1マイルの攻防(後編)
道中引っ掛かってしまったアスペンドリーム。
勝利のための選択は。
このままでは前の馬に乗り上げる。ドリームと何とか折り合いをつけなければならない。
「ホーラ、ホラ。ドリーム、大丈夫だから落ち着いて行こう」
手綱を引きつつリラックスするように促す。だが聞くつもりのないらしいドリームはテンポよく駆ける。ドリームはこのまま行くと前の馬に衝突することが分かっているのか? こんなところで気性の悪さを出さなくてもいいのに。
「ドリームさ~ん、アスペンドリームさ~ん。このまま走るなら後でニンジンあげないよ。青草もあげませんよ」
…………!……!……
ニンジンと青草という言葉に一瞬反応して耳をぴょこんとさせたが、馬に念仏らしくずいずいと進んでいく。俺がドリームにニンジンを上げる気がないのがバレている!? それともニンジン嫌いなのか?? 違う、そうじゃない。
「頭を動かすんだ、ドリーム師匠。もしくはストライドを縮めるんだ。そうしないと明るい明日は見えてこな……」
「さっきからうるせえ! 下手くそは黙って走れ!!」
前方集団、後ろの外側につけている馬の騎手からヤジが飛ぶ。体が大きく短手綱でしっかりと馬を抑え込んでいる。こっちの苦労も知らないでよくそんなことがいえる。俺はお前の馬に乗り上げないよう、無い技術を総動員してドリームを御そうとしているのだ。
「ドリームこれ以上は付き合えない」
これ以上好き勝手に走らせるわけにはいかない。体重を掛けて手綱を引く。
「凄い力だ。本当に牝馬なんだよな」
思わず声が漏れる。信じられない。まだまだ手応えがある。このままゴールまで千切ってしまんじゃないか。
おかしいな。このまま行けるような気がしてきた。
どうする? 無理にでも言うことを聞かせるべきか? しかしそうすればこの馬はもう走らなくなる。勝ちは消えるだろう。かといってこのまま脚が持つとは考えられない。どっちを選択しても苦しいのは変わらない。
すべては俺の騎乗技術の低さが原因だ。気を抜いたスキにドリームのやりたいようにさせてしまった。さすがに手が痺れて来た。今の状態は騎手、馬ともに良くない。早く決断しなければならない。
「おい。危ないぞ! 前見えてんのかクソ馬どもが!!」
先ほど文句をつけてきた騎手が再び口を開いた。クソ馬?
「何だと! テメエ、どの馬がクソだって!?」
「お前の馬だよ。その牝馬! なんで引退した牝馬がレースに出てきているんだよ。おまけに騎手もダメ。女々しいお前らアズマ族には牝馬か牛がお似合いだ!」
何を! だが俺のことを言われると返す言葉が見つからない。下手なのは誰が見ても一目瞭然だ。今までに少なくともミスを2つも犯しているのがその証拠。身の程を弁え、安全のために馬を抑えるべきだろう。
でも本当にそれでいいのか? そしたら俺は何のために乗り替わったのだろう。最初から除外して貰えば良かったじゃないか。わざわざ走らせる必要などなかったという話になる。何より、走りたがっているドリームの脚を止めるのは酷だ。
ここで無理にペースを落として走らせても、勝ち負けにならないことに変わりはない。それならば、馬が走るのを嫌いにならないよう最大限のお膳立てをしてドリームを返すのがマナーだ。
勝ち負けなんてどうでもいい。満足いくまで走ろうじゃないか!
縮めていた手綱を伸ばす。ドリームは「待ってました」とばかりに再びテンポを上げ始める。今出せる100パーセントのドリームが現れる。俺はそのドリームを御し切りゴール版に導くのが役目だ。
先頭の馬たちが3コーナーに進入し始めた。続いて後から続いていた2頭がコーナーに差し掛かる。今だ! 重心を下げて体を馬に近づける。どうやらドリームも俺の狙いに気がついたようだ。これが俺たちの答えだ。
「おい、そこのデカブツ。精々大事に馬抱え込んどけよ!」
先ほどドリームのことをヤジった体の大きな騎手に最大限の激励を送る。そして外にいる体の大きな騎手の馬と内側にいる馬の隙間に向けて駆けこむ。
「何!? なにをするつもっ、うわぁぁあ」
気合十分のドリームは外にいる馬に向けて体当たりする。ぶつかられた馬は外に吹き飛ばされる。ドリームはその反動を利用して進行方向をコーナーの出口方面に向け、内側を走っている馬に馬体を並べる。
何事かという様子で並ばれた騎手と前にいた騎手の3人が一斉にこちらを向く。
俺は、ドリームのこと初騎乗で分からないことばかりだ。しかし、宣言できる。たとえ高低差200キロの直線が待ち構えていようが、馬場の真ん中にペガサス産駒の犬が出てこようが、3頭いや、全馬まとめてドリームカッターで刈り倒してやる!!
「行くぞ、ドリーム。お前は最強の牝馬だ。あとはそれを証明するだけ、思いっきり走るよ!!」
手綱をしごいてドリームのテンションを上げていく。2番手の馬を外から抜いて先頭の馬に並びかける。この2頭はまだ仕掛けない。3番手の外車がスパートをかけるの待っているのだ。ならばこの隙に追いつけない距離まで広げてのみ。
ハイスピードで4コーナーのカーブを曲がる。馬体が外に振られていく。人馬一体になって転ばないようにバランスを取りながら最大限馬体を内側に傾ける。直線は300メートル弱。お世辞にも長いとは言えない。チャンスはある。各馬スパートに入る。
ドリームはダイナミックなフォームで砂を踏みしめる。足の裏からドリームがしっかり地面を掴まえていることが分かる。単騎で直線に躍り出る。ここで止まることは許されない。
他でもない俺がドリームを任されたんだ。ドリームはスタミナ・スピード・根性全てにおいて完璧。あとは俺がその力を最大限引き出すだけだ。
そう決心した矢先、突如として甲高い音が脳内に響く。
想定外の耳鳴りに左手で頭を抱え込む。一瞬だ。ほんの一瞬、不規則な何の音かも判別できない不思議な音が響き渡った。思わず頭を上げる。
「――――何だ、今のは」
頭を切り替えて手綱を握り直……しまった! ドリームが内に刺さり始めた。頭を抑えたときに支点がずれたのかもしれない。鞭を入れて修正しないと、鞭は。
鞭がない。レース前に置いてきたんだった。
慌てて手鞭を入れる。だがドリームはお構いなしにどんどん内ラチに寄っていく。再度右肩に手鞭を入れる。だが衝撃が弱いのか気にする素振りがない。ここからまっすぐ走らせることは困難だ。
背後を意識して耳を澄ます。蹄の音はまだ遠い。豪脚の馬でもいない限り、接触することはない。と、思いつつ後ろを確認する。大丈夫だ。リードはまだある。フラフラするのが一番危ない。いっそのこと右に大斜行して内ラチに沿って走らせる。
残り200メートル。右に走らせる分のロスもあってか、地響きがすぐ後ろまで迫ってくる。2馬身差もない。全身を使ってドリームが走るのをサポートする。
あと100メートル。馬場の2分目あたりを走る後続馬たちが突っ込んでくる。後続馬たちが視界の隅に入る。半馬身差、残せるか? いいや残す!
「いけいけ、フロー! あと50メートル。お前なら届く」
「お前が負けるわけがない。地面を蹴れ、チャージャー!」
「君がナンバーワン。まだ行けるよ、ブリッド」
各々の気持ちが言葉になって溢れ出す。ラスト20メートル。コンマ数秒の世界。3歩、2歩、1歩!
「伸びろ! ドリーム!!」
首を押してドリームを前傾姿勢にする。視界の左には馬の首が並ぶ。先頭は!!?
「――――えっ?」




