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レース後検量室にて

 掲示板には、1着と5着の表示がされていない。審議中なのだろう。

 俺の位置からは、1着はアスペンドリーム、5着はハナ差でピエログリフがかわしたように見えた。 

 しかし、そんなことはお構いなしのスタンドは、祭り騒ぎのようで意味のない言葉が四方から大きな声で飛び交っている。その声のほとんどは、一着で入線したミラとアスペンドリームを称えるものである。興奮覚めやらぬとはこのことだ。


「すごいですねミラは本当に勝ってしまうだなんて」

「驚きでもありませんよ。彼女が乗っているのはドリームですから」

 当然という素振りをしつつも、安心したような表情をしている。ユリアもまたドリームを管理する側の人間として勝負をしていたのだ。

「おめでとうございます。アスペンドリームがやってくれましたね」

「それを言うべきは私ではないですよ。でも頑張りましたよ。彼女も乗り役のミラも」


 すごいな。あんなレースができるだなんて。予想通りレベルの高い勝負になった。もちろんドリームも強かった。だが、それと同じくらいピエログリフも凄まじかった。

 最後の直線、200メートルを過ぎてからの仕掛け。狙っていたかのようなタイミングだ。掲示板にこそ、表示がなされていないがほぼ確信したように見える。

 どれほど俺が欲しがっても決して届かないことが定まった栄光だ。


「さて行きますか。次のレースまで1時間以上も空きますからね」

 いつの間にかに座席から立ち上がっていたユリアがそっと肩を叩いた。

「行くって、どちらにですか?」

「どこって、決まっているじゃないですか。検量室ですよ」


 ユリアの案内のまま競馬場の外に隣接する検量室へと連れ出された。

 そこでは選手たちが静かに馬具を片づけていた。検量室とは言ってはいるが、体重を量っている様子もなくただのレース後の控え室になっている。誰一人喋ることもなく時々ため息が漏れ聞こえるのみである。

これでは誰が勝者なのか分からない。それもそのはずで、肝心のユリアが黙り込んでいるからだ。

 そんな反応になるのも無理はない。すぐそばには、ユリアの進路選びが原因で5着に入れなかった子がいるのだ。


 何もかも違う。俺が知っている草競馬は、もっと勝者を称える雰囲気があった。だが、このレースには人生を賭けている人もいる。その厳然たる事実が重苦しくのし掛かっているのだ。


「確定させます!」

 奥の方から女性の声が響き、一同の視線が声の主へと注がれる。ただし、その声に意義を唱えるものはいない。


 空白の瞬間が数秒ほどあっただろうか?

 スタンドの方から歓声が上がる。順位が確定した。

 止まっていた時間が再度動き出す。


 ミラの周りにスタッフが集まり賛辞を送る。その横に並ぶ4人にも人が集まっていることから察するに、あの5人が勝ち上がるのだ。

 そして、5番目にはピエログリフの乗り役がいた。やはり勝ち上がったのである。

 その一方で、堰が切れたように静かに泣き崩れる者も現れた。


「どうですか? これがレースですよ」

 ああ、レースだった。それも俺が知っているものよりも数段本気度の感じられるものではあるが。

しかし、それがどうしたのだ? レース中とレース後の様子を見せてどんな反応、感想を引き出したいのだろう。

 ユリアは腰に手を当てて胸を張っている。誇らしげだ。競馬というスポーツに携わり、レースを成功させた者の表情だ。

視線を落とす。何をしてんだろ俺。

 ますます混乱する。何も考えたくない。ただ、ここにはいたくない。その思いは確かに感じられた。


「あっ、ユリアさん。こんなところにいたんですか。審判の手伝いしてくれるって約束してくれたはずだって、シャーロット先輩が大騒ぎしていたんですから」

「えー大袈裟だな。行かなきゃダメ?? 約束的には1、3の2レースだけ手伝うはずなんですけど」

「駄目です。1レースをサボった分、次のレースを担当してください」

「オト君。待っててね。すぐ戻るから」

「すぐには返しませんよ」


 こちらに接近する足がある。ジョッキーブーツ。選手だろうか。そうとも限らない? 反射的に視線が上がる

 その足の主は、ミラであった。気まずい。

「オト。こんなところでどうしたのさ?」

「え~とね。そのね」

「いいわ。ちょっとこれを持ってくれる。私はドリームを連れてきちゃうから」

 差し出されたのは泥の付いた鞍などの競馬道具一式だ。なぜか自然と受け取ってしまった。

「急にお願いして大丈夫だった? もしかしてアビーと予定入っていたりしなかった?」

「大丈夫ですよ。気にしないでください」


「助かりましたよ。もう少しで2往復することになるところでした」

「誰かにお願いしてなかったんですか」

「してない。いらないかなと思ったんだけど。でもレースが終わったら、あそこにいたくないと思ってしまいまして。ちょっと恥ずかしいんだよね」

 少し興奮した様子もあるが、いつも通りのミラだ。いつも通りかは不明だが、変な気を遣われないのはありがたい。


「どうかしました? 元気ないですよ。食あたりですか? 落ちてる物を拾って食べちゃダメですよ」

「まだ何も言ってないです。それよりも勝利おめでとうございます」

「ありがとう。そうそう。芝の様子なんだけどね。結構いい感じ。しっかりと引っかかる感触があって走り安いわね。馬を抑えないとどんどん加速してしまうのが難しいくらいだったわ」


「それはそれは、前進気勢の強いドリームでは大変でしたね」

「本当よ。ところで、あなたの馬はどうなの? パワーのそこまでいらないコンディションだからいい勝負できるんじゃない?」

「私の馬ですか……」

「なになに、もったいぶらないで教えてよ」

「そのですね、……僕はね、レースに出ないことにしたんです」

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