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第1レース 緑のメンコ

「去年まで現役で、リステッド競争にも出場経験があります。若さが強み、ダークホースになるのは彼女か、12番アスペンドリーム。コンビを組むのは、ミラ・ウィンゲートです」


 場内アナウンスとともに歓声の中、アスペンドリームにまたがるミラが現れた。

 12番というゼッケン番号をつけたドリームは、今にでも放尿しそうなぐらいゆったりと歩いている。アナウンスされる経歴に似合わず、大物感が出ている。

 いや活躍したという意味での大物ならこんな反応はしない。ドリームは、メンタルが大物なのである。こうして見ると随分とエンジンの掛かりが悪そうだ。


 対してミラはガチガチである。彼女の辞書には、柔軟性という言葉が記載されていないようである。好対照だ。放尿したほうが彼女のためになるかもしれない。

 しかしまあ、ドリームは本馬場に入ったというのにレース前の緊張感というのがまるでない。レースを知らないといえばそこまでなのだが。

 促されてやっと返し馬を始める始末である。


「大丈夫かな……」

 ふと思いが口から洩れた。

「友達でもいました?」

 すぐ左にいるユリアはその言葉を逃がさずに拾い上げた。

「友達かは怪しいですが、顔見知りがいて」

「へぇ~。12番ですよね。アスペンドリームに乗っている子は確か……」

「ミラです」

 思わずぶっきらぼうになってしまったが、ユリアは知っているはずだ。ドリームはベルナール厩舎の馬だし、ユリアと幾度となく会話しているところを目撃している。単に俺に言わせたかっただけなのだ。


「好きなんですか?」

「なんでそうなるんですか」

「ごめん。反応が見たくて」

 のんきなものである。今どき小学生でも言われないよ。彼女なりに癒そうとしてくれているのだろうか。


「以上21頭、本馬場入場完了です」

 本人に気にする様子はなく、本馬場の外側を走り回る馬たちを愉快そうに眺めている。

 右手に顎を載せて、頭を外に向ける。しかし全くもってユリアの狙いがわからない。

 そう言えば、ミラに対して応援に行くと約束したような気も、しないような気もする。少なくとも嘘つきになることは免れたともいえる。

 どうしよう。こんなことしている場合じゃないのに。


 返し馬を終えた馬たちは輪乗りを始めるものと近くで輪乗りを眺めるものの2種類に分かれ、枠入りの合図を待っている。

 輪乗りの時点で、馬乗りとしてのレベルはある程度把握できる。ミラは上手な方だ。ドリームは、綺麗な弧を描いて左回りしている。

 馬次第だが、俺は外で見ている側が多かった。ちょうど栗毛で緑のメンコを付けた5番のように。

 きっとあそこにいれば俺は鐙の位置の最終調整とかしているはずだ。

 だが、俺があの場所にいていつも通りできるとは思えない。

 スタート地点は第1〜第2コーナーのポケットだが、騎手の緊張がここまで伝わってくる。これでは馬たちが入れ込みそうである。俺だって腕が言うことを聞かないかもしれない。

 ということは、大物であるドリームは有利なのか。


 レース前の独特な空気感が流れている。

 こんな光景、今まで何度も見たことがある。特別なことは何もない。

 そのはずだ。なのに、左手にひりりとした感触が走った。びっくりして思わず手を確認する。

 当然何ともなっていない。しかし、そのまま目線を戻せば横にいるユリアから変なことを言われそうで嫌だったので、左手の薬指と中指を擦り合わせてみる。


 ゲートインの合図を受けて奇数番号の馬、次いで偶数番号の馬がゲートの中におさまっていく。あそこにいる馬たちは、若くても5歳くらいだ。年を重ねていることもありスムーズに枠入りが進む。

 ドリームは思ったよりも集中している。 ……というか、いい感じじゃない?


「ねえ、だれが勝つとも思いますか?」

 集中しているタイミングで頬っぺたを摘ままれた。意識がそれる。

「もう何するだー」

「ごめんなさいね。面白くて」

 またこれだよ。だが不思議とダルがらみという感じはしない。本職はこうじゃない。プロは魔術の授業そっちのけで変な話をするからな。

「双眼鏡使いますか? 倍率は低いですけど」

 そう話す彼女の手には、オペラグラスが握られている。このようなところはしっかりしている。

「いいえ。見えるので大丈夫です」


「そうですか……ごめんね。でももっと俯瞰して全体を見てくださいね」

「えっ?」


「スタートしました!」

 アナウンスとともに大歓声が上がる。


 出遅れは3頭、ロケットスタートが1頭先ほどの5番の馬だ。お手本のような綺麗なスタート。

 そこに対して果敢に先頭ハナを取りにくのが5頭。南部の出身者だろう。なるほど、レース展開お構いなしに前に行くのか。

 第2コーナーを目前にして先頭集団は6頭になったが、素早く5番の馬が引いた。そして6番手まで位置を下げる。ハイペースには付き合わないということだ。


「おっとここで、5番のピエログリフが遅れた。これは作戦なのでしょうか」


 1つ目のコーナーである第二コーナーは、スタートから280メートルの位置にある。ハナを取りたければ、ここまである程度脚を使わなければならない。

 コーナーを曲がっていく、スピードに乗っているためか先頭集団はコーナーを膨れながら回っていく。しかし、ピエログリフは立ち上がり重視の緩やかな進路で回って見せた。

 この馬と騎手のペアはできる。緑のメンコの裏から力強い眼光が漏れてくるような気がした。

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