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旧友との再会

 太陽が傾いている。西日は大きな窓を介して教室中に溢れる。まだまだ夏には早い。それでも水無月(6月)らしくポカポカとして温かい。

 6限の授業を終えた学生に放課後の自由時間が訪れる。

 机の上に広げられたテキストやらノートやらをボンヤリとしながら鞄に仕舞う。

 横ではアビゲイルが同じように荷物をまとめている。


「アビゲイルちゃん、放課後お暇ですか? 買い物にでも行けたらいいなと思ったんだけど」

 アビゲイルに3人組の女の子たちが話しかけに来る。アビゲイルの友達たちだ。昼食や実技のある授業は一緒に受けている。所作が丁寧であり、しっかりと教育をされた家の子たちなのだろう。


「えっと、ミラちゃん。放課後はその……」

 アビーがこちらの顔色を窺っている。

「いいんじゃない。友達なんだし遊んできなよ」

「そうしたら行こうかな。ところでオトも一緒に行かない?」


 またこのパターンだ。門限を気にするお父さんでもあるまいし気を遣わなくていいのに。何よりここでダメとか言ったり、お邪魔すれば3人からの俺の評価が大変なことになる。アビーの意図が他にあるとしても首肯できない。

「今日はいいかな。他にやらなくちゃいけないことがあるから」

「そっか。じゃあまた寮で」


 4人を見送り教室を後にする。

 俺も鞄を持って教室を出る。最近、ご無沙汰になっていた図書館に向かう。最近勉強できていないからその分を取り返さなければならない。


 先ほどの出来事を反芻する。どうしてあの会話が必要だったのか。普通、物語であれば今の出来事は描写しない。

 俺なら「アビゲイルは友達と買い物に行った」と1行で片付ける。普通はそうだ。それにもかかわらず書いたということはこの後、彼女たちに何かが起きるとか? 後を追い駆けた方がよかったりするのか。

 小説の読みすぎだな。廊下を歩きながら適当なことを妄想する。


 背後からコツコツと足音がする。この感じ、中肉中背と仮定して男性で13、4歳ぐらい。太陽が横にあるせいで影は確認できない。歩くテンポを上げてみる。

 ついて来る足音が大きくなった。なるほど、俺に要件があるようだ。ただし、隠すつもりがなさそうなところを見ると悪い知らせではなさそう。カーブで横を向いた際に気がついたフリをするか。


 知らない素振りのまま突き当りまで歩き、図書館の建物に入るために進路を右に変えたところで相手を視界にとらえる。ばっちり目線を送る……


「リチャード?」

 足が止まる。着いて来ていたのはなんと知り合いである。しかもここにいるはずがないような子。どうしてこの学園にいるのだ。そもそも受験したという話さえ聞いてない。アビゲイルも何も言ってなかったし。


 この子はリチャード・フリント。同い年で同郷の士だ。リチャードとはとある社交界で出会ったのだが、何気に初めてできた同級生の友だちであったりもする。最後にもらった手紙では大学の予科に入学するために勉強を頑張っているとのことだった。

 ここにいるのは純粋に驚きである。しかも向こうは俺がいることを知っていた? いや、それについての心当たりは大量にある。知っているだろう。それでもリチャードがいるのはおかしい。


 当のリチャードは照れくさそうな顔をしながら口を開く。

「久しぶりだね、オト。ごめん、今まで挨拶できなかった。授業も全く被ってなくて機会がなくってさ」

「まあ、それは全然いいよ。でもどうしてここに? 会計を学ぶためにサザーニッジ大学に行くって聞いてたはずだけど」


 リチャードの家は「クローツ・バンキング・グループ」を経営している銀行家だ。この銀行は4大メガバンクと呼ばれる銀行の一角であり、現在はリチャードの祖父が会長、父親が頭取を務めている。

 跡取りであるリチャードは前々から大学で学業を修めるのだと話していた。そんな男がうちの学園の制服を着ている。寝ぼけているのか? 

 頬をつねる。

「痛い……」

 夢じゃないようだ。どういうこと?


「オト、いいかな。その質問に関しては、大学の予科で教養を学ぶよりも学園カリッジに行く方が夢をかなえるのに近道だと思ったからだよ。卒業資格について来るんだよね、大学の本科の受験資格」

 なるほど。この国で大学で学ぼうと思えば14歳で大学の予科に入学し、4年かそれ以上の時間をかけて一般教養を学び、本科の入学試験の受験資格を得なければならない。平均すると入学する時の年齢は20歳になる。

 その受験資格が7大カレッジの1つであるうちの学園を卒業するともらえるのである。この学園は基本13歳から入学で5年間学ぶため、留年しなければ卒業するときには17歳。確かに受験資格が早く手に入る。


「リチャードの言うことは分かったよ。考えたね賢い選択だと思う。これからよろしく」

 手を差しだす。リチャードが手を握り返す。

「よろしく、オト。君やアビゲイルはライバルになりそうだ。お手柔らかに」


 そのまま勉強熱心なリチャードと一緒に図書館で勉強して過ごした。やっと友達らしい友達ができた。おかげさまでアビゲイルたちのことはすっかり忘れていた。



「オトはサークル『馬術部』にするんだよね」

 アビゲイルが手帳に印字されたサークル一覧を眺めながら話しかけてくる。

「入部試験に合格したらだけどね」

 こちらも手帳を開きながら応答する。今日からサークル見学日である。学生たちは思い思いのサークルの見学に行く。もちろん所属しないのも自由だ。


 俺が目指す馬術部というのは非常に人気の高いサークルである。所属できるのは一学年5人までと決まっている。そこに60人以上の学生たちが入部希望を出す。倍率にして12倍。

 馬術部に所属できなかった学生のために「ローレンス馬会」や「エクスフォード乗馬クラブ」といった馬術サークルがある。ただし、落ちた学生の大半は他のサークルに取られるが通例となっている。要するに「馬術部」に所属することが一種のステータスなのだ。


「ところでアビゲイルはどうするの? 今日こそ教えてよね」

「ええとね、まだ秘密」

 本当に決まっているのかな。決まっていなかったとしても見学できる間に決めればいいのだ。急ぐ必要はない。

「アビーはいつもの3人と見学する感じ?」

 アビゲイルの顔が曇る。

「……私は決まってるよ」

「そっか」


 何聞いてるの? みたいな感じでムスンと答える。少し怖い。怒らせたかも。

 気をもんでいると来客者があった。ブレアである。自分の席からこちらに向けて歩いて来る。ブレアが目の前の席に後ろ向きに座る。席との間に段差があるためこちらが見下ろす形になる。

「どうしたの?」

「オトはどこのサークル見学に行くのかなって思って」

 横に座るアビゲイルと見合う。ブレアには一緒に見学に行く相手がいないのかな。というよりブレアって友達いるのか。いつも独りな気がする。それも俺と同じで1人でも複数人でもまったく気にしないタイプ。

 普通、見学に誘う局面だ。しかし誘っていいのかな。


「俺は馬術部。アビーは――――」

「私はオトと一緒に見学に行くつもり」

「えっ?」

 初耳。アビゲイルついて来るの。一人で見学するつもりだったのに。何も変わらないから特に気にすることはないんだけど。アビーはサークル決まってるんでしょ。どうして一緒に見学する必要があるんだ?

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