騎士の少女
緊張から解放され、尻もちをつくように座り込む。今の判定に達成感が無いわけではない。落ち着いた途端、嫌な汗が出てきた。ソフィアの足について心当たりはない。だが、何かをしてしまったような気がして仕方ないのだ。
「失礼する」
立ち上がれないソフィアの前に教員らしき男性が近づいていく。何者であろうか。只者の気配じゃない。そんな男が片膝をついてソフィアの白くて長い綺麗な足をしげしげと見つめている。
羨ましい。
「なるほど。これは呪いだ。面白いことをする」
その男は腑に落ちたかのように呟いた。呪い? 一体それがどうしたというのだろう。ソフィアは納得しているようだが。
「呪いですか・・・・思い至りませんでした」
「無理もない。気がつかなったのだろう。完璧な発動だったということだ」
「はい。いつの間にか掛けられていたんですね」
二人の会話が続いている。その二人の一番近くにいるにもかかわらず、話が全く見えない。
「そうか。・・・・それでは解除する」
その男は、ぼそぼそとした声で呪文を唱える。解呪の呪いだ。
「オト立てる?」
こちらにも救援が来た。アビゲイルが回復の魔術を施し、アビゲイルとブレアに肩を借りながら立ち上がる。肉体は回復したようだが、神経までは回復できていない。自力では立ち上がれなかった。そこに先ほどの男性が近づいてきた。
「ありがとうございました。一杯食わされてしまいましたよ。見事でした」
「素晴らしい戦いだった」
「ありがとうございます。それより足、もういいんですか?」
「はい。この通りです。呪いも解除できました」
ソフィアは治ったらしい右足を前に出す。確かに何ともなっていない。こればかりは不幸としか言いようがない。呪いをかけられていたのだろう。でも彼女は、恨みを買うように見えない。考えられるのは一つ。
「災難でしたね。気にしちゃだめですよ」
予め呪いを掛けるだなんてそんな卑怯なやつ、俺は嫌いだ。ただし、呪いそのものに対してはそこまでネガティブな印象はない。それにしてもとんだ好事家がいたものだ。今の時代に呪術とは。彼女には悪いが、友達に一人は欲しいタイプだ。変人枠として。
「逆恨みで間違いないですよ」
「君は私に逆恨みしてくれたんですか? 面白いですね」
「ええと? まあ、私は人のことをよく恨むタイプですよ」
どういうことだ。逆恨み? 俺が? それこそ面白い冗談だ。そんな呑気なことを考えている俺に対し、ソフィアは目を丸くしている。あれ、おかしこと言ったかな。
「呪いをかけたのはオト君ですよね?」
恐る恐る彼女は問いかける。俺は思考が止まる。
「そんな、そ・・・・うん?」
言葉が紡ぎだせない。絶対にそれはない。そう分かっているはずなのになぜか引っ掛かりを覚える。どこか違うと言い切れない。本能的が言わせてくれないのだ。
「どうであれ、君が勝ったことに変わりはない。もしかすると君なら、彼女に勝てるかもしれないね」
「頑張って下さい。応援してます」
言葉を残し二人は引き上げていく。ゆっくりとした拍手が彼女の雄姿を褒めたたえる。そんな二人と入れ替わるように一人の女性が現れた。歓声が上がり、しっとりとしていた会場が一気に盛り上がる。入学式も含め今日一の盛り上がりではないだろうか。
完全アウェーとはこのことだ。やりにくそう。
「泥臭くも勝利を掴む。まさしく戦士のような戦いでしたね」
何よりも最初に彼女は一言、俺に敬意を表した。その言葉、所作、風格、何から何まで完成されている。アンソニーと同じだ。間違いなく騎士のそれである。
「私はリリー・ミュアヘッド。いい勝負をしようじゃないですか」
彼女に圧倒され、言葉が出なくなっている俺には盛り上がった観衆から漏れなく野次が飛んでくる。
「卑怯者! ささっと負けちまえ」
「あなたの顔なんて見たくない。返って!」
などなど、なかなかに嫌われているでござるな、お主・・・・・・疲れた。どれだけ優れた魔術であっても気力までは回復できない。精神的に参っている上に文字通りの身内のはずの3人からの反応もない。考えるのはやめた。こうなれば当たって砕けろ、だ。
魔術は使えない、拳は痛い。腰に仕舞われていたダガーを引き抜く。
「気にしないでくださいね。悪気はないんです。ところで良いナイフですね。年季物ですか」
「そうですよ。兄からの頂き物で宝物ですね。先輩の剣も只物じゃないですよね」
「それなりのものですよ」
こちらのナイフはアンソニーから俺に贈られたものであるのだが、アンソニー以前の持ち主はマシューであり、マシューからアンソニーへと贈られたのである。きっと、マシューも誰から受け継いだのだろう。200年以上前のナイフなのだから。きっと彼女の剣も。
「おいおい。あんなボロで戦うのかよ。否かの魔術師だってもっと良いのを使ってるだろ」
「戦はない方がお互いの為だと思いますけど」
「どちらにせよ、ささっと終わるからいいじゃないか」
あれま。こんなダサい大人にはなりたくないね。流石にこの剣を馬鹿にされるのは我慢ならない。
そんな風に考えていると彼女が叫んだ。
「あなた方の中で、彼のように勇ましい者のみ石を投げなさい」
リリーの言葉で場内は一気に静まり返った。カリスマだ。彼女のことを嘲笑する者もいない。間違いない。本能が告げてくる。やはり彼女はアンソニーと同じ人種だ。
「誇りをお持ちください。皆さんはセント・ローレンスの学生としての振る舞いができるはずです」
静まり返った場内から徐々に拍手が沸き起こり、その輪は全体まで広まっていく。おっ、あそこさっき俺に向けて野次飛ばした集団だぞ。仰る通りみたいな顔して拍手してる。変わり身が早い。さしずめリリーのファンか。彼女にはお礼を言わなくてはいけない。
「ありがとうございます。これで戦いやすくなります」
「お礼には及びません。私の気持ちの問題だから」
強いな。剣をもつ右手が震えてくる。それほどの圧倒的な気配だ。戦いたくないという気持ちが強くなる・・・・・・その一方で早く手合わせしたい。うずうずして来た。