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明るい納屋

 ミラが指を差した先には、4足歩行の生き物がいる。ただし、馬ではない。馬にしては顔が小さいし、耳が長い。つまり、ロバである。うん? おかしい。あの図々しい貌、よく知っている。

「フィリアだよ、あれ」

「フィリア? あのロバの名前?」

「うん。ちょっと因縁のある相手」

 だんだん近づいてくるフィリアは、俺たち以外の視線も奪い始めた。まるでスターのようだ。急がず、焦らず、自分のペースでこちらに向かってくる。


 こちら? 間違いない、ピンポイントに俺とミラの方に歩いてきている。用事があるのだろうか。


「ええと、うん。こっち来ているよね」

「来てるね。多分、俺に伝えたいことがあるんだと思う。ミリーの手綱少しの間持ってて」

「それはいいけど」

「それと、とりあえずムチ隠してください。腰より上に構えると嚙まれますから」

 ミラに手綱を渡してムチを背中に隠して近づいていく。フィリアも俺のすぐ前にきて、一旦足を止めたと思った瞬間。

 くるりと身を反転させながら俺の背中に回り込み、握られていたムチを奪って明後日の方向に走り始めた。


「えっ? いや、ちょっと待って!」

 フィリアの背中を慌てて追いかける。さすが四足歩行。深い芝を相手にもせず、ぐんぐん距離を離しにかかる。

「遊んでる暇はないんだから、止まれぃ」

 そんな俺の呼ぶ声を腹立たしくも無視してわき目も振らず駆けていく。

「待ちなさい。どうするのこれ」

「少し任せた」

 距離は5馬身。逃げをはかるフィリアを差しに行く。


 1キロぐらい走っただろう。結局背中を捉えるどころか影すら踏めないまま、明後日の方向に向けて逃げ切ったフィリアの姿が見えなくなった。

「あいつ、ユリアに言いつけて今夜の干し草半分の計に処すぞ」

 言っても仕方がない。何とか取り返さないと、玩具にされて半分になっていたら泣くにも泣けない。などと考えていると「おーい。どこいったの?」という声が聞こえる。声の主はミラである。しかも蹄音つまおとも一緒ということは。


「ミリーも来たんだ」

「来たんだって、私に預けたまま行かれても困るでしょ。それでロバは?」

「フィリアの姿をここらへんで見失って、分からなくなったんだよね」

「ふーん」

 ミラは周囲の様子を確かめる。ここら辺一体は特に芝が深い。あまり来る人たちがいないからだろう。すぐ近くには深そうな森があって不気味である。絶対にやばいのがいる。襲われたら一溜りもない。このような場所には立ち入らないのが吉だ。

「不気味ね」

 そう言いながら、ミラは鐙の方に手を伸ばしている。短かったのだろう。

「調整したいの?」

「うん」

「手綱持つよ」

「ありがとう」


 ごく自然な流れでミラの手から手綱を受け取った瞬間。「何あれ?」とミラが呟いた。その方向には、先ほどの不気味な森があるはずだ。まさかと思って視線の方を振り向く。

「……何かあった?」

 そこには何もない。危ない獣たちがいるわけでもなく。ただ森があるだけだ。

「ほら、急に現れたじゃない、あれよ」

 ミラは森の方を指差して、アピールをする。いや、変わったことは何もない。ミラには何かが見えるようだが俺には何も見えない。

 木霊の類だろうか。霊ならば、個人の魔力の波長によって見える個体と見えない個体が変化する。ミラの魔力波とピッタリ合ってしまったのだろう。見えたところでいたずらをされるだけだ。見えないなら見えないでもいい。


「田舎出身の俺の経験則的に木霊の類は基本、無視するのがいいと思いますよ」

「木霊? 違うわ。どう見ても小屋じゃない」

 小屋……木霊じゃないと。突然小屋が見えたと……なるほどね。

「ちょっと失礼」

 ミラの手を握って森の方を見てみる。やっぱりそうだ。ミラの言うことは正しかった。そこには小屋が現れた。


「あるよね。何なのあれ」

「どう見ても小屋でしょう」

 入口の扉が半開きになっている。鍵が開いたままになっているようだ。

「えっ、ちょっと、近づかない方がいいんじゃない」

「怖い?」

「こ、怖くわないけど、突然現れた仕組みも不明だし、危ないわ」

「少し見るだけ。それと仕組みは分かったよ」


 小屋の入り口の方にゆっくり歩いて行く。小屋は築数年の新しいものだ。今でも使われているものだろう。ならば危ないことはないはずだ。住人が危なくなければ。


「仕組みって何?」

 いつの間にか、ミリーの背中から降りていたらしいミラが腕をがっしり掴み、進行を妨げる。そこまでして行かせたくないのか。どうしてだろう? 気味が悪いし、突然小屋が現れたのがホラーだからかな。

「この小屋を隠していた方法ですよ」

「分かるの?」

「ええ。おそらく人除けの呪いと隠匿の呪いです」

 ミラから手綱を受け取って小屋のすぐ横の木の幹に結びつける。

「知らないわよ。そんな魔術」

「魔術じゃないですよ。呪いです」

「呪い? 呪いならどうして急に見えるようになったの? 呪われてない?」

「大丈夫ですよ。今もこの森を不気味に感じますか?」

「ええと、今はそんなんでも」

「ですよね。先ほどまでの森を不気味に感じていたのが、人除けの呪いです。そして、小屋が突然現れたのが、隠匿の呪いです。私たちは今、呪いから解き放たれたせいで小屋が見えているんです」


 簡単に説明したが、概ねその通りだ。推測に過ぎないということ以外に問題点はない。

「そうなの。それは良かったような。でもどうやって呪いが解けたの? 急に解けるような中途半端な呪いだってこと?」

 質問が多いな。でも答えないといつまでも聞いてきそうだ。この疑問点、説明できるか? 難しいがやってみるしかない。

「魔力波論っていうか考え方があって、魔術を使える人は、魔力を持っているけど、その魔力って一人一人、微妙に異なっているんです。魔力波ごとに区別できるんですよね。一番大雑把にだと、3系統。精密に検査すれば魔力から個人を特定できるくらい違うみたいです」

「そうなの? 私、教わってないわよ」

「それはまあ、この学校だと4年生くらいになると教わることになるんじゃないですかね」

「どうして、そんな理論知ってるの?」

「英才教育かな。それは置いといて、さっき手を繋いだじゃないですか。多分そのときに、私と君の魔力が混ざり合って、この呪いを施した人物の魔力波にチューニングされたんですよ。それで、呪いがかけられていないのと同じような状態になったんです」


「ふーん。偶然っていうこと?」

「偶然ですよ」

 そんな偶然、満に一つくらいの確立だろうが、起きないことはない。事実、相手の魔力波をマネすることで魔術の行使を邪魔しているところを直接見たことがあるし、理論的な破綻はない。

 もし、そうでなければ本当のホラーである。

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