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馬乗りの資格

「君の考えはよく分かった。その感性は馬乗りにとって必要なものだ」

 ベルナールはふむふむと頷いている。馬を大切にするというのは、馬がいなければ生活の成り立たない俺たちの地域では当然のことであった。別に俺の感性が特段優れているという訳ではない。

「いや惜しい。本当にもったいないことだ。確かな力のある騎手の騎乗機会を奪ってしまうとは恥ずかしい限りだ」

「どうされました急に? そんなどうして、少し嬉しそうなんですか?」

「ねえ、オト分かっているんでしょ」

「えっ……」


 ベルナールの背後から厩舎のスタッフに曳かれ一頭の馬が現れる。その馬は鞍を身につけており、いかにも今から走りますという様子だ。

「スプリングランサーだ。知らないとは言わないよな?」


「お疲れ。行けるだろ?」

「もちろんです。フラムさんも念入りに確認した上で良いだろうとおっしゃっていました」

「分かった。あとは俺たちの役目だな」

 俺の関しないところで話がどんどん進展していく。どうなっているんだ。

「あのう。僕は結局どうしたらいいいんですか」


「どうしたらいいかだって? 少しは心の声に耳を傾けたらどうだい。馬の質は俺が担保する。余計なことは気にしなくて良いよ」

「そうだよ。心の声を隠しちゃダメです」

 ベルナールの後ろに控えていたランサーがこちらに向かって歩いてくる。そして、鼻を突き出して俺の匂いを嗅いでいる。この馬、分かっているのか。俺がこれから乗るかもしれないことを。


「でも、俺はミリーで出場登録しています。他の馬で参加したことがバレたら大変なことになるんじゃ」

「変更すればいいんだよ」

「できるんですか。そんなこと」

「できるさ。だって、このレースで確認したいのはどの馬が速いのかではなく、誰が馬を速く走らせることができるかだ。馬であれば、なにが出て行っても問題ない。もっとも、ふん。だがな」

「それは確かに……」

 馬のように鼻から大きく息を吸い込み呼吸を止める。

 建物の外では、フィリアがオーキーと奇声を発しながら走り回っている。じゃぶじゃぶと音がして、水の入った桶で脚を冷やしているミリーが前掻きをしている。

 苦しくなって息を吐き出す。

 きっと最初から選択肢なんてなかった。きっとどんなことがあっても俺はこの気持ちという名の運命から逃れることができない。


「俺は、スプリングランサーでレースに出ます」



「そういえば聞いたか。次のレース出走取り消しの馬がいるらしいぞ」

「そうなの? 準備不足ってこと?」

「これまでの4レースでは当日取り消しの馬はいなかったからね。多分そう。今からアナウンスがあるでしょ」

「へえ。というか誰だよ。そんな生半可な準備でレースに出てくるって」

「ほら、あれだよ。うちの学年の有名人。有名人とはいっても、ヤバいって意味でだけどな」

「彼ね。それは納得かも。普通に予想できるわね……」



 角馬場を通り抜けて他の選手たちが待つレース場を目指し、ゆっくり常歩で歩かせる。

 軽く走らせてみた感想としては意外という言葉以外見つからなかった。悪いが、どう見ても普通の馬だ。これが本当にマイルG1で5勝した常勝馬とは思えない。

 大物感といえば聞こえはいいが、ここまで静かだと逆に心配になる。本当に準備万端なのだろうか。これで走って骨折でもした日には俺は一生馬に乗れなくなる気がする。


 ブルルルン。

 俺の考えを読み取ったのか、ランサーが何かを喋った。しかし、俺には馬の言語は分からないし、読心術も使えない。残念だが何と言ったのか分からない。

「はは。気にしすぎだ。気にしすぎ、ベルナールも言ってたろ」

 ランサーを曳く厩舎の人にも笑われてしまった。もしかして、俺ってそんなに普通じゃないのか。

「ほらまた考えた」

 俺にしてみればこの二人のほうがよっぽど読心術に長けていると思うのだけど。

ブルルルン。

 俺は覚悟を決めたのだ。余計なことは考えない。


 レース場の前まで来て一時停止する。控え室から何人かの人が飛び出してきた。こちらも下馬して対応する。

「君はオト・ストックウェル君ですか?」

「はい。遅れてしまい申し訳ありません」

「いえ。間に合っていますよ。ところで君が乗るはずのは、ミリーはポニーだと聞いていたのですが」

「すみません。変更でお願いします。ミリーではなく、この馬で出走できますか」

「それはできますけど。結構年をとってますよね。この馬は何という馬ですか。あと活躍馬であれば、その情報をお願いします」

「老馬なんかではありませんよ。この馬はスプリングランサー号。活躍は……マイルG1完全制覇です」


 ファンファーレが鳴り響き、入場の合図が出る。アナウンスをかき消さんばかりに響き渡る歓声。あまりの音の大きさに震えている馬がいる。馬だけじゃない騎手もである。

ビビるなよ。俺は覚悟を決めてきたのだ。今更弱気になるな。

 名前とともに1頭ずつ表舞台にかけていく。俺の馬番は15番。入場も15番目。

「さてと、ドラマチックに行きますか」

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