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ミラの決意

 コースを確認し終えた学生たちはぞろぞろと順に帰って行く。解説を聞いていた俺たちはその流れに乗りそびれ残っている最後のグループになってしまった。


「私たちは帰ろうかな。時間も時間だし。明日頑張ってね」

「ありがとう。シェリー、ブローニーも」

「また明日。応援しに行くから」

 女子2人が南にある正門の方に引き上げていく。

彼女たちは付き合わされていただけであり、本来用事はなかったはずだ。それでも今日この場所に付いてきたのは、友達ということもあるが少なからず興味があったからだろう。

「あの子たちって同じクラスの子だよね。名前は分からないけど」

 ブレアがいぶかしそうに呟く。ブレアもこの場所に付き合わされていたに過ぎない。いや、この場所にいる人の大半は付き添いの人たちであろう。

 娯楽の少ないこの社会において競馬というスポーツは、貴族であろうと平民であろうと、王族であろうとすべての人が楽しむことができる非常に完成度の高いエンターテイメントなのである。


「今のはシエナとブローニッドです。名前くらいは覚えていた方が良いと思いますよ」

「これでブレアはいつも通りだね。いつか困るときが来るよ」

「そうだね。あ、ちょっとトイレに行ってくる」

 俺の言葉を本当に聞いていたのか分からないが、宣言を終えるなりここから一番近い建物である小走りでホール棟に向けて走って行く。俺たちのせいで我慢していたのだとしたら申し訳ない。

 ブレアに限ってそれはないか。

 その代わりにアビゲイルがそわそわし始めた。はて? アビーもトイレかはたまた予定を抱えていたのだろうか。


「寮の先輩に呼ばれているから私も行くね」

 寮の先輩? 誰であろうか。アビゲイルだから……。

「そう、寮の用事ならあなたも一緒に行ったら?」

「オトは明日本場なんだよ。早く帰らないとダメ。ただでさえ夜更かししているんだから」

 夜更かし? 今週は普段よりも早く寝るようにしているはずだけど。まだ遅いのか。

「忠告ありがとう。そうするよ」

「頑張ってね、ミラ。オトも帰るんだよ」


 アビゲイルはゆっくり図書館の方に歩いて行く。

 ここまで3方向に消えていった。残るは北方面のみ。厩舎とかがある方向だ。ミリーの放牧は昼の間に終えているため、俺の用事は見つからない。まあ、そんなことを気にしているのは俺くらいのものだ。


「私、厩舎の方に寄っていくわ」

「ドリームを見てくるの?」

「ええ。ちょっと気になってね」

「分かるよ。昼間少しだけ見たけど良い感じだよね」

「仕上げていれば9割に届かないくらい。かなり良い方だと思うわ」

「最強じゃないそれ、ピークは来週か」

 俺の問いかけに対してミラは言葉の代わりに頷いて答えた。言葉に出さないことで自信の強さが表れている。すごいな。7割5分程度のうちのミリーとは違う。


「それじゃあ」と、ミラはそう告げるなり返事も聞かずに目的地の方に歩き始める。

 俺も返事を期待せず「うん。一緒に勝ち上がれると良いね」と言って背を向ける。俺が向いたのは南だ。なり行きでこっちを向いてしまった。正門の方から帰ろうかな。 遠回りではあるが。


 せっかく正門の方から帰るんだし寄り道しよう。どこがいいなかな? 古書店とか街の図書館とか……。アビーよりも早く帰れば良いのである。 そうしないと夜、俺が寝るまで横で見てるとか言い出しかねない。


「ねえ、オットー」

 などと考えていると背後から声をかけられた。

 声の主はミラだ。その顔はどこか神妙そうであり、何かを言いたげであった。

「なに?」

「君は怖くないの?」

 ミラの声は掠れ気味で、注意して聞かなければ聞き落としてしまうかもしれないほどだ。 聞き落とさないように俺は声を出さずに耳を傾ける。


「私は明日に向けて何度も何パターンもレースの展開を考えて来ているんです。そして何十通り考えても、見落としがあるような気がして落ち着かない。今だってですよ。どうやって気を落ち着かせているのか、教えてもらえませんか?」

 こちらが言葉を発しないでいると、ミラは堰を切ったように自分の思いを述べた。周りにはすでに人がいない。夕暮れ時ということもあってセンチメンタルな気分にさせてくれる。いや、そういった演出か。


「一番は気にしないことじゃないですかね。いくら悪いことを想像したとことでそれが本当に起きると決まった訳じゃないですから。何より、どうしようもなくなったらその時はその時です」

 どこか泣き出しそうになっているミラに対して俺のウソ偽りのない思いを伝える。こんな回答で無責任だとは思うが、下手にカッコつけたり、励ますような答えよりも俺には良いように思えた。

 俺の言葉を聞いたミラは戸惑ったような表情をして、ジッとこちらを睨みつける。そして今度は勢いよく口を開く。

「本気で言っているのですか? 明日と来週で自分の人生が決まるというのに!」


 ぐうの音も出ない。彼女の言うことは正しい。根拠はないが参加者の半分は、同じような重いであろう。今回のレースが人生のターニングポイントになるということは十分に考えられる。

 馬術部に所属する学生、そのOBともに非常に優秀な人たちである。

 そのような人たちとパイプを持つことができれば、人生の可能性が飛躍的に増えるだろう。実のところ、俺が馬術部に入りたい一番の理由がそれである。俺にとっては、ミラをはじめとする他の参加者が一番に追い求める名誉なんてものは二の次だ。まさしく目的ではなく手段になのだ。

「考えたことは無駄にならないと思いますよ。明日、君が思い描いたようなレースをできようとできまいと」

「無駄ですよ。結果が全てです。誰にも文句の付けられない。勝ち方で2勝を挙げて先輩に認められるんです。そのためにこの学園に入ったんですから」


 彼女の決意は固い。彼女にとっては、馬術部に入ることが目的であってこの学園に入ることは手段でしたかないようだ。何がそこまで思わせるのか、俺には分からない。

彼女は彼女の覚悟を持って望むのだ。純粋に応援したいと思う。

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