人生いろいろ、出会い方にもいろいろある
「でも……どうして」
「 夢を追い駆ける人を応援するのに理由はいらないですよ。でも強いて言うならば、好きだからですかね」
シャーロット先輩は困惑した表情をする。ズルいな。小首を傾げるその仕草を見て突き放せる男はいまい。いたとすれば性格の悪い女子か、男であれば不能だ。ネレイーリアが心配そうに顔を寄せる。その顔を「大丈夫だよ」と優しくなで返す。
「任せてくださいよ。たとえ先輩がその夢を忘れても僕が思い出させます」
「そこまでするの?」
「もろちんですよ」
「なにそれえ」
しっとりしていたシャーロットが乾いた笑い声をあげる。心地よい穏やかな風が頬撫でる。いい風が吹いた。その風が先輩の夢を覆っていた霧を少しだけ吹き飛ばしたのである。
「おまかせください。世界を敵に回してでも叶えさせてあげますから」
「そっか、そうだよね。君だから……」
それ以上何も言わず、空を見上げた。
空では星が輝き始めていた。
帰ろうか。その前にしれっとネレイーリアの首を叩きに行く。傍に寄ったとき、先輩が思い出したかのようにこちらを振り向いた。
「風のうわさで聞いたんですけど、明日から3年生の授業に参加するんですよね」
「ええと、はい。基幹魔術Ⅲの授業です。とはいってもⅠもⅡもまだ履修していないんですよ」
「大丈夫ですよ。必修の基幹科目ですから寝ていてでも単位が取れます。それより」
「それより?」
「前にも話した通り、うちの学年には君と同じストックウェルという姓を持った生徒がいるんですよ」
その話か。参ったな。あんまり先輩とはしたくない類の話だ。できる限り避けて通りたい。
「有名人みたいですね。その人については以前も聞きましたけど、何かありました?」
「何かあったではないですが、彼、あなたに会えるのを楽しみにしているみたいだったので、女子たちから嫉妬されないように気をつけてくださいね。それではまた明日お会いしましょう」
先輩は機嫌よく厩舎に向けて帰っていく。その姿が見えなくなったところで地面に顔緒をうずめる。
「ウソダソンナコトー!」
本当にピンチだと思っている気持ち4割、やってみたかった気持ち5割、なんか叫んじゃった1割。案外楽しんでいるのかもしれない。むくっと立ち上がる。寮に向かって最短ルートを計算。
よし、こっちだ。悔やんでいても仕方がない。明日に向かって青春ドラマのエンディングのように大きく一歩を踏み出す。
刹那、地面につけた左足が柔らかいものを踏みつけた。おそるおそる感触のあった足の裏を確認する。
待って、普通に泣ける。
「ギャー、ナンカウンチフンジャッタァーー!!」
健康的な馬糞でした。
指示された通り3回生が授業を受ける校舎の前に立って待っている。もうすぐ来るはずだ。俺が3年生と一緒に魔術の授業を受けることの原因となった教員が。
「ごめん待った?」
「全然。少し前に来たところです」
「オッケー。それで悪いんだけどさ、忘れ物しちゃって。多分遅れるから教室にいて。1階の一番奥ね」
「あのオクタヴィア先生」
残念なことに俺の言葉に耳を傾けることなく、先生は研究室に向かって走っていく。まったくもう。自力で行くしかないようだ。
お目当ての部屋に着く。大きそうな教室だ。150人くらい収容できるだろう。大教室の一番後ろの入り口からこっそり教室内に侵入する。教室内では3年生たちがワイワイお喋りしている。意外といけるかも。
窓際の列をしれっと歩いていく。前過ぎず後ろ過ぎず、できれば真ん中あたりに座りたい。物音を立てないように静かに歩く。ただし姿を隠しているわけではないため、窓際の人たちからガン見される。見覚えのない子どもがいるのだ。当然の反応であろう。
教室の中腹にまで来たあたりで、一人の男子学生が声を上げた。
「あっ! オト・ナナミヤだぞ、囲め!」
その男子学生は俺の姿を認めたらしく、何を考えてかこちらを指さして教室中にどうでも良い話題を提供した。教室が騒然とする。ただし誰も囲みに来ない。
「おい、どうしてこんなところにいるんだ? 授業はもう始まるぞ」
男子学生は正義感からなのか、ただの興味本位なのか、確かなことは不明だが積極的にこちらに話しかけてくる。なんと説明すればいいんだろう。厄介だ。適当にごまかすかしかあるまい。
「人生いろいろ」
教室中が黙り返る。もしかして俺の返答がおかしかった? というよりみんな知らなかったの? わけ分かんない。今のままだと俺のせいで静まり返ったみたいで嫌だ。話題、話題。これだ!
「授業もいろいろ」
決まらない。余計に鳩が豆鉄砲喰らった状態みたいになった。
「えっ、何言ってんの?」
なんだその表情。男子学生は本当に困ったという顔をしている。そんな君にいいことを教えよう。俺は君の10倍困惑してる。
あばばばば。誰か……
「落ち着き…」
「やあ! 初めましてだね、オト君」
ほぼ同時に二手から声が上がる。一人はシャーロット先輩。しかし先輩の声はもう片方の声にかき消された。そしてもう一人が、先ほどとは別の男子学生だ。
ヤバい。変な時にだけよく当たることで定評のある。俺のターニングポイントセンサーがウィンゥインと、警報を告げている。この先輩は只者じゃない。
声の主は意気揚々と席から立ち上がり、こちらに歩みを進める。所作が洗礼されている。貴族か名家の出だ。話の便宜上、貴族先輩と呼ぼう。近づいて来る貴族先輩を前に伸びていた背を軽く曲げ、臨戦態勢の準備に入る。
対して何を考えているのか分からない貴族先輩はそっと右手を差し出す。その手にナイフは握られていない。俺の右手は腰に回る。そこには兄から貰った短剣が刺さっている。緊張の瞬間が続く。目を話した途端に食われそうだ。




