紳士&淑女の不健全な競争
出入口の方は特に人が多い。ここからの脱出は困難を極める。どうしよう…………
「安心していつも通りだから」
右方から女性の声がする。俺に向けられたものだ。
「こうなると長いんだよね」
「本当ですか」
シャーロット先輩と一緒にいたギャルっぽい女の子が話しかけてくる。制服を着崩しているおかげで下着が見える。どうせ見せることを前提としたものなのだろうから、遠慮なくガン見する。
あれ? 胸元についているアクセサリーに目が留まる。先輩の胸元にはブローチが付けられている。恐ろしくファッションに似合わない。この感じ素材は金か?
「どうしたの? 刺激が強かった?」
「何でもないですよ。大した話じゃありません」
失礼だからブローチから視線を外す。はっきりとは分からないがブローチはかなりの値打ち物だ。この子の実家も貴族が名家だろう。リアクションのストックがないからもう驚かないけど。
ブローチをつけた女の子は何かに満足したかのように頷く。笑顔を崩さずに口を開いた。
「私はこの問題の簡単な解決策は分かってるんだけどね。どう、聞きたい?」
「聞きたくない 」
反射的に返事が出る。この局面を無事に治める方法なんて分かり切っている。俺が一言、アルノート先輩ないし、シャーロット先輩が好きと公言すればいいのだ。
したらば、選ばれなかった先輩の方を遠ざけることができる。一方、好きと言った先輩は俺にグイグイとすり寄ってくるに違いない。どっちの先輩も好ましくない。3日間食事抜きと、3日間睡眠禁止どちらか好きな方を選べと言っているのと同じだ。
社会的な影響力で考えれば、この例えでは甘すぎる。一生食事抜きレベルだ。
「知ってた? オト君は私が所属する馬術部志望なんです。私にも良く相談してくれてるんだよ」
「へえ、そっか。そうしたら何かと物入りのはずだ。そうだ、オト君週末買い物に行かない? 行きつけの店を紹介しますよ。既製品で良ければすぐに手に入るよ。入学祝として代金は僕が持つから」
「ちょっと待って。実は殆ど同じ約束をしてあるのよ。もちろん有望な後輩のために私がお金を払うわけだけど。ね? 約束したよね」
突然、話がこちらに降りかかる。この二人、賄賂で抱き込もうとしているのか。
そっと肩の上に手が置かれる。
「追い詰められているね。分かっているならよろしく。君だけが頼りだYo」
何が”頼りだYo”だ。平気な顔して貧乏くじ引かせようとしてくる。
思い通りになるわけではない。俺は俺のために行動するに過ぎない。今目指すのは一つ、目立たずに帰ることだ。
「すみません。一緒に昼食をとる約束をしている人がいるので今日は失礼します。また今度」
教科書類をまとめ、人の層の薄い出口とは反対方向に走る。
「ちょっと何してるの?」
背後からかかる声を無視して開け放たれた窓から教室の外に飛び出す。
俺は戦場から逃げ出すことを選択した。どうやら俺のことを追い駆ける様子はない。これで追い駆けて来たら変態だと思うが。一応、嘘は良くないからブレアでも誘って日向ぼっこでもしよう。
頭のてっぺんから、惨めな俺を嘲笑うかのように太陽が照り付ける。さて、来週から地獄だぞ。
「ふ~ん。アルノート先輩とお話しできたんだ」
アビゲイルはベッドの上で寝返りを打ちつつ微妙な反応をする。これはどっちだ? 好意的なのか、聞きたくもないのか。少なくとも情報交換をしておけば不利を被ることはない。
「特にプライベートなことは聞かれなかったよ。というより逃げてきたから」
「そうなんだ。でもオトはシャーロット先輩とも仲がいいから心配だよ」
「崩れ――気が滅入りそうだよ。あそこにいると」
アビーはさらに寝返りを打ってうつ伏せになる。“胸がつぶれるよ”と、声をかけそうになるが言葉を引っ込める。考えてみるとアビゲイルには形が崩れるほどの立派なバストはない。結構気にしているのだから危ないところだった。
それにしてもシャーロット先輩の友達の女の子は凄かったな。何食べたらあそこまで成長するんだろう。アビゲイルとか胸の大きさを気にしている子の前で、あの先輩のブラジャー落とせばテロになるだろう。
でも、アビゲイルのお母さんもお姉ちゃんも大きかったし、大丈夫かもしれない。うむ、トイレ行こっかな。
「ねえ、オト何考えてるの?」
冷ややかな声が聞こえる。アビゲイルがじ~っとこちら見つめている。いけない顔に出てかも。口に出したら危ないことしか考えていなかった。
「何も考えてないよ。ただ明日がどんな日になるかなって」
トイレに行くのは止めだ。不要不急である。
「明日といえば、私たちは馬術の授業でゲート練習をやるって言ってたよ」
「ゲート練習? またこんなタイミングでどうして?」
「再来週の土日だよ。馬術部の入部試験」
??? それとゲートが何の関係があるのだろう。そもそもゲート式発馬機の発明は第二次世界大戦の前ぐらいの話だ。騎士だの貴族制が幅を利かせている中世にあってはいけないものだ。あるんだけどさ。
「もしかして馬術部の入部試験要綱読んでないの?」
「読んでない。距離が1900メートル左周りので芝コースってのは聞いたよ。不思議な距離だから話題になっていたじゃん」
アビゲイルが驚いた様子で口を開けている。そもそも俺は入部試験どころの話じゃない。なんせ馬がいないのだ。このままではロバで出走することになる。俺にしてみればまずは、左周りが得意な中距離を走れる気性の良い馬を見つける方が重要な問題だ。
「ゲート練習って、馬術部に入部したい人が多いから安全のために授業に取り入れられているんだよ」
「確かに、でも俺はCグループのみんなと馬のお世話の仕方を覚えないといけないし。あとから単位あげませんってなったらきついし」
「オトがそれでいいならいいけど、練習無しでは難しいと思うよ」
そうだよな。ユリアとか先生に相談してみるか。
「とにかくAとBグループは明日ゲート練習するから、本気で入部したいなら来た方がいいと思うよ。正直、オトの実力はBグループの中でも上の方だと思うよ。Cにいても仕方ないんじゃない?」
「分かった。アビゲイルがそこまで言うなら俺も明日は上のクラスに参加できるよう交渉してみる」
「そうしよう。私も手伝うよ。でもシャーロット先輩の力は借りないでね」




