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1マイルの攻防(前編)

 乗り替わりで急遽、アスペンドリームに乗り競争に参加することになったオト。

 格上相手にどう戦うのか。

 第一コーナーまでの直線はおよそ250メートル。コーナーに高低差はなく角度は緩やかだ。無理をして前に行く必要はない。他の騎手たちも様子見のようで手綱は抑えたまま内側に寄っていく。

 各馬の位置取りがすんなりと決まり、順番が定まっていく。このレースは逃げ馬がいないようでペースが遅い。

 こちらも手綱は抑えたまま、少しずつ内側に寄っていく。この進入角度を保ったまま内から3分目あたりで第一コーナーに進入出来たら理想的だ。

 すぐ傍で自分より内側にいるのは2頭。ほぼ真横にいる馬と、その馬より内側の前方にいる馬だ。すぐ横の馬でも横に一頭分のスペースがある。よっぽど酷いコーナリングをしない限りはこちらに影響はない。


 このレースコースはラストの直線が短い。距離にして290メートル。前の方で競馬をする馬が有利だ。追い込みで勝負する以上、できる限り脚を残すべきだ。そのためになるべく内側のコースロスの少ないところを走らせていきたい。

 第一コーナーに入る。現時点で馬たちは3つのグループに分かれている。

 まず、前方にいる集団。ここには4頭の馬がいる。4頭は内側に固まりながらコーナーを曲がって行く。隊列を組むことなく、ごちゃごちゃしたまま走っている。レース前にちょっかいをかけて来た3人組は全員ここにいる。なかなか素質のありそうな馬が揃っている。

 そこから4馬身ほど離れて俺たち後方集団3頭がいる。外にいるのが俺とドリームのペア。他の2頭は縦に並んで走っている。このポジションのまま走るのであれば、この2頭を前に行かせてその後ろを走らせる方がいいだろう。

 そして最後、大外に一頭。シャーロット先輩の馬がいる。現在馬場の内から7分目あたりを走っている。ドリームとはほぼ平行な位置。内側にいるこちらの方が走る距離は短くなるため、実質的には俺たちの方が前にいる。

 あり得ない。馬込みで走れない馬であってもまだ、もう少し馬場の内側を走るものだ。明らかに異質。走る前は気にも留めなかった。あまりにも自然体で覇気がなかったからだ。

 しかし今は違う。そのスタイル故か、脱力し切ったフォーム故か、何故かは分からない。ただ本能が「マークしろ!」と告げてくる。


 そんなことを考えながら馬を走らせているうちにコーナーの中腹に差し掛かる。ここで仕掛けて前に行こうとする馬はいない。

 なぜなら、このコースはいわゆるスパイラルカーブが採用されているからだ。スパイラルカーブは、入口は緩やかな大回りで、出口が小回りで角度が急になっている。

 このカーブはスピードを殺さずに進入できるが、カーブ内で減速しないと出口で馬が外に振られるという特徴がある。最終の4コーナーならともかく、2コーナーで馬を走らせる必要はない。ここはスピードを落とすべきだ。

 重心を後ろに下げて馬のスピードを下ろす。


「おい、違う! 落ち着けよ!!」

「相手にしなくていいんだ、ゲレンデ! 待ってくれ」

 右方から悲痛な叫び声が上がる。俺のすぐ右前にいた馬がかかったらしい。減速するどころかぐんぐん前に進んでいく。そして釣られるように後ろにいた馬も加速する。俺が乗るドリームは……


 大丈夫だ。特に気にする様子もなく自分の走りができている。手綱を長く持っている恩恵だ。

「このままでいいよ。ドリーム」

 外に膨れていく2頭と交差するように内ラチの傍を走らせる。これで位置関係が変わった。3頭の中で外にいたドリームが内に入り、もともと中にいた2頭が外に出た。前方集団に順位変動なし、一頭外につけている先輩の馬にも様子に変化なし。それが余計に不気味だ。

 俺は、7番手から2頭を抜かしたことで5番手に上がった。

 これで2頭の後ろにつけるという作戦はなくなった。今のところペースは速くないと思う。前の集団とは4馬身半、僅かに開いた。ドリームの能力を考えればもう少し近くにいたい。テンポを上げるか?


 ふと、左の後方から足音が近づいてくる。

「おおっと、そっちに行くぞ。気をつけてくれ!」

 聞き覚えのある叫び声とともに足音はさらに大きくなる。

「まさか――――」

 外に出た2頭が戻ってきた。2頭は横並びでドリームのすぐ前に割り込む。こちらは慌ててドリームを抑える。

 接触は避けられた。前の2頭は何もなかったかのように走っている。


 しまった! 前に壁ができてしまった。このままでは思うようにペースが上げられない。

 どうする? 馬群を押し上げるか? いや、前の2頭はいったん外に出て、順番を下げてからわざわざ俺たちの前にまで上がって来たのだ。今はペースを落として馬に息を入れたいはず。

 何より馬群を押し上げようとすればドリームにも負担がかかる。その作戦は採用できない。しかし、周りはオープン馬たちだ。3勝馬で準オープン馬ですらないドリームの能力を考えれば、このまま最後方で競馬をしても上位にはつけられない。勝負にもならないのだ。


 勝ちたいなら仕掛けるしかない。


 前2頭とその前の集団との位置関係を把握する。両者の間隔は3馬身半。馬を入れるだけの十分なポケットがある。すぐ前を走る2頭は横に50センチほどの幅を開けて走っている。直線の残りは120メートル。

 次のコーナーもある。空いている内ラチ1頭分ではなく、左前にあるこの50センチの隙間を通すしかない。ドリームだって3勝馬。いけるはずだ。

 とにかく精密な操作が必要だ。重心を前に出しつつ、手綱を短くする。ドリームは素直に指示を聞く。馬体が沈み込む。俺も左足に体重をかけて重心を移動する。


「通ります!」

「なにっ!」

 二人は驚いたように後ろを向く。その声と表情がまったく同じだ。まるで兄弟である。ドリームは臆することなく馬1頭分のスペースに首を突っ込む。モーセが海を割ったかのように前にいる兄弟にとうが左右に分かれる。その隙に馬を押して2頭の前に出す。

「よしっ」

 上手くいった。初騎乗で馬の性格も性能もよく分かっていない状態でやるにはなかなかリスクがあったのだが何とか成功だ。手綱を伸ばしてペースを落とそうとする。一瞬の休息だ。

 ……あれ? 背筋に緊張が走る。


「ドリームもういいよ。ペースを落とそう。お願いだからハミを離してよ」

 ……………………

 ドリームからの返事はない。いや、ドリームは馬だから返事をするはずがないんだけど。そういう問題じゃなくて、ねえ、どうしちゃったのさ。さっきまで利口そうに走っていたでしょ。

 一度ハミを取ったドリームはそのままのペースで走る。前方集団との距離が近づいてくる。完璧にひっかけた。ハミを咥えたドリームは気持ちよさそうに走る。前との距離は2馬身。このままだと馬群にぶつかる。

 これは不味いですぞ。

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