万能系の先輩魔術師 対 落第級の新入生魔術師
「勝ったー。オト選手が勝ちました。一体どうしてしまったのでしょうか。セザール選手は意識があるにもかかわらず、立ち上がれませんでした。ヴォイチェフ先生、解説をお願いします」
「はい。実は対戦相手のオトの蹴りが入っていたんだな。はっきり見えなかった人もいるだろうけど」
「一体いつ? 私にも見えなったわ。不自然な動きはあったけど、蹴りは当たったようには見えなかったじゃない。音もしなかったし」
「仕方がないさ。ここからだと距離があるからな。それに一瞬の出来事だ。見逃しても誰も責めない。何より、セザールに当たったのは靴の先だけだから。あれを狙ってやっていたとしたら天才どころの話じゃない」
「それって・・・・」
痛い。やっと意識がはっきりしてきた。まずは、今の勝利宣言について確認しなければならない。膝立ちの姿勢から立ち上がろうとする。
「うわっ」
倒れてしまう。バランスが取れない。そんな俺の傍にアビゲイルがやってくる。
「すごい。オトはボクシングもできたんだ」
「いや。できないよ。というか体も痛いし、何が起きたのか分からないし」
「今回復するから」
「よろしく」
「────我が祈りには祝福が訪れる」
アビゲイルの魔術で体の傷が癒えていく。ただし、痛みは取れない。痛みを止めるのは別の魔術だ。
「どう?」
「良い感じ」
「やられちまったよ」
「あっ、セザール先輩」
「セザールでいいよ」
人が回復魔術を受けている間に立ち上がって手を差し伸べてきた。何もかもレベルが違う。手を握りながら体を起こす。
「すみません。何が起きたのかも良く分からなくて」
「そうなのか。最後の瞬間目が合ったから、狙っていたのだと思ったんだけど。どちらにせよ見事だった。次も勝てよ」
「ありがとうございます。頑張ります」
「なるほど。あご先の1センチに衝撃を受けると立てなくなってしまうんですね。そんなところがあるなんて」
「当たる場所も局所的になるからな。とんでもない威力になるんだ。しかもアゴというのは鍛えようがない。凶悪な技だよ」
「知らなかったわ。そんな便利なウィークポイントがあるなんて」
「いや、鎧を着てるユリエには関係ないじゃろ」
「そんなことないわ。私たちは常に鎧を着ているわけじゃないでしょ。それに鎧の上からも狙えるかもしれないじゃない。あと思い出したかのように年寄りにならないで」
セザールは自陣に引き返していった。司会も司会で盛り上がっている。次の相手はどなただろう。
「素晴らしい戦いです。感服いたしました」
続いては女性のようだ。大きな杖を持っている。魔術師で間違いない。厄介だな、戦い方の分からない魔術師ほど怖いものはない。魔術試験の成績がほとんど落第だった俺がいうのだから間違いない。
「ありがとうございます。えーと・・・・」
「オト、彼女のこと知らない?」
突然、ブレアが現れた。気配がしなかったぞ。今までどこにいたのだろう。
「知らない。有名人?」
「そうだよ。あの子はソフィア・アメリ―・ド・クラウザー。火、水、土に適性を持つ三属性魔術師。でも、土属性は使わない。それと闇と神聖属性の魔術にも明るいかな」
「へー。隙が無い感じか。参考になります」
「いえいえ。大したことないです。お手柔らかにお願いしますね」
「こちらこそおお手柔らかにお願いします」
二人は陣営に引き下がっていく。そして代わりに審判が現れた。
「両者いいですね。それでは始めてください」
おっと、審判が変わっている。いや、そんなことを考えている場合ではない。相手は魔術師だ。出方を間違えればコンビネーションで。
「榾火」
先に動いたのは彼女の方だ。ピンポイントに足元を燃やしにきた。バックステップでその場を離れる。
「連火」
すかさず彼女は魔術を繰り出す。前後二手から火の手が上がる。左手に逃げる。
「燐火」
逃げた先には、浮遊する炎の玉が待っていた。青白い炎がこちらに向けて迫りくる。
背後に逃げそうになる・・・・しかし、こちらもいつの間にか火の手が上がっている。気がつかなかった。無詠唱で発動させていたということか。挟み込むつもりだったのだろう。逃げ場がない以上仕方ない。
「吹雪」
自らの周囲に雪のカーテンを広げて迫りくる火を消滅させる。恐ろしい連続攻撃だった。
「驚きました。氷属性の魔術ですか」
「先輩こそ手加減しないんですね。見事に誘導されちゃいましたよ」
略式詠唱を連続で使用しつつ、無詠唱も織り交ぜる。発動した魔術も正確だった。魔力の制御が上手な証拠だ。
「先輩の魔術も完璧でした、惚れちゃいそうですよ」
「ありがとうございます。褒めても何もないですよ。今のコンビネーションは、一年生相手ならかなりダメージ与えられると思ったのですけど、残念でしたね」
それは賛成する。受け方を間違えていれば、今頃俺は担架に乗せられていただろう。ただし、彼女にとって今のは小手先に過ぎないだろう。次からはもっとランクの高い魔術を使ってくるはずだ。
その後も彼女は細かく魔術を使う。ランクの低い魔術のため、使用回数のわりに魔力は消費していない様子だ。それと、土属性の魔術は使ってこない。秘密兵器なのか。
膠着状態が続いていたが、先に動いたのはソフィアだ。今までは詠唱のみで魔術を行使していた彼女が杖を振る。
「わが身は炎の精霊と共にある」
彼女の周囲を炎の渦が包み始めた。10数メートル離れたここまで熱が伝わってくる。先ほどまでとは明らかにランクが違う。風邪ひくレベルの落差だ。こちらも相応備えが必要だ。
先に発動したのはソフィアの魔術。
「────怒れ、サラマンダー」
炎は四足歩行の生き物のように形を変えてこちらに迫る。同レベルの魔術を使わなくてはならない。
「────極夜を彩るは雪の精、儚き雪華は聖夜にこそ輝く」
俺の前方に雪の層が現れ、サラマンダーの侵入を阻む。炎と氷がぶつかり合い水蒸気が広がっていく。蒸気で前が見えなくなる。観客や司会たちも状況を把握するためか静まり返っている。
ソフィアがいた場所に目を凝らす。やはり見えない。それはお互い様のはずだ。それでも彼女は動いてきた。
「──鉄砲堰」
彼女の声が静まり返った場内に響く。次の瞬間、大量の水が押し寄せてきた。胸の高さまである水は津波さながらである。
「ぐぅっ」
踏ん張りもむなしく足は地面から離れ、流されていく。そして、場外に設けられた壁際に背中を打ちつけたとろころでその水はやっと止まった。
体が動かない。かなりの衝撃で打ちつけられたためだろう。力を込めているはずなのに肉体が反応しないのだ。
「シックス、セブン、エイト」
やっと体が動くようになった。ここは場外だ。20秒以内に戻らないと負けになってしまう。麻痺して何も頼りにならない感覚を頼りにトボトボとした足取りでリングに昇る。地に足がついていない。フワフワしている。でも進むしかない。
「君大丈夫かい?」
「えっ?」
声がしてハッとする。気がつくとリング中央付近まで来ているではないか。
「左腕から出血していますよ」
それも驚きだ。恐る恐る左腕に目をやると、確かに鮮血が溢れ出している。左の肘が切れたのだ。しかし、幸いなことに痛くない。
「全然いけます」
「出血が酷いときには試合は中止しますから」
一言いいさると審判は離れていく。さて、試合再開だ。
「止血したらどうですか」
ソフィアが尋ねる。心配してくれているようだ。もしかすると、気になって試合に集中できないのかもしれない。それは残念だ。
「実は回復魔術苦手なんです。ですから、気にしないでください」
「え、と・・・・」
何かを言おうとして口を閉じた。それでいい。彼女は再び杖を構える。手心は不要だ。こちらから行く。俺もいつものコンビネーションを披露しよう。
「汝罪ありき、罪ある者は煉獄の炎に焼かれる」
辺り一面が炎に包まれる。範囲で言えば炎はリングをすっぽりと覆っている。リングの外に逃げればやり過ごせるという感じか。なお、この魔術は俺が扱える火属性魔術の中で唯一の中級魔術に属する魔術である。もちろんのこと俺が使う魔術であるから、当然にとんでもない欠陥がある。
「何を考えているんですか。あなた自分まで燃えているじゃないですか」
そう、この魔術は燃える範囲を細かく指定できず、火の手は俺を中心に上がることになる。そのため、強制的に我慢比べになるのだ。
そしてこの局面、誰しも火の中から逃げ出そうとするだろう。だって場外に出れば影響は受けないのだから。しかし、そうは問屋が卸さない。
「足が! いつの間に」
ソフィアは自身の足元を見て驚愕している。彼女の足は膝下まで凍結し、地面から離れなくなっているのである。気がつかなかったはずだ。それは当然だろう。なんせ。
「この火属性魔術を使った時にですよ」
これで彼女は逃げることができなくなった。審判すら逃げ出す炎、彼女はどこまで耐えられるだろう。