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看取

 激戦から1日。月曜日になわけで当然授業がある。

 頭がいまいちスッキリしないながらも、サボるという発想にはならず学校に登校する。とはいっても他の寮生はなく一人っきりである。一人ぼっちで出発の往路に出る。

 寮の先輩から教わった裏道を通リ抜け、大通りを目指す。裏道を使っても登校に20分近くかかることもあり、うちの寮は人気がない。そのためか、この寮にいる学生は良くも悪くも何かしらの事情を抱えた人ばかりである。俺以外の5人は女性だし。

 裏道を抜けて、活気のあるメインストリートに到着。ここからは、学園都市らしく一気に学生が多くなる。


 空には厚手の雲が覆いグズグズとした気持ちの悪い天気であるが、大きな商家の並ぶ通りということもあり朝から元気が溢れている。アルバイト代が出たらアビーに何かを買ってあげよう。最近彼女には迷惑をかけすぎている気もするし。

 そのようなことを考えながら辺りを物色していると、ある学生たちと目があった。俺よりもやや後方の右手からこっちを見て何かを話している。


「ほら昨日のレースで危険な乗り方をしてた」

「だよね。どうしてこんなところにいるの」

「それは学校に行くためでしょ。それよりレースの後も反省した様子もなかったよ。スプリングランサーなんて名馬に乗って負けるんだからヤバいよ」

「本当。怪我したらどうするつもりだってんだって話。彼は種牡馬もやっているだから」

「えっ、種牡馬! 種牡馬ってあれだよねセッ……」

「あんたら何顔を赤らめてんのさ」


 学年は1個上だということなら分かるが、先輩たちが話している内容までは分からない。あまり良い感じではないだろう。

 なんかその奥でも似たような反応をしている集団がある。でも楽しそうだからいいか。


「おい何呑気に歩いているんだストックウェル?」

 左正面から声をかけられる。全身の神経がゆっくりと連絡しあって脅威であることを確認し合う。この声知っている。それにわざわざストックウェルという姓で呼びかけるということは。相手の方を見て軽く腰を落とす。

「リアム・ユースティアス」

「おおオレの名前知ってるのか。つまりオレの話も聞いているわけだ」

 リアムは目線をこちらに向けたまま大きくため息をする。周囲の学生や通行人が俺たちの傍を離れる。嫌な予感がする。この反応。リアムの次の行動を指し示すものだとしたら。

 こちらは、息を短く吸って鋭く吐く。集中力を高める。


 この通路は道が広い。とはいってもここで暴れられたら通行の妨げになることは間違いない。どうする時間稼ぎか。誘導するか。

 いや時間を稼いでなんになる。誘導できるような場所もない。強いて言うなら学園の敷地内ならば暴れても被害は少ないだろう。それならいっそ……

 腕の力が抜ける。抵抗はしない。だが急所への攻撃は守らせてもらう。あいにくと俺はこれ以上授業を休みたくない。


「なんだよそれ。つまんねえー。やめだ」

 リアムは、飽きたかのように腕を回しながら反対を向いた。彼も学生だ。授業を受けるために登校するのだろう。

 全身の筋肉が弛緩して、丸まっていた背が伸びる。一安心。


「なんてなっ!」

 リアムは、踵を返して飛びかかってきた。こちらは準備はできていない。良くて気絶だな。体は言うことを聞かない。というより脳が指示を送っていない。あらゆる俺が諦めろと呼びかける。なら諦めるしかない。

 相手の残像が見える。影がどんどん大きくなっていく。

「オト!!」

 背中から名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。その声の主は俺の隣を通り抜け、リアムのタックルを学生カバンで受け止めてみせた。

「なんだお前」

「はじめまして。リチャードです。以後お見知りおきを先輩」

 リチャードは、リアムのタックルをしっかりと受け止めておりビクともしない。

「フン。邪魔が入って興が冷めた」

 リアムは体勢を立て直して学園とは反対側に歩き去った。


「大丈夫オト?」

「リ、リチャード? どうして君が」

「ヒドイ。ずっと後ろにいたよ」

「なら声をかけてくれたら良かったのに」

「そんな、僕は気がついてもらいたくて」

「ああ、ごめん。気が付かなてくて。ゴメンよほら」

「まあ、オトならいいよ」

 リチャードは優しく笑う。昔から俺はリチャードたちには迷惑をかけてきた。そんな時は決まってこんなふうに笑ってくれた。

 俺はそれが嬉しいような情けないような申し訳ない気持ちになる。


「あっ、カバン壊れちゃった」

「ごめん。俺のせいで君に迷惑をかけてしまうなんて。最低だ」

「いいよ。でも違うカバンを取りに寮に戻らないとね」

「それなら俺のを使ってよ。今から戻ったら大変でしょ」

「心配御無用。僕の寮は近くだから。時間は大丈夫。それに一応取りに行きたい物もできたから。それよりオトに怪我がなくて良かった」

「ありがとう。それなら俺も……」

 一緒に戻るから。と言おうとして異変に気がついた。いや、やっと気がついた。

 周囲の視線が冷たい。間違いない。俺に向けて侮蔑か軽蔑か分からないが、決して肯定的ではない感情が向けられている。


「俺、先に行ってもいい?」

「どうして? もしかして気にしてるの?」

 リチャードが驚いたような表情をする。分かってる。俺は最低なことを言っている。しかし、こう言うしかない。

「実は俺、今日の予習が十分にできていなくて早く教室に行きたいんだ」

「そっ、そっか。それなら仕方ないよね。オト勉強得意だしね。うん……分かった。気をつけて」

「ありがとうリチャード。君も気をつけて」

 リチャードが寮の方に歩いていく。俺の手のひらには自分の爪が食い込み血が流れていた。

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