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レース場の研究者たち

 週末のレースを控え、アスリートらしく夜の9時には寝てみる。今日明日ばかりは、勉強はそっちのけである。同部屋のアビゲイルは、文句一つ言わずに付き合ってくれている。本当に感謝以外の言葉が出ない。今度、お礼に遊びに誘わねばならいだろう。


「レースに向けて仕上がりはどうですか?」

 ベッドに入ったアビゲイルは枕の位置を調節しながらそう尋ねてきた。やはり気になる話題らしい。当然と言えばそうかもしれない。なんせ、彼女の友達も出場するのだから。それはともかく、兄として腹を割って話すべきであろう。

「俺、勝っちゃうかもしれないらしい」

「私は勝つと思っていたんだけど」

 意外。アビゲイルには勝ち筋が見えていたようである。根拠はなんであろうか。俺にはそれっぽいのが見つからないのだが。


「逆にどうしてオトは勝てないと思っていたの?」

「そりゃあ、馬質から言ってかな。多分、他の馬より時速10キロは遅いと思うよ。最後方をポツンも組み合わせ次第ではあり得るかなと思ってた」

 こちらも掛け布団を伸ばして眠る態勢に入る。先に準備の終わったアビゲイルはこちら側を向いている。どうやら俺のことを待っているらしい。パパッと布団を被る。良い感じ、今夜はグッスリできそう。


「確かに入部後の話とか、レースで勝つための作戦とか話さしてなかったよね。らしくないとは思っていたけど」

「考えないようにしてたからね。記念受験みたいなものかな」

 そう言って口を閉じる。俺にしてみれば馬術部に入るというのは夢であって、かなえるべき目標ではない。だからであろう。指摘されるまで対策を練るということを失念していたし、入った後にやりたいことなど無駄だから想像したこともなかった。


「オトって、他の人が馬に乗っているところ見たことある?」

「それはあるよ。それこそ授業でなんかすぐ横から見ているじゃん。あっ、そうか俺は本当に上手い人たちが馬に乗っているところは見たことがないのか」

 思い返してみれば俺が上手な人たちと一緒に授業を受けてのは2回。その2回とも授業には参加せず、自主練習を行っていた人たちがいたはずだ。本当に上手いであろうその人たちの技術を俺は知らないのだ。

 しかし、知らないからなんなのだ。フロックが起きやすいとか? 緊張しないというのはあるかもしれない。

「今は分からなくても、レースになれば分かると思うよ。オトは大丈夫。馬乗りが上手なのは私が知っているから。私予言する。オトは明後日のレース絶対に勝つよ」

 どうやらアビゲイルは眠くなってきたらしい。もはや目が開いていない。これ以上話しかけるのは野暮である。


「そういえばさ、ミラがレースコースの研究をしたいみたいなんだけどオトも参加しない? 明日、コースの下見をしながらやるんだって」

「研究? いいね、お役に立てるか分からないけど俺も行きたい」

「明日の放課後ね。ブレアとかも誘ってみたら多い方が楽し……」

 そう言うなり、アビゲイルは夢の中に入ってしまった。対して俺は体が熱を持っているようだ。カーテンを少し開けて夜の空を見上げる。俺が眠るには1時間早いらしい。



「なるほどね。あなたたちがここに来た理由は分かりました」

 ミラは右手で後ろ髪をなでながら興味なさそうに言い捨てた。

「ええ、よろしくお願いいたします」

「言っとくけど、研究すれば勝てるなんて簡単なものじゃないからね」

 すっかり以前の様子だ。いやこっちの方が慣れ親しんだ感があって落ち着くが。

 アビー、ミラとその友達2人に俺とブレアのペアが参加したことで俺たちのグループは6人という大所帯になった。アビーが根回しをしていたおかげか、すんなりと参加することができた。でもこれだけの大所帯で行動するのはいつ以来だろう。久しく経験していない。


 それにしてもすごい人数だ。本番前日ということもあっても俺たちのいる観客席にはかなりの人がいる。ざっと200人はいるだろう。レースへの参加者が60数人ということを考えるとかなりの関心の高さがうかがえる。

 田舎の方出身である俺とアビーにしてみればこれだけの数の子どもたちが一カ所に集まるという経験はほぼ経験したことがない。なんせ、内の村の同級生23人だからな。まあ、学校で教育を受けていない子もいたから実際にはもう少し多いと思うが。


「何してるんですか、こっちですよ」

考え事をしていたミラに怒られた。しかし、自然と従おうという気持ちにさせる。カリスマあるよなこの子。

案内で観客席の上の方、コース全体が見渡せる場所まで上る。人も少なさそうだし、下見目的なら高いところの方がいいだろう。


「おっ! 何してるの君たち?」

 頭の上から声がかかる。この声は……

「シャ、シャーロット先輩!!」

 ミラが素っ頓狂な声を上げる。違う今の声はシャーロット先輩じゃない。今の声は。

「あれユリア先生がどうしているの?」

 俺の代わりなのかブレアが声を上げる。そう、今の声はユリアである。さすがブレア分かってる。

「私がいちゃダメですか? ブレアとオトも。君もいたんだ」

 ユリアの視線がブレアの後ろを歩いていた俺の方に移る。当然、シャーロットの視線もこちらを向く。あれ? 今、シャーロットの目が輝いたような……

 と思ったのも束の間。左手から太陽が差していることに気がついた。なるほど、これが原因か。ビックリした。本当に目が光るわけないか。

「久しぶりですね、オト君」

「お久しぶりですね。シャーロット先輩」



「君たちは研究しに来たんだ。真面目だね」

 ここに来た目的を聞いたユリアは愉快そうに手を頭の後ろに組んだ。そして「どう思う? 先輩として2年前ここでレースに参加したあなたは?」とシャーロットに尋ねた。

「懐かしいですよ。私もやりましたからね、レース場研究と対戦相手の研究」

 シャーロットはユリアの質問に対して気楽そうに答える。この2人、昨日今日の仲ではない。友達に近いフランクな関係な気がする。まあ、俺とブレアもユリアに対してはこんな感じかもしれないので、人のことは言えないのだが。


「私は勝ちに行くつもりなので両方とも研究しています」

「お~、さすがだね。たまに研究をしないで馬に乗る子もいるからね。それじゃあ勝てないよ。よっぽど運がないとね」

 ミラの力強い回答に対して、ユリアは含みを持った言い方でこちらの方に目線を流す。分かっていますよ。俺はその運にだけかけていたこと。

「この中で明日のレースに参加するのはどなたですか?」

「私とオトですよ。私が第1レース。彼が第5レースです。ちょうど初めと最後ですね。以前お話をしていたところを見ると彼のことはご存じと思いますが」

 なんて内心毒づいていたら、シャーロットが話を変えてくれた。ラッキー、俺のことを聞かれなくて助かった。それにしてもミラは、シャーロットに対しては丁寧な物言いになるな。この2人にも関係が……?


「あの……不躾なお願いで恐縮なのですが、私たちにコースの特徴と気をつけるべき点についてお話しいただけないでしょうか?」

 ?? 嘘でしょ。なんか考え事していたら話が進んでいるんですけど。経緯は分からないけど、乗るしかない! この勢いに!

「あの私の方からもお願いできますか? 全然、研究が進んでいなくてピンチなんです」

「シャーロットさん、せっかくだから解説してあげたら? コースのポイント」

「そうしますか。せっかく後輩が頼ってきてくれたのですから」

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