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無名の競走馬

「良い判断をしますね。馬の方もしっかりと調教されています。レベルの高いコンビですよ」

 やはりピエログリフは良い馬であるようだ。コーナーでもスムーズに手前が変わった。ここら辺の

手慣れた感じ、本職の競走馬のものだ。草競馬を走っているようなアマチュアの馬ではない。


「騎手とのコミュニケーションも取れていますから現役の頃もいいところまで行ったんじゃないですか」

「ですね。条件戦は勝ち上がっていると思います。久しぶりだからということもあるのですかね。でも……」

「でも?」

 ユリアは何かが引っかかっている様子でピエログリフのことを見つめている。

「どうかしましたか?」

「大したことではありません。少し気になることがあって」

 それはきっとピエログリフのことだ。一緒にレースで走ってい中には引退しているとはいえ重賞馬もいる。それにも関わらず強者のレースをしている。注目の的だ。


「やっぱり気になりますよね。ユリアが知らない馬ということはうちの学園の馬ではないと」

「え~と、はい。持込馬でしょう」

 持込馬ということは、貴族か名家の子息か競馬サークルに属する人である。


「何歳馬って言っていましたっけ」

「聞いていなかったです。おそらく6歳ぐらいじゃないでしょうか」

「若い馬ですよね。知っていますか」

「不思議なことに知らないんですよ。少なくともここ数年で3歳クラシックに出走していた栗毛で緑のメンコをつけていた牡馬はいなかった気がします。あとで調べてみます」

 ユリアが分からないんじゃ俺は普通に分からない。しかし、引退後にメンコを被るようになったのであろうか。気になる。


 レースは縦長の展開になる。前の5頭は、相変わらず飛ばして後続との距離を離していく。脚を残さずに戦うという決意を感じる。

 6頭手はピエログリフ、ミラとアスペンドリームは10番手だ。


「レースが落ち着きましたね。ところで、オト君はこのレースどう思いますか?」

「展開は予想通りです。でも5番が上手に乗っていると思います」

「そうですね。君の友達であるミラも悪くないです。このまま行くのであれば3番、8番、14番あたりも掲示板に絡んできそうですね」


 ユリアは、冷静に分析している。今挙げた馬は、どれも中団より前に属している馬たちだ。

「後続の馬たちだと18番、2番もいいと思います」

「でも後ろすぎますね」


 それ以上語らない。確かにその通りだ。このレースは21頭立て、しかも乗っているのはプロではない。思い切った騎乗をすれば、衝突事故に繋がる可能性が高い。

 よっぽどの自信がない限り、馬群をさばいて追い込みで勝つというのは難しいということだ。何より、芝の状態が良いため、前が止まらない可能性だって高い。

 それを知っているであろうユリアが挙げた馬は皆、13番手以内の馬だ。


「1000メートルの通過タイムは57秒3です」


 観客先から拍手が巻き起こる。ハイペースで間違いない。それもかなり飛ばしている。小型のモニターには、時間とともに第3コーナーを曲がっていく馬たちが映し出されている。

 6番手ピエログリフの通過タイムが1分フラット。ピエログリフほどの馬であればこのタイム想定内だろう。

 このレースで勝つのは、決まったようなものだ。


「ユリアは誰が勝つと思ってますか?」

「誰でしょうね。レースは最後まで何があるのか分かりませんから」


 先頭集団が最終コーナーに差し掛かる。ダメだ。ピエログリフに捕まる。


 急勾配の最終コーナーに入る。ラストの直線は530メートル。これは極端に長いわけではない。

 しかし、最後の200メートルは急坂だ。しかも馬場の状態は超良芝。脚を溜めていなければ追い込み組に捕まる可能性が高い。

 加速するはずの下り坂であるが、前5頭の脚の動きが鈍くなっている。ここはもう駄目だ。自滅である。

 対して6番手のピエログリフ。先頭までの距離は10馬身。ここまで邪魔をされずに自分のペースを守って走っている。この馬なら脚が止まらずに後続より先着できるだろう。


 直線に入ると逃げ馬たちの脚が止まった。ズルズルと後続との差が詰まっていく。

だがここで予想外のことが起こった。

 前を走る5頭が直線を遮るように横に広がったのである。


「なにをしてるんだ!」

「邪魔だろ。どけろよ」

 次々に観客席からは不平不満が噴出する。確かに進路を塞ぐような形である。各馬は僅かに前後しているため、間を割ることもできるだろうが塞がれればそれまでだ。

 勝ち上がるためには掲示板に載らなければならない。そのためには前方にいる5頭を捌かなければならない。


「あらあら、やはりこうなりますか」

 ユリアはため息をつきながら腕を頭の後ろで組んだ。どうやら意外ではないらしい。

 この場面においてスタミナの切れた逃げ馬たちが勝つためにはこの方法しかない。特に最後は上り坂だ。そこまで稼げれば飛び抜けて優秀な馬でもない限り、騎手の勝負に持ち込める。


「どうしますかね。後続のミラたちは」

「どうでしょうか。でもオト君も考えているんでしょう」

「私ならば……」

 そう言うなり口が動かなくなった。正直難しい場面だ。

 

 確実なのは外を回す方法。壁の外側を通ることでこれ以上の妨害を受けることを避けることができる。実力のある馬であれば余裕でかわせるだろう。

 ただし、この作戦は内側にいる馬ほどコースロスが大きくなる。加えて早く仕掛けなければ、先に仕掛けた馬に外壁を作られて進路を塞がれる。仕掛けるなら早く行かなければならない。


 後続を走る馬の鞍上たちの間には、狼狽の表情が広がっている。理屈では分かっているはずだ。だが、腕が動かない。

 無理もない。自分が外に出したのに中が割れた場合、中を通る馬には当然ながら敵わない。何もしないで崩れて前が開けるのが理想だ。後ろから圧をかければ不可能ではない。

 1つの判断ミスが致命傷になるのである。簡単に選べないはずだ。


 この局面、俺ならどうする。

 俺がミラの立場だったら外に行くのか? いや、行けるのか? 一瞬で覚悟を決められるのか。

後方で馬場の中央を走る彼女にとってはラッキーだ。なんせ彼女は、どちらでも選べるのである。壁を割ることもできるし、割らずに外に行くこともできる。

 逆に、それは選択を迫られているということでもある。

 外に出してもドリームへの負担はそこまでではない。十分許容範囲だ。


 可哀想なのは、有力馬が多いだろう先行勢だ。大体の馬が内ラチ沿いで距離も近い。コースを斜めに横断する必要がある。斜行による妨害で、降着や失格もあり得る。

 特に一番悲惨なのはピエログリフだ。ここまで上手に乗れていたのに、ここで邪魔が入るとは。悔しいであろう。諦められない。

 もしも俺がピエログリフの乗り役なら……

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