騎士の少女との戦い方
「うちの文化圏の言葉に『蟷螂が斧を以て隆車に向かう』ということわざがあるんですけど。蟷螂の気持ち、今なら分かりますよ」
審判が寄ってきて両者を見合う。
「その言葉ってどういった意味の言葉ですか?」
審判は力強く開始を宣告する。目をギュッと瞑り一気に見開く。視界に映るのは一人。それ以上でもそれ以下でもない。
「ええ。────猫がライオンに喧嘩を売るということです」
仕掛けるのはこちらから、胸当て腰巻、籠手を装備した彼女にパワーのない小刀では傷をつけられない。殺意を籠めて首筋を狙う。実力が違うから死ぬことないだろうが、殺す気で行く。
「鋭い一撃。本気ですね」
剣で受け止める彼女の声は余裕そのもの。精一杯の反動をつけた一撃のはずなのだがびくともしない。
一歩下がって腿を狙う。相打ち狙いで剣を振り下ろされた即死だ。やりたくないが攻撃は散らさないといけない。
内股を狙った攻撃も剣でしっかりと受け止められる。鍔迫り合いは嫌なので牽制しながら距離を取る。これはあれだな。そう、あれだ。こちらから仕掛けても勝ち目はない。
「徹底している感じですね。こちらにしてみると堪らないですよ」
本来ならばリーチを補うために常に接近して戦うべきなのだろうが、相打ち必至である。それにはまだ早いのだ。何より、相打ちは終了を意味する。人生的な意味でも。
「拳では戦わないの? セザールに止めを刺した時みたいに蹴りでもいいでしょう」
「いえいえ。肉弾戦は特じゃないんですよ」
それに女性を殴る趣味はない。拳が痛いだけじゃなくて心まで痛くなる。怒られそうだから言わないけど。
ナイフを体の前に構え直す。彼女は剣を長めに持ち直した。これは仕掛けてくるな。今一度右手に力を籠める。冗談抜きで首が飛びかねない。おふざけはできない。守るにしても見極めが大切だ。
リリーは右斜めに浅く剣を振りかぶりつつ、詰め寄ってくる。
来る! こちらとあちらでは剣の重さが違いすぎる。剣の出のところで受けるのが正解だ。そのために先の先で相手がしてくる動きを感じ取らねばならない。
「えっ?」
彼女の剣を受けに行った途端のことであった。振り下ろされた剣は見えなかった。でも右腕を切られている。さらに、彼女は左下から切り上げようとしている。連続でダメージは負いたくない。
「うっ・・・・」
右足に力を込めて剣を躱・・・・切られた。今のは済んでのところで躱せていたはずだ。それにも関わらず、脇腹が切り裂かれているのだ。
リリーは次の動きに入っている。悠長に考えている暇はない。だが、このままではいけない。ナイフを手の内で転がし、順手に持ち替え突きを狙う。
次の攻撃に突きを選択したのはリリーも一緒であった。その剣を左に躱しつつ腕を伸ばす。リリーもひらりとギリギリのところで躱す。両者がすれ違う。先輩も俺もお互いの右脇を通っている。有利なのは小回りの利く俺だ。貰う。
前半身すれ違ったタイミングで急停止する。リリーは俺にとって背中側。ナイフを再び逆手に握り直して、腰を力点として何も纏わない右腿に向けて振り下ろす。
「いけっ!」
振り下ろした剣は高音をあげてはじき返される。俺は目を疑った。なぜならそこにはあるはずがないリリーの剣があったのだから。
「そんなっ・・・・」
彼女はこちらの動きを予想し、ノールックでそのポイントに剣を合わせてきたのだ。一瞬狼狽えた。しかし、受け止められたときとは違って攻撃は次に繋がる。気を持ち直して切りかかる。この至近距離ならば圧倒的にこちらが有利。右足を起点に体を右回転して背中を取る。
「遅い!」
切りかかろうとした刹那。リリーの右足が伸びてくる。予想外の攻撃に反応できず諸に蹴りを受けた体は後ろにすっ飛ぶ。
「しまった!」
重心を下げて勢いを殺しつつ、なんとか受けきる。危ない。上体が浮きかけた。ダウンの回数は累積だ。これまでの二戦ですでに二回も取られている。後がない。受け身が取れない攻撃を貰ってはいけない。
「流石ですね。しっかりと入らなかったとはいえ、もっとよろけるかと思いました」
リリーは振り返りながらこちらを讃える。笑顔だ。随分と余裕を醸し出している。俺も思わず苦笑いがこぼれる。
「ダガーじゃなければ倒れてましたよ」
「そんなことないんじゃない?」
彼女が剣をこちらに突きつける。こちらもナイフを構える。彼女にはきっと勝てない。でも簡単には負けてやらない。
リリーは蝶のように舞いながら俺の周囲をクルクル回りながら攻撃している。俺は、その攻撃に合わせてダガーで勢いを逸らすことしかできない。
右肩に切りかかられたかと思えば、背後から左ひざに向けて突きを貰っている。俺には一切の反撃が許されていない。ただひたすらにその場で回転運動しているだけだ。
「はっ!」
みぞおちに向けて彼女の左足が伸びてくる。剣で受ければ次の攻撃に間に合わないかもしれない。こちらも左足を持ち上げて脛でガードする。
この戦い方は本来俺が目指すべきものだ。武器の都合で早く動けないはずのリリーが主導権を握っている。このままじゃ駄目だ。一か八かの勝負に出る。
持ち上げた足をリリーが走りこんでくる地点におろす。彼女は水が流れるような自然な動きで飛び上がり剣を振り上げる。このまま切り下ろすつもりなのだろう。
至近距離だかやるしかない。
踏み出した左足に力をこめる。重心を落とし、右足を体に引きつけて左足を支点に右回転をしながら曲げた膝を伸ばす。まさかの後ろ回し蹴りだ。
回転して正面を向くとそこには剣を振り下ろすリリーの姿があった。伸びていく右足、振り下ろされる刃。両者が交わる。
「いっ! ったい!」
リリーの剣を右足に叩きつけられた俺はバランスを崩して地面に倒れこみ手からナイフが滑り落ちる。
「逃がさない」
立ち上がろうとする俺に向けて切り上げるような軌道を描いた剣が迫る。ナイフを拾い上げるもガードが間に合わず、踏ん張りの利かない俺の体は天に向けて打ち上げられた。
全てがスローになっていく。全く体が動かないというわけではない。重たい体を動かし、着地のための受け身を取ろうとする。だが、彼女はわずかな俺の余裕を見逃さなかった。
飛び上がったリリーは、剣を振り上げてその剣の側面で平打ちをする。抵抗できない俺はそのまま地面に真っ逆さまに落ちる。全身に物凄い衝撃が走る。体を動かしていた糸が切れたようだ。体をコントロールできない。
視界が暗くなり意識が遠くなっていく。もはや立とうという気力も起きない。完敗とはこのことだ。一枚・・・・いや二枚も三枚も上手だった。
思えばまったくその通りである。しかも、それはリリーに限ったことじゃない。セザールもソフィアもきっと手を隠していただけで俺よりも強い。でも、この結果を受け入れるしかない。そうしないと強くなれない・・・・・・。
俺の意識はここで途切れた。