るべし。

 話を終えたリアノンは満足そうに自分の席へと帰って行く。それを彼女の友達たちが小走りで追いかける。

 友達。友達ねえ。あれでは……

 俺には関係のない話だ。

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