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78/103

王者の豪脚

 各馬が息を入れている。前半のポジション争いで体力を消耗してしまったのだろう。利害の一致した者たちが揃ってペースを落とした。

 後方脚質の馬に乗る身にしてみると、前半のペースは早ければ早いほど良い。なぜならば、概して前方の馬たちは早いペースで走ることになるのだが、早いペースで走る馬の方がゆっくり走る馬よりも余計な体力を消費することになるからである。

 そのため、後方いる俺のランサーは他の馬よりもスタミナ消費を削減してここまでのレースを展開できていることになる。


 ******


「いやー、波乱とも言うべき大変なスタートとなりましたね。ザッカリー先生」

「2コーナーまでの直線でスタミナを浪費した馬が多いから、ここはしっかりと馬を休めたいとろだな」

「そうですね。いかに逃げ日和と言えど、ラストスパートをかける体力が残っていないと辛いところがありますから。さて、ここで先頭から振り返っていきましょう……」


 ******


 この馬は、他馬に比べて馬齢も高く、適正も短いためスタミナをセーブしながら走る必要があった。もちろん多少のリスクも支払っている。というのも、この馬が得意とするポジションは本来もっと前、中団の後方なのである。得意なポジションからあえて下げての競馬。最後の直線では普段よりも多くの馬たちをかわし切らねばならないのだ。そして外を回す余裕がないのであれば、俺が馬群を読み馬群の中に突っ込まなければならない。

 もっともランサーの操縦性は非常に快適である。捌ききれないということはないだろう。勝負は俺が馬群を読み切れるかにかかっている。こればかりは言い訳ができない。

 後方には、実力トップクラスのピエログリフ、最後方にはリファレンスキングもいる。この馬たちに馬群を捌き切られた日には勝ち目は潰える。俺たちに外を回っている余裕はない。

「いけるよな、ランサー。いけるよな、オレ」


 向正面の直線は500メートル。勾配0.5%の上り坂を走らせていると次第に3コーナーが迫ってくる。後方から聞こえる蹄の音が大きくなる。カスパージャックだ。いや前方でも仕掛け始めた馬たちがいる。まくりで勝負する馬たちだ。

 カスパージャックが俺たちの右側から並びかかる。乗り役の学生、いや騎手と目が合う。

「俺は行く。二度と俺の前は走らせない」

 それだけ言って、鞍上のクライドは馬を追ったまま抜き去って行った。

 カスパーは、決してズブい馬ではない。直線で仕掛けても勝負になるだろう。だが、あえてここで仕掛けたのだ。つまり、クライドは勝負に出たのだ。

 動き始めた馬は止められない。跳ね上がる芝がその覚悟を物語っている。

 スタンドから歓声が上がる。3コーナーに進入した馬の姿が確認できる。1000メートルを通過した。残り900。あそこからは下り坂。再度ペースが上がる。

 泣いても笑ってもあと50秒。俺も覚悟を決める時が来たようだ。


 俺たちも3コーナーに進入した。ランサーの手前が左に変わる。最後の直線で追い込むための脚を温存するためだ。促さなくてもスムーズに手前を変えられるのが名馬の証拠である。

 下り坂の影響で各馬スピードにのっている。また、4コーナーの出口が急になっているスパイラルカーブになっているおかげで、前方を走る馬たちの間にスペースが生まれている。

 出口に向けてランサーの体が徐々に正面を向いていく。


 ブルルルンッ。

 ランサーが低く鼻を鳴らした。残りは3ハロン。つまり、600メートル。ランサーのスタミナ的には怪しい距離。この馬の末脚ならばラスト2ハロンまで脚を溜めても差し切れるだろう。それだけの能力がある馬だ。

 だが、他でもないランサーからの合図だ。ここで行かなきゃ男がすたる。

 ここから仕掛ける。先頭までは9馬身。前の馬たちはいかにもバテてる。上がりで35秒台の脚を使うというのであれば、俺たちは33秒フラットの脚を使うのみ。馬場状態は文句なしの良馬場。脚が止まろうがなかろうが関係ない。

 ランサーの手前が変わった。ここから全頭、抜き去る。


 ******


「正面に入りました。ここからは直線勝負。ラスト530メートル、緩やかな上り坂が挑戦者たちに牙を向きます」

「ラストの直線、この叩き合いを制する者に栄光が訪れる。緊迫の瞬間だ」


 ******


 少しずつ手が動いて、その動きがどんどん大きくなる。それに合わせてランサーの体の沈み込みが大きくなっていく。

 前方の馬たちが横に広がった。8頭分ぐらいだ。おっと、今一頭、馬群の後ろから外側に馬が出た。なんとアスペンドリームではないか。

 なるほど、ミラはドリームを馬群の後方につけて堪えさせていたのか。賢い選択だ。もちろん、馬群の外に馬を出したも賢い。しかも、ドリームの左隣はカスパージャックだ。2人とも進路を外に決めたのだ。

 この局面、外に行くのが賢者で、内に行くのは愚者か、はたまた勇者か。外に行ってもいいだろう。だが、後ろの馬たちは中に行く。

 もちろん俺は後者だ。


 加速していくランサーは、テンポよく脚の回転も速くなっていく。それにも関わらず、滞空時間が増えていく心地がする。

 間違いない。ランサーは飛んでいる。

 前との距離がどんどん迫る。

 今いるのは、馬場の内側から2割のところ。馬を通せそうなスペースが左に1か所。正面に1か所。やや右前に1か所。右に2か所ほどある。

 しかし、左の穴は、その先に馬たちがぎゅうぎゅうになっており、前壁にぶち当たる。対して正面も、前の方でフラフラしている黒鹿毛の馬がいるせいでリスクがある。右の方の2か所は、ほぼ外だ。わざわざ馬群の中に入って行くメリットが少ない。あそこを走るぐらいならば外を回れば良い。

 狙うは、やや右前の隙間。横に広がった馬群の中央よりやや内側に馬一頭が走り抜けられる分のスペースがある。その先の両サイドに3頭ずつ馬がいるが、斜めに突き抜ければ、問題ない。


「行くぞ!!」

 挨拶を済ませて、馬群後方の隙間を通す。両サイドの騎手がこちら方を向く。だが、俺とは目線が合わなかった。合うよりも先に、ランサーが駆け抜けたのだ。スピードがある。

 抜けた先には芦毛の馬がいるため、進路を左に変えて馬場の内側に移動する。この際、内でも外でも変わらない。ただ、ランサーの性格を考えたら馬群の中の方が良いと思っただけ。

 あとは、勢いのままその前にいる鹿毛の馬と栃栗毛の馬の間を抜いて、先頭に並ぶという寸法だ。


 400の標識を通過。ゴールが迫っている。

 進路を変えた先にいた葦毛の馬に並ぶ。正面を向いたままであったが、視界の右隅に芦毛の馬の鞍上が目に入る。

 女性騎手だ。目には涙が浮かび、ゴーグルが少し曇っている。芦毛の馬は、口を開けて泡を出している。


 そのようなことを思ったのも束の間。フラフラしていた黒鹿毛の馬が左からぶつかってきた。その反動で芦毛の馬に衝突する。金属音がする。蹄鉄同士がぶつかったのだ。こうなると馬のリズムやバランスが崩れても仕方がない。

 しかし、ランサーは素早く立て直した。俺も足首でバランスをとって姿勢を正す。

 そして、人馬とも何事もなかったかのように走り続ける。そして遂には、鹿毛の馬と栃栗毛の背中を捉えた。


 ******


「ここで一気にスプリングランサーが来たぞ! 馬群の中を縫ってきた。そして前を走るグリフォーズとクローンジャーマンと並んで、いや! 並ばない。並ばずに一気に捲り上げた。止まらない。そして、残り300メートルで先頭に躍り出た。なんという末脚だ。後方からは、ピエログリフが来ている。その外からはリファレンスキング! しかし、差は縮まらない」

「飛んでる! 飛んでいる!! どうなっている。これは異次元の走りだ!!」

「勝負は決したか! スプリングランサー単独で先頭。リードは2馬身……3馬身と開いていく。強い強すぎる。後方2着争いは、ピエログリフとリファレンスキング。ここで200の標識を通過!」

「行っけーー!!」


 ******

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