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場外戦闘

レースの発送まで1時間。運命の刻に向けて勝負の幕が静かに切られた。

 青々としたレースコースを高く昇った太陽が照り付けている。今の時刻は、13時。スタートまではあと1時間ほどだ。

 スプリングランサーの首筋を撫でて体温を確認する。体温は平常、発汗もない。緊張しているそぶりもない。

 ため息をつきながら頭を上げる。正面から近づいてくる人影があるベルナールだ。トップハットとステッキを手に携えている。いよいよだという気持ちにさせる。


 ベルナールはランサーの横に立ち、俯瞰的に全身を確認している。俺もランサーの一部になったような気がして背筋を伸ばしてじっと動けなくなった。

「仕上がりは悪くない。勝ち負けになるだろうよ」

 ベルナールは、ランサーの馬体をしげしげと確認していく。馬体にしこりなどはない。年齢の割には筋肉にも張りもある。状態は十分であろう。

「そうだな……少し太いが許容範囲だ。後肢も問題ない。前は――」


「出走者のみなさんパドックに集合してください」

「おおっとそんな時間か。ほかの選手たちの手前もあるからな。俺はこれ以降お前の相手はしない。あとは自分との勝負だ。凱旋を待っているぞ」

 そう言ってベルナールはミラの方へ歩いて行った。今日のレースに出走する馬20頭の内4頭がベルナールが管理している。彼にとっても今日は、大忙しの一日なのだ。


 パドック前に行くとこちらに向けて手を振ってくる人影があった。カスパージャックの乗り役クライド・シンクレアだ。

 周囲の神妙な面持ちの人たちと比べ、一人呑気に腕を高らかに上げている。どう見ても周りから浮いている。なんであいつはこんなに元気なんだ。

「よう、元気か? ストックウェル。どう勝てそう?」

 目の前に着くなりいきなり本題を切り込んできた。おかしいよ君。普通の人間なら、まずは良い天気だねとか、晴れて良かったねとか。そういう話を振るぜ。

 確かにみんな調子も勝敗も気になっている。しかし、俺なら世間話しながらそれとなく聞くようにする。俺は緊張して眠れなかったんだけど君はどうとか、最低限悟られないよう聞くべきだ。いきなり聞いてくるのは大層なハートをしている。


「すごいねクライド絶叫調じゃん」

「だろ。分かっちゃうもんだな。興奮して昨日から一睡もできていないぜ」

「それって大丈夫なの?」

「あはは。気にしない気にしない。トールはいつもそうだよね」

 後ろから声がする。振り向けば目の前に芦毛の馬がいた。馬の正体は、ドミニク・ロフトが跨るリファレンスキングだ。というかこの子ランサーの腰周り匂いをかいでいる。

 当のランサーは怒るそぶりも見せることなく、ぽけーとパドックの方を眺めている。挨拶くらいしたらいいのに。そんなことを考えていると、ドムと目が合った。お互いに目線だけでゆったりと頷く。


「装鞍に手間取ったのか?」

「そんなことないよ。ギリギリまでリーフを走らせていたかっただけ」

「おや。オト君。君もいたんだね。どうしたのランサー元気ないの?」

 分かりやすいウソに敵情視察だ。恐ろしいくらい自然に入り込んできた。名優だよ君。

「ランサーは集中力を高めているところですね。調子自体はかなりいいです。ベルナール先生からは、気分を害さないように回って来いとしか指示を受けていませんから、俺はしっかり掴まっていますよ」

 あくまでもにこやかに応対する。ロフトは満足そうに頷づく。この話をしているのは、3人だが。おそらく話を聞いているのは俺たちだけではない。


 このレースに出場するすべての人間たちが聞き耳を立てている。というか聞き耳を立てなくていいのは、ピエログリフのロスコー・プールぐらいだ。ピエログリフの実力は、かなりのものだ。

 どう見ても、重賞場であるカスパージャックやリファレンスキングよりも勢いがある。そにれも関わらず、実績が一切不明なのだ。ここ数年の間にノーブルレースでデビューした競走馬の中にピエログリフの名前はなかった。

 リージョンレースまでは調べられていないが、リージョンで活躍した馬はノーブルに移籍することがほとんどで、ピエログリフほどの実力馬について一切の情報がないというのはおかしな話である。

 そんな注目の一頭であるピエログリフたちは俺たちとは反対の隅にいる。鞍上のロスコーは、俺たちの話には一切興味がないという感じで、プロテクターの締め付け具合を調整している。明らかに強者の風格だ。

 栄光にもっとも近い男だ。あの男を除いて残る席は2つ。その2席を20人で取り合わねばならない。しかもランサー以外にもG1勝利馬が2頭もいるのだ。もっともこの2頭のおかげでレース展開も読み安いのだが。


 再度、ドミニクと目が合う。

「ねえ、オト君。逃げたりしないよね。末脚の良いランサーに逃げられると俺たちは、前目で競馬をしなくちゃいけないんだけど」

「心配いりませんよ。俺は馬任せですから。ランサーが行きたがったらその時はその時です。邪魔さえなければランサーが一番強いんですから」


 ただ、全く勝ち目がないのかといわれるとそうでもない。なぜならピエログリフは、追い込み型の馬であるのに対し、ランサーは好位差しを得意とする馬だからだ。俺たちは、ラストスパートをピエログリフよりも前で、確認してから仕掛けることができる。


 末脚でランサーに勝つ馬はそうそういない。ピエログリフに並ばれる前にスパートし、並走したまま抜かせなければいいのだ。きっと、ランサーをマークしてくる人もいるだろう。だが、ランサーが負けるならばピエログリフだ。ほかの馬を怖いとは思わない。

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