運命のサンドイッチ
時の流れというのは早いもので、すでに昼休憩の時刻だ
世間はランチタイムな訳で各々が友人、知人を誘い合っている。俺は一人だが隣のアビゲイルは違う。この子には仲の良い友達が3人おり昼時はそのメンバーで食事を取っている。
そのグループのリーダーであるミラがこちらの方に近づいて来る。アビーの他シェリー、ブローニーらを誘うつもりなのだろう。
「ミラさんお話を少しよろしいですか?」
その動きを遮るかのように彼女は横に座っている女子生徒から声をかけられた。
声の主は、リアノンだ。彼女は織物などの交易で財を成したマティアス家の長女で、彼女の家は連合王国の北部に領地を持つ新興の貴族である。
そして彼女自身もちょっとした有名人だ。入学当初からその美しさが話題になっておりこの学年でもトップクラスの人気を集めている。
特段ミラとの交友は深くはなかったと思っていたけど、知らないうちに何かがあったのだろうか。
「その、お食事をご一緒できればと思っていたのですが」
「ランチですか? リアノンさんとランチをいただけるとは大変光栄なことですね」
「そうですか。ならばぜひ。昨日のあなたの活躍を聞きたかったですの」
リアノンは満面の笑みになり喜ぶような素振りをしている。
大げさすぎる気もするのだが、あの美貌で子どものようなリアクションを取るために生まれるギャップが魅力として映るのだろう。彼女がモテるのも納得だ。
「ねえねえ、わたしも混ぜてよ」
2人に加えて彼女と仲の良いと思われる子たちが周りに集まってきた。騒ぎを聞きつけたであろう他のクラスの学生もいる。流石は有名人。人気がある。
一方、シェリーとブローニーが意外なように二人で驚いた表情で話し合っている。まあ、グループのリーダーが取られたわけだからこうもなる。緊急事態に違いない。
対照的に構成員の一人であるアビーはのんびりとやり取りを眺めている。
きっと、友達が人気になってすごいなあ、とか考えているのだろう。この余裕はどこから来るのか。見習いたくはないが昔から尊敬している。
「それでは参りましょう。この人数ですから場所も確保も大変ですわ」
しかし、心配は杞憂であった。我らがリーダーはしっかりしていた。
「ごめん。あとシェリーたちも読んでいいかな?」
リーダーは頭を掻きながらもしっかりと告げた。さすがは俺にレースで買っただけはある。
それに対してリアノンは一瞬の間を開けて屈託のない笑顔で「もちろんです」と応えた。
そうして一団に二人が加わった。いよいよ出発という雰囲気になってきた。
アビゲイルがいないことに気がついたブローニーがこちらに手を振っている。しかしそのことにまるで気がついていないリアノンはミラの腕を引いている。
そうしてようやくアビーが重い腰を上げた。とはいっても合流するのではなく俺の耳元に顔を寄せて小声で呟いただけなのだが。
「私も行った方がいいのか」
「行きなさい」
その予想できながらも心外すぎる言葉に対して間髪入れずに返事をする。だが彼女はすぐには下がらない。
「オトもオトも行こうよ」
「行きません。早く行かないと置いて行かれちゃうよ」
彼女の背中を両手で押して無理やり集団の後ろにまで届ける。そして彼女は、シェリーたちの手引で集団に吸収された。
捕まったアビゲイルは振り返りながら何か口をパクパクさせている。しかし意味は分からなかった。
そのような一幕を見終えて学生たちは、コマ送りのようにスタスタと教室から離れていく。席に戻りつつその様を横目で見送ると俺の前に影が現れた。
最近一緒にランチを食べているブレアだ。
「ご飯行くよ。立って」
「ダイエット中なんだ。だから俺はパス」
「良くないよ。食べないと授業に集中できないでしょ」
「お腹空いてないんだよね。だから食べられないんだ」
「そんなことは知らない。早く。ボクの昼はオトが持ってきてるんだ。一人じゃムリ」
「分かった。ほらこれ、今日の分。容器は返して」
やけに頑固な彼女に食事を差し出す。これで引き下がってもらう。
「ダメだよ。一緒じゃないとイヤ」
そんな俺の考えとは無関係に手を引いて動かそうとする。俺は一人になりたいのに。一人じゃなきゃ駄目なんだ。リチャードだって俺のせいで。
「本当に行かないの?」
ブレアは深刻そうに呟いた。今のは俺にかけた言葉ではない。
分からない。何か、なぜか緊張する。考えがまとまらないが直感よりも超自然的な何かが訴えている気がする。
そして残念なことにその感覚は当たった。彼女はおもむろに得物である長槍を持ち出した。
「早くしてよ。一緒に来てよ。食べようよ」
大きくないがドスの効いた声で訴える。彼女の槍捌きは見たことがあるがかなりの手練れだ。これ以上刺激するのは流石にやばい。素早く立ち上がる。
「行く、行く、行くから。仕舞ってそれを」
「じゃあ行こうか」
ブレアは、今までのことを忘れたかのように槍を片付けて、俺の手を引っ張る。これを振り解く勇気は持ち合わせていない。抵抗できぬまま中庭まで連行されたのであった。
「やっぱりオトのサンドイッチは美味しいね」
ブレアは大きな口でレタス卵サンドを頬張る。この反応を見ると本当にランチを食べたかっただけのようである。
外に空気を感じながら彼女の横顔を覗いているとどこか気持ちが楽になるような気がした。この自由で軽やかな空気感をどこかで知っている気がするのだ。
「食べてないね。こんなにたくさんあるのに」
そんな思考を他所に彼女は俺が食事をしていないことに難癖をつけてきた。
どうしたものか。午前中が恐ろしいほど一瞬であったためお腹が空いていないのだ。上手く断りたいんだけど。取り敢えず適当にかわしてみる。
「ごめんね。全部食べてくれる? 作りすぎたんだ」
「食べるのは大丈夫だけど今はダメ。オトも食べないと元気でないよ」
「ありがとう。だけどいいんだ。ブレアが食べた方がサンドイッチも嬉しいよ」
「そんなこと言わないで、昨日のことは残念だったと思う。
「昨日って」
「でもボクはね最後にランサーを止めちゃったことは良かったと思う。ベルナールも間違ってないって言ってたよ。先輩もその判断を尊重するって言ってたんだ」
勘違いをしている彼女は悲しそうな表情をする。
どうやら気を使わせていたようだ。ここまで気が付かなかったというのか。それが分かったとしても食事が喉を通らないことは変わらない。
「俺は強くないからさ。ちょっとしたことも乗り越えられないんだよね。昨日のことも
そうだろうし、俺のせいで誰かに迷惑をかけることも耐えられないんだ」
「ふーん、そっか。……ならなおさら食べないとね」
「うぐっ!」
目視で捉え切れない速度で何かが口の中に放り込まれた。




