ゲートのヒント
意を決するまでもなく入り口の前に立つ。
「やめよう。何があるか分からないじゃない」
ここに来てミラがなぞの抵抗を見せる。どうしてこの子は一緒にいるんだろう。ミリーがいるから? いや、別についてくる必要はなかったよな。待っていれば良かったのだし、戻ってもなんの問題ないはずだけど。
扉が半開きではあるが、誰かがいる雰囲気ではない。隠してあったぐらいだ。訳ありだろう。街の方で怪奇現象が起きているらしいからその犯人の隠れ家だったりして。
「本当に入るの? 私は責任とれないわよ」
「骨さえ拾ってもらえれば、それだけで十分ですよ」
渋っているミラを尻目にドアをノックする。
返事がない。やはり人はいないらしい。
誰もいない小屋の中に向けて「失礼します」と一声かけて立ち入る。
「どうなってるの? 見せて……普通の小屋ね」
「そうだね。どちらかというと物置でしょう」
中の広さは6畳ほど。壁面に本棚があり、イスとテーブルがあるのみ。生活感はないが、埃っぽくないことからきちんと整理されていることが分かる。
壁際の本棚には資料がぎっしりしまい込まれている。タイトルは擦れて読めないが、かなり年季が入っている。さしずめ、魔術系の教員がこっそり作った研究室か実験室だろう。
反社会的な危険な人間が住んでいるようなところではない。その点は安心した。だが、本が埃を被っていないことから考えるに、この小屋は今でも誰かが利用していると推測できる。そうであれば早急にここから逃げるべきだ。見つかるとかなり面倒なことになる。
「ねえ、ノートがあるよ」
小屋の正体が変哲のない物置だと分かったおかげか、ミラは平気で建物なかを物色していく。ページをめくる音がする。どうやら机の上に置かれていたノートを読み始めたようである。
さっきとは真逆だ。 こっちが帰ろうかと考えているときに反対の行動を取り始めるとは。
ミラはノートを難しい顔をしながら読んでいる。そもそも、魔術師のノートは暗号化し、コピープロテクトをかけているものだ。学生レベルの魔術知識しか持ち合わせていない俺たちが魔術師の書いた暗号化されたノートを読めるとは思えない。
「あんまり触らない方がいいんじゃない?」
「触っちゃった」
お道化たようなことを言っているが、まるで後悔している感じがしない。かなり真面目な人だと思っていたけど、実はお転婆娘なのか。
「きれいに戻して、証拠隠滅しよう」
軽めのミラに対してこちらも軽いノリで提案する。彼女なら“そうしよう”とか返事をすはずである。しかし、その予想に反してミラは食い入るようにノートを読み込んでいる。
「どうしたの? そんなヤバい内容が記されているの?」
「ねえ、これって……」
「あんまりベタベタしないでよ」
「それはそうだけど凄いわ、たぶんこれって……」
受け取ったノートには、イラストともに魔術とは関係のない言葉が書かれている。しかも、描かれているイラストというのが……
「馬の絵?」
「だよね。他のページも見たんだけど、馬と一緒に人が多く描かれていて」
ミラの言う通り、次のページにもその次のページにも馬が描かれている。馬の体の部位の名前や視力など身体的特徴について書かれているのである。しかも、暗号化されていないため、ノートに書かれている文字が読める。
「これって何だろう? 馬の生態について書かれたものかな」
「分からない。分からないけどかなり年季の入ったものだよ。ノートの側面が日焼けで変色しているから」
「そうだね」
さらにページをめくって行くと、馬の乗り方についてのページが現れた。鞍や鐙といった乗馬で必要な道具に関して一通り書き出されている。
これで一つの仮説が立てられる。
「このノートの持ち主は馬術を教えている先生の誰かじゃないかな。もしくは、授業の補助教員であるユリアの物だと思う」
「確かにそれなら納得できるわ。ちょっと貸してちょうだい。名前がないか確認するから」
ミラがノートを取り上げて裏表紙をめくる。表表紙の裏や次のページには記載がなかったから書かれているとしたら最後のページという考えなのだろう。
「ええと、これ読める?」
そこには、文字が書かれているのだが「ロ……イエン?」名前の半分ほどがかすれてい読めなくなっている。だが、少なくとも俺の知っている人には‘ロ’で始まって‘イエン’で名前が終わる人はいない。他の学年の馬術の先生ということかもしれない。
「こんな感じの名前の人知ってる?」
「知らない。少なくとも私の知り合いにはいないわ」
「不味いですね。原状回復して早く逃げましょう。ノートを元あった通りにしてもらえますか?」
ミラは「うん」と言ってノートを受け取る。その時、ノートのページの間から一枚の紙が落ちた。
「やばっ」
「どこから落ちたのかな」
紙を拾い上げて内容を確認する。中身は……えっ、これって?
「結構後ろの方のページだったよね……どうしたの?」
突如、動きを止めた俺の方をミラが不思議そうにこちらを見つめる。拾い上げた紙をくるりとミラの方に向けて中身を確認させる。俺は自分の目が信じられない。
「これって、競馬のゲート発進のやり方だよね」
「……うん」
ミラから再度ノートを受け取り、ページをめくる。先ほど目を通さなかったノートの後半には、競馬における馬乗り技術が記載されていた。
小屋の外に出るとフィリアがいた。退屈そうに遠くを見ている。その足元に無造作に置かれているムチを拾い上げる。やっぱり歯形がついている。噛みしめながら走ったのだから当然だ。
「ねえ、私の後ろに乗る?」
木に結ばれたミリーの手綱をほどきながらミラが声をかける。
「いや、俺が前でしょう」
「どうして?」
「『どうして?』ってそりゃあ痛いからだよ」




