本馬場入場、注目の一頭
ファンファーレが鳴り響く、3頭の誘導馬が馬道の中から出てきた。割れんばかりの拍手や惜しみない歓声に迎えられ、出走馬たちが日の本に姿を現した。
「ミラ、こっちを向いて」
ミラが本馬場に入場したタイミングでブローニーとシェリーが立ち上がり、大きく手を振りながらも何度も名前を呼びかけはじめた。私も立ってミラに向かって手を振る。
しかし、ミラは反応することもなく前の馬に後に並んだまま、真っ直ぐ前を見据えている。きっと、声が聞こえていないのだろう。
「大丈夫かな。緊張しているように見えるけど」とシェリーが小さく呟いた。
確かに違和感があると思う。馬にまたがる姿勢があまりにも姿勢が良すぎるのだ。この場面で緊張するのもムリはないと思う。私ならきっと頭が真っ白だ。ただ、しっかりとした彼女のことだから分かった上でやっている可能性もないわけではない。
「さてさて、まずはミラとアスペンドリーム号だね」
ユリア先生が椅子に深く腰掛けたまま、足を組んだ。お手並み拝見といった様子である。
先生のことだから今朝の内にドリームの状態確認は済ませているのだろう。私も状態を確認するために、眼に魔力を集める。ランサーの馬体を確認する。日の光に照らされた馬体は、金色に輝いている。ツヤのある馬体は悪いようには見えないけどどうなのかな。変なことは言いたくない。
みんなが言葉を発さない中で一番最初に口を開いたのは、シャーロット先輩だった。
「集中していますね。やってくれそうな感じがしますね。注意すべき一頭です」
ユリア先生はその言葉に満足そうに頷いた。でも、答えを聞く前からこのような表情を作ることは決めていたのだと思う。真逆の答えでも同じようなリアクションを取っていたはずだ。
「さすがは、同郷の先輩ですね。彼女はシャーロットさんのお眼鏡に適うと」
「さて、どうでしょう。決めるのは私ではなく結果です。先生のお眼鏡に適おうと、私のお眼鏡に適おうと関係ありませんよ」
再び沈黙の時が訪れる。どうしようこの空気。新入生である私たちが自由に話せる感じではない。その証拠にいつも脳天気なブレアまで黙っている。横目でブレアの方を確認する。ブレアは、この一団の中で一番右側に腰掛けている。
うっ、うん? ブレアが変なことをしている。両方の手それぞれの手で輪っかを作ってそれを目元に当てている。もしかして双眼鏡のつもり?
どうやら、ブレアの方をがっつり見てしまったらしい、私の異変に気がついたブローニーたちもブレアの方を見て唖然としている。あまりの奇異さに唾を飲み込んだ。
「ブレアこれ使うかい?」
「ひゃぁっ」
突然背後から声がして体の中から変な声が出た。その声を聞いて周りにいた人たち数十人の視線が私に集まった。ブレアなんかより私の方が変だ。
「すまない。驚かしてしまったようだね」
「いっ、いえ。先生のせいではありません」
声の主はクレマン・ベルナールだった。ブレアに対して双眼鏡を手渡そうとしたために呼びかけたみたいだった。どうしよう恥ずかしくて前を見られないよ。
「予選でスプリングランサーが見せた末脚、そのランサー肉薄したリファレンスキングのマクリ。後ろから競馬をしようと考えるヤツは、かなり豪胆な輩だ。それだけで尊敬するよ」
「ランサーのしまいの切れ味はまだまだ現役馬相手でも通用するでしょうからね。体力の低下はあるため、そこを注意すれば間違いなく。結果は付いてくるでしょう」
「私も先生たちの意見に賛同します。これらの馬たちと力比べをするのは、自滅を意味するようなものでしょう。いや良かったですよ。私と同年代にこれだけの馬が出てこなくて」
シャーロット先輩は、先生たちの意見を聞いて愉快そうに笑っている。
「つまり逃げ馬や先行組が多くなると言うことですか?」
「幸いなことに風もほとんど吹いていない。逃げ馬にとっては有利な条件だからね」
「そして、逃げ馬たちは内枠を好みますから、木曜日にあったゲート決めでも内から優先的に埋まったのはそれが原因でしょう。このレースコースのように小回りなコーナーでは、内枠でないと前が狙えにくいですから」
「それだと、かえってランサーたち後方組が有利になるのではないでしょうか」
「それは間違いなくあるだろうね。ペースが速くなるのは間違いがない。速いペースに巻き込まれれば、ラストの直線勝負になる前に体力が切れる馬はかなり増えるだろうから」
「とりあえず、一番力があって展開も有利に運べるから、オトは勝つだろうということでいいんだね」
シェリーたちの話を黙って聞いていたブレアが誰にと言うわけでもなく尋ねた。それは本心からの質問だ。そして私も一番気になっていることである。でもねその質問は結局意味がないんだ。だって……
「『競馬には絶対はない』からな」
出番が徐々に近づく。周囲の人も馬もソワソワし始めた。ああ、俺も手が痺れてきた。今のうちプロテクターの締め付け具合を確認する。鐙の長さも確認したいところだが、今の精神状態で弄ると変な長さになりかねないため、気持ちを抑える。
返し馬で吹っ切れたら触ることにしよう。
それにしても、よりによってダークホースがすぐ右の20番ゲートにいるからな。この馬は、現役時代の情報が一切ない。決勝出場馬の中では唯一である。親も不明なら生産者も不明。
メンコの上から馬の表情がなんとか覗けるが、やる気マックスといった感じ。体のフォルムの洗練された感じ、アルクではなくサラだろう。ますます分からなくなる。もっとも種類にかかわらず、この馬がよく走ることに変わりはない。
ランサーとも脚質がかぶっているし、前走でのあんな追い込み方を見せられると無視はできない。もしもあの時本気を出していなかったとすれば、末が恐ろしい。
全くそのような場合の展開予想をしていないかといえば嘘にはなるが、想定の範囲内であったとしてもかなり苦しいレースになることには間違いはない。
そういえばこのダークホースにも厩務員が付いていないな。珍しい個人所有の馬だというのに。普段から屋根の子が全部面倒を見ているのかな。
「なに、ジロジロ見て」
「いえ、なんでもないですよ。今日はよろしくね」
「うん、よろしく。頑張ってね男優さん」
こいつ、分かってるな。それは仕方ない。このレースの主演男優賞を頂きにいこうではないか。




