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勝負に挑むためには、準備が必要である

 研究棟の3階にヴォイテクの研究室がある。先生の部屋は簡素である。備え付けの机と椅子に本棚だけ。しかも本棚は半分も埋まっていない。全体的に色味に欠ける。モノクロな部屋である。断捨離後でもまだ荷物がありそうだ。

「どうしたんだ? おかしなところでもあったか?」

「いえ、魔術教員の割に本が少ないなと、魔術書って何冊ぐらいあるんですか?」

「どうだかな。読まないから気にしたことない」


 この男マジか。魔術教員なのに魔術書を読まないだと。確かに実務家の魔術師ならありえるのか。それにしても少ない。ダメでしょ。

「芸術性の低い悪文を読むとな、知能指数が下がる気がするんだ。だから、魔術書は読まないんだ」

「悪文を読んで、頭が悪くなるのは、文筆家だけですよ」

 まさか、この世界でそんなことを言う人間に会うことになるとは思わなんだ。確かに大抵の魔術書は、抽象的な表現は用いられない。恐らく朱入れの段階で具体的な表現に直されているのであろう。


「面倒くさいな。そんな細かいことを気にしてるから授業で1人余るんだぞ」

 痛いところをついてくる。問題なのは、25という数字は、2人でも3人でも4人でも6人でも。1余るということなのだ。5人で分けない限り、俺は余り続けるだろうな。まあ、5人組を作れと言われて俺と一緒になる人たちのことを思うと涙を禁じ得ないのだが。


「4人グループで授業を行う限り、1人は余る運命です。誰か一人が授業をサボって24人クラスにならない限り、普通に余りますよ、僕は」

「そうか。それは大変だなお前も」

 ヴォイテクは同情するような言葉を発しながら、豪快に笑い声をあげる。そこは本来、フォローを入れるところだ。笑い飛ばすところではない。話を聞いていたのか? このおじいさんは。


「俺と組めば練習量2倍だろ。いいじゃないか」

「いつまでも先生の相手をするのは嫌ですよ。疲れました」

「ホントだよな。ワシも疲れるんじゃよ」

 ダメだこれ。俺の言葉が届いていない。俺は見本の相手役も行ってるんだからね。そのあとの時間も、先生とマンツーマン。俺の体力が切れるまでとことん教え込み、限界が来てやっと解放されるのだ。

 勘弁して欲しい。交代交代で取り組んでいる学生たちを見習ってほしいよ。


「それにしてもお前は上達早いよな。入学前は、誰に叛魔術を教わっていたんだ?」

「エレノア、エレノア・フォックスです。ご存じですか?」

「エレノアか、エレノアね…………知らない」

 意外だ。エレノア先生を知らないのか。オクタヴィア先生は知っていたようだけど。この3人、年齢は近そうだから知り合いかと思っていたんだけど。ヴォイテクの見た目は60近いおじいさんで、エレノアとオクタヴィアは30くらい。

 ただし、後者の女性たちは魔術の恩恵で若く見えているのだろう。先生たちから醸し出される雰囲気は老成している。年齢も近そうだし、直感的に知り合いだと判断したのだが。まあ、ヴォイテクが100歳近いということもあり得なくもないからそのパターンかな。


「エレノアは良い先生みたいだな。叛魔術なんて実用性の乏しい魔術を教えているのだから」

 確かにエレノアは最高の先生だ。俺とアビゲイルの兄であるアンソニー、アーロンや姉のクララは魔術の成績が学年トップだった。俺だって授業で習っている魔術は、すでに履修していることばかりである。教師としての腕前は間違いない。


 それに加え、実務魔術師としてもかなりの腕前である。この学校の魔術実務の教員とも張り合えるだろう。田舎街で家庭教師をしているのが可笑しいのだ。

 本当に謎である。可能性としてマシューかレイチェルの実家がお金持ちで、大金を積んでいたとかくらいだろう。詳しくは、教えられないと言われているため知らないでいる。ストックウェル姓の人間には気をつけろと言われたぐらいだ。


「優秀ですよ。叛魔術以外にも6属性すべての魔術属性の適性を持っているみたいだし」

「そうでないと困るよ」

 ヴォイテクはそう言い捨てると、そっぽを向いた。おっと、もうこんな時間か。そろそろ行かないとフィリアに怒られる。昨日もおやつを忘れて大変だったんだから。


「失礼しますね」

「そうだ。お前、馬乗りやっているんだろう」

「していますよ。それがどうかしましたか?」

「ここだけの話だが、馬乗りはベルナールに聞いてみるといいぞ」

 そうなのか? ベルナールとはこの学園の馬を管理するトレーナー人だ。俺が乗っているフィリアを担当している人でもある。ただし当の本人が乗馬をしている素振りは一切ない。できるのだろうか。今はそんなことを考えている場合じゃないな。

「分かりました。今度聞いてみますね」

 そう言えば、ヴォイテクも先生たちの中では少し浮いている気がする。そんな男から名前が出るのだから、ベルナール先生とは知り合いと言うことなのだろうか?


 ユリアはゲートの前でポニーに跨っている。待たせてしまったようだ。

「すみません。遅れました」

「待っていませんよ。今来たところですから」

 ポニーから飛び降りて、俺に跨るように催促する。彼女が乗っていたポニーの正体はミリーだ。今日の昼間、俺が放馬させた馬である。


「ミリーが僕の相棒ですか?」

「暫定的には、この仔ですね。私たちが用意できる一番若くて元気のある馬です」

 ミリーが走っている姿を見たわけではないが、乗り心地がしっかりとしており、躍動感がありそうである。ユリアの言葉に偽りはなさそうだ。しかし、いきなり実践なのか。


「理論的な話はない感じですか?」

「してもいいですよ。ただ、そんなことをしていれば2週間じゃ効かないでしょうね」

 2週間。厳密にはそんなに期間はない。来週末の土曜日に俺が所属を目指している馬術部の入部試験が行われるため、厳密には9日。土曜日に行われる一次試験の競馬で5着以内に入れたものが本番の二次試験に進めるのである。

 この馬は、能力が他馬より劣っている。ゲートでのスタートダッシュは、何よりも成功させたい。

「ゲートで躓いているようじゃ、優勝なんて夢のまた夢ですよね」

「そうですね。でも、スタートが上手くいけば、面白くなると思いますね。ミリーは賢い馬です。1週間でモノにできます。あとは君の技術が伴えば、勝ち負けになると思いますよ」

「そうだと信じたいです」

 競走馬たちは、ゲートが開かれた瞬間、全力で走るように教え込まれる。対してミリーのように競走馬ではない馬にはその常識がない。いきなりやらせても、意味が分からないのだ。今からその常識を教え込む。

 練習場では整備係の人たちが待っている。他の人との差を埋めるために少しでも俺の腕を上げなければならない。

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