必ずしも努力が報わるわけではない
授業は前半と後半とに分かれ、俺は前半の方に参加する。
一通りの説明を聞いた学生たちはゲート裏に馬を整列し、自分たちの番を静かに待つ。今や俺もその一人だ。話せるような雰囲気ではない。あくまでも先週と同じことを繰り返しているに過ぎないが、その意味合いは重さが違う。
ゲート内に馬が納められれば、素早く扉が開かれる。息が合わなければ、スタートで出遅れる。馬にはそれぞれ得意なポジションがあり、出遅れてしまえばレース内でのポジション争いが大変だ。
順に走らせていくのだが、スタート練習なのに発進後いつまでも馬を追うのをやめない者もいる。他の馬が前にいる段階で馬の脚を止めるのが嫌なのだろう。
考え方次第であるが、俺は効果が期待できないと思う。それでも、自分の番になれば同じことをしているかもしれない。人間、縋れるなら藁にでも縋るものである。
「次、準備しろ」
自分の番を迎え、ゲート前にミリーを誘導する。ミリーはまたかという様子で移動し、ゲート内に収まる。
「よし、完璧だ」
ミリーは狭いゲート内でも平然とケロッとしている。1週間の練習の成果が出ている。
続いて両脇の馬がゲートの方に近づいてくる。左の馬はすんなりとゲートインしたが、右の馬は気性が悪いのか苦労しているようだ。それでも、なんとかお尻を押してゲート内に押し込められる。
準備完了…………と、思ったのも束の間、右にいた馬が前扉蹴り始めた。イライラが溜まっている。わずかに、ミリーの重心が左に傾く。立て直そうとして鐙を踏み直した瞬間、扉が開かれた。
「ああ、もう!」
半馬身ほど遅れてゲートから飛び出す。しかも、左にヨレていく。鞭を左に入れて進路を立て直すも、先行した馬とは距離がぐんぐん離れていく。追いつくため手が動きそうになるが、手を緩めた。
こんなことをしても仕方がない。他の馬が走った距離の半分ほどで引き上げる。不利さえ受けなければ、ミリーが負けるはずないのだ。
ダメだ。何回やっても上手くいかない。ミリーが左右の馬を気にしてスタートに集中できていない。ユリアがいれば、良いアドバイスをくれるかもしれないのに……いや、それではいけない。
ユリアは教員という立場である。俺ばかりに肩入れするのは良くない。自分の力でなんとかしなければいけない。
「少し休もうか」
前半と後半の交代前に早めに切り上げる。今のまま続けていても仕方がない。ミリーを馬場の外に誘導し背中から降りる。
「お疲れさま、すごいね見ない間にスタートできるようになってる」
アビゲイルが近付きさまに声をかけてくる。人の目があるところでは極力一対一にならないようにしていたのだが、アビーは気がついていないのだろう。ここでは無碍に扱う方が不自然だ。
「まだまだミリーならもっとよくなるはず」
できているかは分からないが、先週より上達したことは間違いない。でも、及第点には届いていない。ミリーの能力を考えれば、スタートで不利を受ければ致命傷になる。
アビゲイルはミリーの斜め前に立ち、たてがみを撫でている。初対面なのに嫌がらないのは俺と同じ匂いだからであろう。しばらく撫で続けたアビーは満足そうに二回うなずく。
「難しいよ。本番次第でもあるけど、この感じではミリーは力を出せないかも」
「ミリーは体が小さいから、その分ストレスはかかりにくいから有利なんじゃないの?」
「それはあるけど、それ以上に馬酔いがあるかも」
馬酔いとは、初対面の馬が初めて合った馬に気を使って疲れてしまうことである。真面目な性格の馬だとその特徴が強く出てしまう。ミリーは集団で生活しているから大丈夫だと思っていたけど、気性の荒い馬はダメなのかもしれない。
手綱を握る手に力が入る。力が伝わってしまったらしく、アビゲイルの方を向いていたミリーがこちらを振り向く。
「ごめん、悪いのは俺なんだ」
試験直前、新たな課題に出くわした。
「アビー、代わって」と練習を終えたミラが戻ってくる。満足そうな感じである。ドリームの調子が良いのだろう。ミラに対して「ありがとう。軽めに抑えてくるね」とアビゲイルがさらっと答える。
アビゲイルとミラが入れ替わった。
授業前とは打って変わって調子のよさそうなミラが上機嫌に話しかける。
「どうだった? いい具合だったよね」
「うん。仕上がってた。この調子なら土曜日流したままでも5着内に入選できるんじゃない」
今週末に行われる3つのレース、それぞれで5着以内に入った馬が、来週の決勝に勝ち上がることができる。入部試験に合格するためにはこの決勝で3着以内に入らなければならない。本当に実力のある馬と乗り役のペアか、2週続けて奇跡を起こすような強者しか合格できないのだ。
「やっぱり2週続けての連闘だから、1戦目で力を使い果たすような乗り方はできないわ。その点、能力の劣る馬に足元を掬われないようにはすべきだけど、ドリームの状態次第では1戦目から勝ち負けのあるレースをしてもいいかもと考えているわ」
うらやましい。最初から勝ち負けを捨て5着入選を目指している俺たちとは雲泥の差だ。せめて練習してきたスタートを成功させ、いいところを作りたい。
思考が固まらない。このままではどうしようもない。ミリーを馬に慣れさせるためもう一度、練習に参加して挑戦するか? いや時間がない。それ以上に俺の技術だ。俺がゲートの中でミリーを落ち着かせて良いスタートを切らせる技術を身に着ければ…………
「ねえ、あれ知ってる?」




