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技術と進化

 ミラを後ろに乗せたまま、授業が行われているコーナーの横に舞い戻る。

 背中側から近づいていることもあるが、それ以上に授業に集中しているらしく、学生たちは俺たちの方には気がついていない様子である。

 あっ嘘だ。学生たちの一人と目があった。あれは狼狽した様子かな、ちょっと驚いた様子で馬にまたがったままやってくる。もちろん、そんなことをするのは一人を除いて他にいない。


「オトたちは何してるの?」

「お散歩かな。アビーが授業受けている間、ヒマでさ」

「ふーん」

 当然、アビゲイル・ストックウェルである。基本的にアビーの考えていることはわかるはずなのだが、う〜ん。おかしいな、何を考えているのかわからない。

 可能性として高いのは、俺達が授業から抜け出したことに怒っているというパターンだ。真面目なのだこの子は……謝っておこう。


「なんかごめ――」

「ねえ、何してる……の?」

 そんなことを考えていたら、まったくおんなじ言葉を繰り返した。どうしたんだろう? その質問には答えたはずだけど。とにかく最後まで謝るのが先だ。

「ごめ――」

「ちっ、違うわ。そんなんじゃないから、えへへ、勘違いよ」

 人の謝罪を遮るように突然ミラが口を開いた。しかも言葉と同時に背中から飛び降りたではないか。


「ちょっと、何するのさ。もっとゆっくり降りなよ」

「気安く話しかけないで!」

 !? ぐはぁ。何という掌返し。これが先程までと同じ人物か。さっきまでは仲良く話すことができていると思っていたのだけれど、この発言全然そんなことはない。いや、待てよ。ミラは人前に出たことで俺への当たりが強くなった。それもアビゲイルの前で。

 これはあくまでも仮説に過ぎないが、ミラは中の良い友達の前では気丈に振るわねばならないのだ。それが教育のせいなのか、単なる性格から来ているのかは分からない。しかし、そう考えればこの変わりようが説明できる。


 そうならば俺はアシストをするだけだ。否、彼女の名誉のためにすべきである。

「ねえ、アビー授業はまだ終わってない?」

「うん。でも、あと一回だよ。次がラストのゲート練習」

「俺も外の方の枠にこっそり参加していいかな」

「いいと思うよ。でも、それなら私の場所貸してあげるよ。5枠5番のちょうど真ん中」

「いいの? でもアビーはどうするの」

「私は十分練習したから。何よりドリームがもう飽きているせいで練習する意味もないから」

「分かった。ありがとうね」

「あっ、でも6番の馬に気をつけて、結構うるさいから」


 アビゲイルに手を振って、ゲートの方に馬を進める。前を向く際に、こっそりミラに向けて舌を出したことはきれいに忘れよう。だって、どっちか分からないけど殺気っぽいものを感じたから。


 アビゲイルが並んでいたであろう5番のゲートの後ろに並ぶ。両サイドに馬がいる内枠だ。練習するにはもってこいである。

「おっ、急に小さくなったな。どうしたんだ」

 左手から声が聞こえる。問題の6番ゲートの騎手である。体が大きくうるさそうな馬に乗っている。いや、馬も大きいが乗り手も大きい。それも人間が無理やり乗っているような感じ。アビゲイルにとってはかなりの迫力があったはずだ。


「ミリーはポニーですからね。小さくて当然ですよ」

「馬どころか人も変わっているしな。小さいことに変わりはないが、お前は何をしに来たんだ? まさか練習とか言わないよな」

「残念、もちろん練習ですよ。さっきまでいた子にお願いして変わってもらったんです」

「アビゲイルだろ、なるほど逃げたのか。涼しい顔して結構ストレスになっていたんだな」

「やっぱりわざとだったのか。性格が悪いな」

 今度は右手から声が聞こえる。4番の騎手である。なるほど、こちらは打って変わって人馬が折り合っている。気をつけるべきは左手の大きい方だ。


 ゲートの中にミリーを入れる。やはり体が小さいこともあってか、ゲートの中では普通なんだよね。

「ねえ、君オトでしょ」

 俺より後に入ってきた右の騎手から小さな声で話しかけられる。

「そうだよ。どうして俺の名前を?」

「たぶん。うちの学年で知らない人いないよ。有名人だから」

 そうなの? 知らなかった。別に目立つようなことをしたことないと思うんだけどな。原因は何だ? あとでアビゲイルに聞いてみよう。

「おい! 何話してんだ混ぜてくれよ!」

 話を遮るように左の馬番の騎手がゲートインした。問題児の登場である。

「気をつけて、わざと邪魔するから」


 ブルルルン。左の馬がソワソワして鳴き声を上げた。

 左に入った騎手は手綱をしきりに動かし、腰を上げたり下げたりすることでわざと刺激しているのである。本番はこのようなのが隣に入ることもあり得る。慌ててはいけない。

 ミラが驚いた様子で右の方に頭を向ける。このままでは、右に走ってしまい衝突事故がおきかねない。

「大丈夫……大丈夫だ」

 たてがみの上からミリーを撫でる。撫でる前と比べわずかに落ち着いているが、顔が正面を向けない。わざとならばかなり悪質である。


 最後の一頭がゲートの前に立つ。あの馬がゲートインしたらスタートだ。よし頼るか。先程の小屋で読んだノートに書かれたいた事を思い出す。なんら難しいことではない。

「驚かないでね」

 それまで撫でいた鬣を優しく掴み、左の方に引っ張る。すると、あれほど言うことを聞かなかったミリーの首が真っ直ぐ伸びた。耳の間から正面扉の中心が見える。これはいけるぞ。


 刹那。ゲートが開く。重心が後肢に移動するのに合わせ、こちらもバランスを取る。次の瞬間、一気に前へと蹴り出した。

「よっしゃぁ!」

 ミリーはゲートから一番で飛び出した。しかも加速が段違いだ。地面を強く蹴り上げ、ぐんぐん前へと伸びていく。

「待てよ、テメエ!!」

 後ろから怒号が飛ぶ。股の下から覗いてみると、やはり左にいた人物だ。怒号に合わせて鞭が飛んでいる。しかし、加速がイマイチなようだ。それはそうだろう。あれだけ余分なストレスをかけていれば馬が疲れて言うことを聞かなくなってしまう。

 因果応報。俺たちは誰よりも早く100m先のゴールを駆け抜けた。スタート地点からはどよめきが起きている。確かにさっきの言葉は過激であった。しかし、暴言にいちいち目くじらを立てていても成長できない。相手をするのは止めておこう。

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