ゲート練習、上から見るか? 左から見るか?
「来ましたね。先生たちに話は通してありますよ」
いつも通り笑顔のユリアが出迎える。今日の馬術の授業では、ゲート練習が行われる。俺が所属するCグループを除いて。Cグループは馬に乗ったことがないような初心者の集団だ。まずは馬に慣れなる必要がある。
そんな中、馬に乗り慣れている俺は特例で、上のクラスの授業に参加させてもらえることになったのである。ユリアには感謝しなければならない。
徒歩で歩くユリアの後をロバのフィリアで追いかける。この局面、ユリアに譲ってあげたほうがいいのかな?
「ゲートは体験したことがないんですよね?」
「ないです。見たことだけはあります」
「心配いらないですよ。ゲートが開くまでの間、フィリアの気を逸らして上げればいいんですから」
AグループとBグループの学生が、一緒になって先生の話を聞いている。馬の数は30頭弱。授業に参加する学生は50人。学生たちは二人一組になり、前半と後半、交代で授業に参加するようである。俺の普段の相方は、Cグループで馬乗りの練習をしている。
さて、今日の俺には相方がいるのだろうか…………
「ねえ、ロバで授業に参加するの?」
周囲をキョロキョロしていると馬に跨る一人の女の子と目が合った。違うクラスの子だろう。見たこともない子だ。気軽に話しかけてきたことから考えるに、俺に対してそこまでネガティブな印象を持っていないのだろうか。分からないが、こちらから関係性を冷やす必要はない。
「そうするつもり。そこまで早くないけど、性格も少しわがままなところが可愛いよ」
「そうなんだ。いい仔そうだね。名前は――――」
「何話してるの? 並ぶわよ」
「おっと」
俺と話していた女の子は、突如現れた子に連れられて行ってしまった。周囲から、俺に向けて視線が集まっているのを感じる。しかし、話しかけるような素振りはない。まあ、こちら普通の反応か。
友達付き合いをするには、俺は面倒くさすぎるのだろう。
アビゲイルの友達であるミラがゲートに入っていく。乗っているのは、もちろんアスペンドリームだ。ゲートをくぐる前、一瞬止まったがそこまで嫌がるそぶりは見せていない。スタートもきれいに決まっている。気性が荒いと思っていただけに、この結果は驚きだ。
「いつまで見ているんですか? そろそろ一周しちゃいますよ」
授業の様子を見守っていたユリアが俺の傍にやってくる。これだけの近くからゲートを見るのは初めてだ。まだしばらくは様子見をしたい。
「少し、フィリアにゲートを慣れさせようかなと」
この授業におけるユリアは、俺の保護者のようなものだ。ここで俺が問題行動を起こせば、その責任はユリアにも向くことになる。慎重を期さなければならない。
「それは大切ですね。すみません。大外枠ください」
「えっ?」
ユリアの声に反応して、ゲート係の若いお兄さんがやってくる。
「行けるかい? お兄ちゃん」
「ま、まあ何とか?」
「よっしゃ! 行こか」
おかしいな。でも、これは行かなければならない。フィリアを促し、大外枠である14番ゲートの前に移動させる。ゲートは一つ飛ばしで使っているため、使われてのは偶数番号の枠のみである。同時に走る7頭の内、一番端っこのゲートにフィリアを入れなければならない。
「いざとなったら、私がゲートの中に入りますから、取りあえずやってみてください」
一声かけてユリアは離れる。まずは、俺一人の力でフィリアをゲート内に入れる。
「フィリア、ゴー、ゲートはすぐそこだよ」
足を使ってフィリアに合図を送る、が一向に反応がない。
「鞭を使って下さい」
ユリアの指示に従い、まずは鞭を見せる。そして、首筋をトントンとする。しかし、ビクともしない。頑なにゲートインを拒否する。
「みんな待ってるんだから、早く入ろうよ」
しかし、そんなことは関係ないという様子で、ゲート前から動かない。馬と異なり、ロバは図太い生き物だ。狭いゲートを怖がるような生き物ではない。どころか、このゲートはフィリアにとっては狭くはない。どうして、他の馬にはできて、ロバのフィリアにはできないのだ。
「最初はそんなものだ。ほれ、尻尾持っててくれ」
お兄さんからフィリアの尻尾を渡され、それを握って前に引く。係員がフィリアの後ろに立ち、お尻を押してゲート内に押し込む。フィリアは、最初抵抗して見せたものの、力の差から諦めたかのようにゲートの中に納まった。準備完了だ。肩の荷が下りる。
ラスト一頭の掛け声が上がる。すべての馬? がゲートに入った。掛け声が上がり、ゲートが開く。
ガッシャン!
音を立ててゲートが開かれる。各馬、自分のペースで真っすぐ走り出す。各馬は…………
そして一頭、未だにゲート内に取り残されてるロバがいた。
「走ってよ、フィリア」
フィリアは何かに抗議するように全く動かない。これは新手のデモ活動だ。どうしようとか慌てていると、ユリアが声を出しながらこちらに走ってきた。
「鞭を使ってください」
声に反応し、フィリアに鞭を入れる。
すると、フィリアは嘶きながらゲートから飛び出した。しかし、まっすぐ走らない。外に向け刺さっていく。
外ラチが近づいてきた。このままでは落とされる。手綱を引いてフィリアを急停止させる。
「よし、いい子だ」
全然いい子じゃない。フィリアは達成感を感じているようだが、逆に俺は怖くなった。
フィリアの気持ちが分からない。何を考えているのだろうか。ゲートに入ることを嫌がる割に、ゲートから出ないなんて。
首筋や鞭を入れたところを撫でて、フィリアの気持ちを考える。まだ少し、震えている。違う、震えているのは俺の足だ。俺の指示があいまいでフィリアが何をしたらいいのか分からなかったのだ。多分。だよね、フィリアは大丈夫だよね。
「ごめん、戻ろう」
切り替えが大切だ。もう1回挑戦しよう。
再度、フィリアをゲートの後ろに並ばせる。仕組みは教えられたはず。あとはスタートさえできればいいのだ。ユリアが手を挙げながら近づいてくる。
「すみません。スタートもできなかったですし、真っすぐも走らせられませんでした」
「最初はこんなものです。悪くないですよ」
それ以上、何も言わずにユリアも列に並ぶ。
「どうしたんですか?」
「言ったじゃないですか。ゲートの中まで面倒見ますよ」
順番が回ってくる。アスペンドリームは、俺たちとは対照的に好スタート。いよいよフィリアの番だ。
「最初に入れるからな」
先ほど大きく出遅れたフィリアが最初に入る。鞭を使うが、今回もやはり動かない。というわけで、尻尾を受け取り、フィリアを無理やりゲート内に入れる。ロバは頑固な生き物だ。こんなことされたら、発走を拒否することもあるだろう。でも入らないんじゃ勝負どころではない。
フィリアの様子を確認し、ほかの馬たちも順にゲートインしていく。
「駐立はできてますからね。枠入りだけなんだけどな」
15番枠の中にある柱の上にいるユリアが声をかけてくる。ユリアはしきりにフィリアの体を撫で続けている。俺も真似して右側で同じことをしてみる。
「どうして出れないんですかね?」
「不思議だよね。別にゲートにビビっているわけでもないし、開いた時の音にもそこまで驚いた様子がなかったから。これは難しいよ。メンコつければどうこうなるわけでもないし。どちらかというと、普段はじっとしできないくらいなんだけど……」
確かに音にビックリしている感じではない。おそらく気持ち問題だ。俺が気合を入れなければいけない。コツとかないのだろうか。あるなら聞いてみたい。
「スタートのコツってありませんか?」
「コツですか……私もいくつかは聞いたことありますけど、そういった話はクレマン……まずは普通にスタートできるようにしましょう」
ユリアが不自然に話を切り上げる。まだ俺はその次元にないということか。ゲートインは最後に1頭。ユリアが首を強めに叩く。
「ぼさっとしていちゃダメですよ」
その言葉は俺に向けてかけられているようであった。




