乗り替わり
「随分と走りそうな馬たちですね」
どの馬も走るフォームが完成されている。かなり鍛えられた馬であることが分かる。太目な馬が多いとはいえ、しっかりと走りそうな印象である。
「あそこにいる8頭のうち5頭はオープン以上で走っていた競走馬ですね」
「優秀ですね」
オープンで走っていたというのは、年齢や勝利数で分けられる条件戦を勝ち上がった馬であるということだ。基本5勝ほどするとオープン競争に参加できるようになる。
なお、オープン以上で走っていた馬のことをオープン馬と言い、オープン馬に成れるのは競走馬全体の3パーセントほどだ。超エリートである。
「それと2頭を除いて個人所有の馬ですよ」
「持ち馬とはお金持ちですね」
「そうですね。ちなみに個人所有じゃない2頭のうち一頭はベルナール厩舎所属馬ですよ。ほら、あそこで首を上下させて暴れている4番の馬です」
ユリアは左手で一頭の馬を指さす。その先には集団から一頭だけポツッと離れ、不機嫌な馬とそれを宥める騎手がいる。馬の尻尾に赤いリボンがついている。蹴り癖があるということだ。まさに気性難といった感じである。
「あれは……ミラちゃん?」
すぐそばにいたアビゲイルが驚いた様子で呟く。ミラとはアビゲイルの友達の一人で、アビゲイルが一緒にいる仲良し4人組のリーダ格の子だ。髪を縛っていてしっかりと確認できないがあれくらいの長さだった気がする。
確か馬術の授業ではBグループ。馬術のグループ分けには3つあり、上手なAグループ。可もなく不可もなくといったBグループ。まったく馬に乗れないCグループだ。入試のときの馬術の成績で分けられていたはずだ。
つまり、ミラは抜群に馬に乗るのが上手いというわけではないが、馬に一通り乗ることができるというレベルである。ただし、あの感じはもっと乗れるような気がするのだけど。
「騎手の方はお知合いですか?」
「友達です。馬術の授業のペアは彼女と組んでいます。それと馬の方はドリームですよね」
ユリアの質問にはアビゲイルが答える。馬術の授業でBグループ以下の学生たちは、2人に1頭の割合で馬が与えられる。ミラが乗っている馬はアビゲイルとミラがお世話している馬でもあるらしい。
「アスペンドリームですね。5歳の牝馬です。去年までノーブルレースを走っていたんですよ」
ノーブルレースとは貴族や有産階級といった裕福な人々が主体となって取り仕切る競馬である。国の至る所にある競馬場でレースを行っている。かなり収益性の高い事業で、国内で産まれる馬のうち、5万頭はノーブルレースを走らせるためのサラブレット種である。
「それってすごいの?」
「一応、3勝していますから。素質のある馬だったんですけどね……」
ブレアの質問に対して言葉を濁しつつ回答する。この感じは…………
「危ないぞーー!!」
突然、馬場から叫び声が上がる。騎手の乗っていない馬が馬場を走り回っている。
放馬だ。6番のゼッケンをつけた馬が騎手を振り落としたようである。カラ馬になった馬は荒ぶりながらある一点を目指して馬場を駆ける。その先にいたのは――――
「逃げて! ドリーム」
ミラを鞍上に乗せたアスペンドリームだ。一目散に突進する6番の馬に一番驚いていたのは、この二人。ビックリしたようにドリームは立ち上がった。
「落ち着いて――――」
振り落とされそうになったミラはドリームの首しがみついてバランスをとる。しかし一度は耐えたものの再び立ち上がった際に完全に落とされた。
「大丈夫か、君!」
離れて見ていたスタッフがミラのもとに駆け寄る。そのあとを追いかけるように俺たちもミラのもとに駆け付ける。
「すみません。大丈夫です」
ミラは何ともないように立ち上がろうとする。だが左足を地面につけた瞬間、表情が強張った。
「足が痛むんだね。治療しないと」
スタッフが肩を貸そうとする。だがミラはその手を振りほどいて大丈夫というジェスチャーをする。
「アビー」
「そうしてみる」
アビゲイルが膝をついて、ミラの足を確認する。落ち方や立ち上がろうとした時のリアクションからして左足の首を捻ったのだろう。アビゲイルは治癒の魔術が使える。ケガをしたのであればその傷を治すことができる。
「どうですか?」
治癒の魔術を施したアビゲイルは恐る恐るミラに確認する。
「ありがとう。もう大丈夫だよ」
ミラはすっと立ち上がって少し離れたところにいるドリームのもとに向かう。足のダメージなどはなさそうである。
「乗れませんよ。その足じゃ」
歩様を確認したユリアがミラに語りかける。宣告を受けたミラの足が止まり、くるりと回ってこちらを睨みつける。
「どうしてですか!? 治ってるはずです。目の前で見ていましたよね」
「感覚は? 充分に戻っていますか、体が右に傾いていますよ」
ミラは返事ができずに俯く。ミラの治療にアビゲイルが使った治癒の魔術には実は二種類の魔術が含まれていた。一つ目が足首の捻挫を治療する魔術。そしてもう一つが痛みを緩和する魔術。今回問題となったのは後者だ。
痛みを和らげる魔術というのは感覚を麻痺させる魔術であるのだ。要するに感覚を麻痺させることで、痛みを感じさせなくしているのである。今の彼女は左足の感覚がない状態といえる。
競走馬に乗る騎手にとって足というのは非常に大切な部位である。競走中の騎手は、腰を浮かせた状態であるため、足の裏以外は馬とは触れることができない。つまり足だけで馬に跨っているのだ。
特に足首は体全体を支える役割を果たす。バランスを崩せば、馬は指針を無くしておかしな方向に走り始める。そうなれば自分がケガするだけでなく、周りの騎手や馬を危険にさらすことになる。足首に不安を抱えた状態で馬に乗るのは非常に危険なのだ。
「分かりました。今日は大人しく観戦します」
ミラも自分なりに踏ん切りをつけたようだ。悔しそうではあるが、これがあるべき対応だ。
「見るのもいいけど、後で検査に行ってくださいね」
「大丈夫ですか、ミラさん」
馬の足音とともに少女が現れた。
「ケガは大丈夫です。でもシャーロット先輩との約束は守れませんでした」
「ミラが大丈夫ならそれで充分。ところで落馬した6番の馬は除外になるようですが、4番のアスペンドリームはそのまま出走できるとの話でした。ユリア先生、乗り変わりはどうするのですか? 交代の騎手の候補はいますか」
ユリアは少し離れたところで大人しくしているドリームのそばに寄り、厩務員らしき人と話しながら状態を直に確認している。ドリームはベルナール厩舎所属、そしてユリアはベルナール厩舎の人間だ。恐らく、ベルナールの代わりにドリームの走りを見に来たのであろう。
状態を確かめたユリアは満足そうにこちらに戻ってくる。恐ろしくニコニコしている。ドリームを出走させるようだ。
「それじゃあ、オト君行ってみよう」
「ゑっ? ええぇーーーーーー?」




