異世界転生者にとっての再現不可能性
シャーロットの腕の動きが止まる。笑顔から真面目な表情に変わる。先輩が口を紡ぐと雰囲気が一気に大人びる。動ないからなのか永遠にも感じられる。ここだけ時が止まったかのようだ。
「別に冗談じゃないよ。本気で思ってる。オトなら私の話を本気に聞いてくれると思ったんだ。だから君と話してみたいんだよ」
先ほどまでの穏やかな言葉遣いからは打って変り、声のトーンが落ちる。腹を割って話すという意識の表れだ。元はといえばこちらから仕掛けたようなもの。先輩の方に体を向けて目を見つめる。先輩の手を握りそうになった手を引っ込める。
「本当に俺でいいんですか?」
「ええ。君がいい」
「分かりました。俺で良ければ何でも答えますよ」
「ありがとう。少し場所を変えようか」
シャーロット先輩の案内で放牧地に出る。先輩に曳かれるネレイーリアは静かに付き従う。陽が傾いている。日中は馬が走り回っている馬場であるがこの時間は俺たち以外人も馬もいない。
「それで話って何ですか?」
「ねえ、君には馬の声が聞こえる?」
シャーロット先輩が出し抜けに不思議な質問をする。
「鳴き声ですか? それとも」
馬の声と言われれば鳴き声だ。それなら聞こえる。でも先輩ほどの人がそんな当たり前のことを聞くとは思えない。俺には読み切れない意図が他にあるということだ。
「そうだね。正確に言えば馬の言葉。例えば今ネレイーリアが何を見て、何を考えて、どうして貰いたいのか。私はそれを知りたいんです」
「それってつまり……」
「馬と会話をしたいということです」
騎手にとって馬の考えを理解することは必要不可欠のスキルである。自分が跨っている馬が走りたくないのであれば、走りたくなるように促したり、騙して何とか走らせる。逆に真面目でペースも考えずに突っ走るような馬であればリラックスさせ、落ち着かせる。
その時々の調子、馬の性格を紐解きながらいかにして勝つのか、どのような競馬を教えるのか決めていくのだ。そのような作業を行う上で馬と直接会話出来たらそれは大変便利である。
しかし、先輩の話はそのような次元の話とは違う気がする。
「もしこのネレイーリアとお喋りできたら、私は今以上の高みに至ることができると思うんです」
先輩は本気だ。本気で冗談みたいなことを言っている。確かに馬とコミュニケーションをとることができたらそれは素晴らしいことだと思う。しかし今の科学や魔術のレベルでは到底成し遂げられない。それは分かっているはず。
「先輩の気持ちは分かりますよ。でも」
「絵空事ですよね。私たちより可能性がありそうな獣人族でさえできないんです。人間には困難でしょう。子どものころに持った夢が今だに捨てられていないんです」
「それでも信じているんですよね……」
先輩は再び口を噤んだ。これ以上は話せないのか、話したくないのか。話したとしても笑われるだけだと感じているのかもしれない。
きっと先輩周り大人たちは無理だと教えてきたのだろう。それは間違いでない。この世の中は不可能で溢れている。大人になるということはそのような現実を知り、受け入れていくことだ。
以前の俺であれば内心鼻で笑いながらどうしてそんなことを思うようになっていたのか聞いていることだろう。
それは、俺が無知であったからだ。残念ながらこの世の中には、人知なんぞ逆立ちしながら超えていくこともある。
まず俺の存在がそうだ。俺は転生者だ。元の世界には魔術なんてものは存在しなかった。あの世界で火を熾しますといいながら魔術の呪文を唱えているとしたらそれは変人か小説家と相場が決まっていた。
冷静に考えるとどうだろう、一体あの世界に住んでいた誰が魔術が存在しないことや、異世界転生なんてものは創作の世界の出来事だと証明できただろう。思い込みとは怖いものだ。
そのような異世界に転生したという過去がある俺だからこそ、この世には不可能や人知を超えたことが起きることも知っている。先輩の夢だって実現は無理だと言われているが実は叶えられるかもしれない。
俺は異世界から転生してこの世界に来たわけだが、この話をしてどれだけの人が俺の言葉を信じるだろう。
誰でもいいから友人や親を思い浮かべ、その人が自分は異世界からの転生者だと言ったとする。その言葉を信じられるか。大抵の人は冗談だと判断するだろう。疑いようのない証拠でも出せば話も変わるだろうが、笑われるのがオチだ。
酒の席で話せばギリギリつまみにならないだろう。
この国には、数百年前に異世界から人間を召還したという記録が残っているそうだ。どれだけの人がその記録を真実だと考えているのか不明だ。
俺だって信憑性を疑う。実際のところエイプリルフールの企画かなんかで、転生した人間なんて最初からいなかったのかもしれない。その場合正真正銘、俺が最初で最後の転生者ということになる。もしそうなら俺のことを話しても誰も信じないだろう。
たとえ家族であっても変わらないと思う。マシューやアンソニー、アーロン、レイチェルは面白がるだろうが本気にしないだろう。
クララは加護の力で嘘が見抜けるから信じるかもしれないけどそれは別枠。
アビゲイルは信心深いところがあるから信じるかもしれないけど、それは特殊事例だ。詐欺に弱いアビーは例外とする。
エレノア先生とマイアは逆に食いつきそうだ。それはつまり信じるってこと? 案外信じそうだな。目を輝かせて研究を始めるかもしれない。
トマスさんは会ったことがないから除外。手紙の感じから判断して信じないにカウントしてもいいはず。
ほらご覧の通り誰も…………一部を除き誰も信じない。家族ですらこうなのだから、部外者に信じる人はいないだろう。
シャーロット先輩が詳しく話したがらないのも当然だ。特に厳格に育てられたであろう先輩ならばそのような考えになるのも頷ける。
俺はその本気の冗談を本気にしちゃうタイプだ。出自によるところも大きいけど。




