大貴族の跡取りたち
伸ばされた貴族先輩の手は俺の体の前で止まる。そして満面の笑みで「僕はアルノート・ストックウェル。よろしく」とよく通る声で名乗った。
思考が停止する。腰に回された手は反射的に引っ込められ、差し出されたに繋がれた。分からない。今の俺はどのような表情をしているのだろう。確かなのは要注意人物であるストックウェルと名乗る人物と握手しているということだ。
先輩は裏があるか疑うのがバカに思えるほどの屈託のない笑顔だ。アルノート・ストックウェルはうちの学年にもファンがいるほどの有名人だが、それも頷ける。直感的にわかる。このような振る舞いは魅力的に見えるだろう。最も黙っていても人気が出そうだが。
「遅れた~、あれ何してるの?」
研究室に物を取りに帰ったという先生が教室の前の扉から入室してきた。
「それじゃ、また後で話そう。席は僕の前の列に空きがあるよ」
「ええとー」
困った。できれば近くにいたくない。探られると痛い良くできた腹はないが、近くにいるのは好ましくない。視線を泳がせて他の席を探す。
「初対面なんだからそれくらいにしてあげなよ、アル。困っているじゃない」
一瞬、両者は厳しい雰囲気になった。ただし勘違いかと思うほどの一瞬。今は仲の良い友達同士の雰囲気に変わっている。この二人って……
「確かにオト君を困らせているかもね。でもロッテが口を挟むような話題でもないんじゃないかな」
「それがとても嬉しいことにオト君と私たちは友達だから。初対面の貴方とは少々格が違うのよね」
おん? 友達? 謎の発言を自信満々に言い放つシャーロット先輩。いつから友達になったけ? アルノート先輩がこちらを見ている。
「本当かい?」
「まあ、間違ってはいないと思います(正しくもないけど)」
「ほらね、私の左隣がちょうど空いているから、ここ座って」
ちょっと、と言いたいがそれは言葉にならず、シャーロット先輩に言われるままに指定席に吸い込まれる。先輩のグループは女子5人組だ。ギャルっぽいのから清掃系を絵にかいたような女の子まで揃っている。個性豊かで関係性のわからないメンバー。
「それでは授業を始めます。まずは先週の復習からですね」
「久しぶりだね。よろしく、オト君」
見覚えのある顔がある。確かエニッドとかいう子だ。文芸部に入部するよう勧誘してきたことがあった。他の3人は分からない。でもシャーロット先輩と一緒にいるということは」有名人なのかもしれない。
「よろしくお願いします。エニッド先輩」
まったく。昼前から重たいんだよ。俺のハッピースクールライフの最後の1ピースが砕けた気がする。もっとも最初の1ピース目から行方不明なのだが。
「オト君はお昼どうするの?」
でたよ。定番の質問。お昼どうする? だ。 ここでまだ決めていませんと答えれば先輩たちと一緒に食事をとるルートに進むことになる。正解はこれ。対して不正解は、俺が今から披露しよう。
さて俺が一緒に昼飯を食べるようとする人がいるはずがない。というか、昼飯を食べるだけのお金を持ってきていないし、弁当もない。貧乏学生だから仕方がない。しかし持つ者はその配慮がないのだ。かと言ってこの話を正直にしても「ランチ奢るよ」となるだろう。
外れの選択肢が多い。これだから4時間目の授業は嫌なのだ。いつものように適当に受け流してしれっと帰ろう。
「教室で食べようかなと思っていました。お弁当があるので」
「そうだよね。そっか、食堂使わないんだね」
「食堂で弁当食べている男子たちもいるよ」
「あとはカップルとか?」
「不思議だよね。二人で弁当食べるならカフェの方に行けばいいのに」
よし、話題がそれた。先輩には強力な仲間がいる。このままではその仲間の中に俺という異質物が入ることになるのだ。俺はなすすべなく解放されるであろう。さっさと帰ってお昼寝しよう。
先輩たちの意識から抜けたところでこっそり席から立ち上がる。通路まで飛び出せば既成事実だ。やったもん勝ち。
音と気配、すべてを消してそっと動く。イメージするのは背景。背景と一緒になるのだ。きゃぴきゃぴした若い女性陣を背に机と椅子の間すり抜けていく。あと一歩。あと一歩で俺は自由になる。
「おや、オト君は戻っちゃうの?」
背後から声をかけられる。ただし声の主は女性陣ではない。その声の主は……
「アルノート先輩」
「覚えてくれた? そうそう。アルノート・ストックウェルです。アルノートじゃ長いから、ノートって呼んで」
うわぁ。忘れてた。伏兵がいたんだ。目の前の敵から逃げることに集中しすぎてより厄介な敵の目の前に飛び出てしまった。ひとまずハンズアップしておこう。ついでに敵の敵は味方理論でシャーロット先輩を焚き付けて混戦にしよう。声を張り上げて会話する。
「特別にアルでもいいよ」
「いえ、先輩ですから愛称で呼ぶのは遠慮しておきます」
「いいんだよ、好きに呼んで」
「そしたらアルノート先輩と呼びますね」
食いつけ、シャーロット先輩。
「それじゃ堅くない? 友達になるんだから」
「アル、困っているじゃない。これだから貴方は周りの人と対等に話せないのよ。ね、オト君」
来たー! 押し付けよう。
「おっと。それは聞き捨てならない。まさか後輩から避けられているロッテにそんなことを言われるとは思わなかった」
「面白いことを言うのね。それなら今はっきりさせる?」
「良い提案だね。どうやって勝負しようか?」
「貴方が決めて。どんなルールでも負けないわ」
あれ? おかしいな。面倒なことになりそう。薬が効き過ぎである。この二人ってこんな間柄だったの? 想定外。というよりこの2人の場合、周囲から敬遠されるのは実家とか外見とかが原因であって内面(精神)的な問題ではないと思う。
二人の周囲に人だかりができる。この勝負は見世物のなのか。そうであるならばどうぞご自由にと言いたいのだが、よりによって今の俺は2人のちょうど真ん中に立っている。ここから逃げるためには何重にもなった先輩たち層を抜けなけねばならない。




