夜の魔力に魅せられて
オトが目を覚ますと知らない路地にいた。
そこで自分の片割れともいうべき相手と再会する。
「形式的には無能じゃないんだよ」
「その言葉、実質的に自分は無能って言っているのと同じですよ」
知ってるよ。早い話俺は、毒にも薬にもならない半端なキャラクターである。それというのも、ある手違いがあったからだ。それがなければ消毒液くらいのキャラクターに落ち着いていたはずの人間である。食べ物ならパセリだ。栄養価が高くても絶対にメインにはなることがないのである。
対して俺に求められているのは主役としての役割。パセリが主人公、無茶である。
俺には溢れんばかりの才能も、人一倍高い向上心もない。主役がこのような素質や気質を持たないのは近年の風潮に反する。大豆に主食としての役割を求めるようなものだ。
言い訳する権利はあるはず。
「でもね、頑張ってるんだよ。困難からもすぐに逃げないようにして」
「ですが、正直……魅力がありません」
こちらの出端を挫きつつ、痛いところを突いてくる。直接魅力がないと言われるとかなり辛い。ここはあえて自然体なのだと言って欲しい。
「あのぅ・・・・・・」
「ありません!!」
朝は間髪入れずに突っ込む。無いのは分かってるんだって。
それというのも俺という人間は自分でも恐ろしくなるくらいに尖りのないキャラクターをしている。突貫で作ったぽっと出のモブでもまだマシな気がする。その上で、だ。ここはあえて相手の要求に応じるフリをする。
「心に留めておきますね」
「それではダメです。口だけじゃなくて、本気で考えてください。そんな軽い感じで構えているから『永年初版小説家』と呼ばれていたんですよ!」
これまた懐かしいあだ名。「永年初版小説家」とは俺が転生前の世界で付けられた愛称である。これは執筆した小説が全て初版止まりだったことに由来する。ちなみに発展形として「重版処女」なるものもあった。良くないな、朝といると昔のことばかり思い出してしまう・・・・・・
「過去を振り返らない。あの頃には帰れないのだから」
「分かっているさ。よく考えてみなよ、俺は寝れば忘れるタイプの人間だぞ。いらない知識はすぐ忘れるんだ。振り返る過去なんてないよ」
「そういえば『三点リーダー』も『ダーシ』の使い方も忘れるのかなり早かったですよね」
朝は半目で睨みつけてくる。蔑まれてる? そんな酷いかな。
「多くを求められても俺にはできないよ」
「大丈夫です。私からのお願いは一つです。次回からでいいので普通のキャラクターになってください」
「普通? そんなんでいいの? それなら今だって十分だと思うよ」
「――――――あの、誰もついて来てませんよ。それ以前に少し違う意味ですけど誰もついて来ないって大問題ですし……」
衝撃のカミングアウト。何が問題化は分からないが、朝の目がほとんど糸になっている。これ以上はヤバいぞ。普段怒らない人間を怒らせた時ほど危険な時はない。
「そうじゃなくて、そうじゃないこともないんだけど・・・・はい。じゃなくて、……はい頑張ります」
確かに俺はダメダメ人間だ。うまく言い繕う言葉が見つからず、善処する破目になってしまった。
「善処では足りませんが、分かってもらえて嬉しいです。それと、あともう一点ですね。これはすぐ終わりますよ。1点目にも関わりますけど。あなたは今、周りの学生から理解されず受け入れられていません。それを周りの人たちを見返す方法で打破してほしいのです。それも爽快感がある方法で、です」
「それはまた何で?」
「需要が高いからです。なによりタイトル詐欺にもなりますから」
「タイトル詐欺?」
「……こちらの話です。それと需要に合わせて少しでいいのでマイルドな思考、行動をしてください。例えば複雑な内心はやめてください。私たちは7つの人格と同居していた手前、一人の時でも複数の視点から物事を見がちですけど、それはセーブで」
なるほど。分かりやすくあれ、ということだな。単細胞を演じるのだ。できるかな? できないのは許されないんだろうけど。元気いっぱいの調子に乗った朝に言われるとできるような気がしてくる。
「作戦名『目指せメロス』ってところですか」
「そんな感じです。要件は以上です。すみません、時間が時間だけにもう帰らないといけないので」
「そうですか。寂しくなりますけど、元気そうで良かったです」
朝は静かに頷く。彼女にとっての俺たちは自身の片割れである。俺たちがバラバラになるのは体を引き裂かれるようなものだ。思うところはある。お互いにあまり変わってないため進歩していない気がして心配になるけれど。
朝の背中の空間がゆがむ。ブラックホールかな? 黒い空間が広がって向こう側が見えない。そもそも彼らは人間ではない。彼らは死神だ。詳しくは教えてもらっていないが、死神は直接・間接とさまざまな手段を駆使して人間を異世界に転生させているらしい。
世の中、分からないことばかり。ただ何となく、あそこを潜れば死神の世界に行けるのだろうと感じられる。面倒なことに巻き込まれたくないのでもう行きたくないけど。
「また一年後ですね。おっと、……『静』が話したいみたいなので変わりますね。また今度」
また来るのか。反射的に飛び出しそうになった言葉を引っ込めて手を振る。
「ええ、また今度」
「残念、もう僕に代ってるよ」
朝に代わって静が出てきた。相変わらずテンションが低い。朝も「真面目な優等生キャラ」だが、静は「雰囲気真面目系無口キャラ」だ。似ているようでかなり違う。ついでに云うと性別も違う。ちなみに俺の体の中には真面目担当はいない。 いるのは……面倒な人ばかり。当然に良心もない。
「手短に僕からの要件は1つ。さっきまでのは仕事だけど。これから伝えるのは個人的な話。君の中にいる4つの人格についてだ」
静はあくびをして一呼吸入れる。この子はいつもやる気なさそうに振る舞う。しかしあくびをして眠たそうなときは全力モードである。この状態の静はよく喋る。
「さっそくだけど今の君は、自分の中にいる他の3つの人格とは意思相通できてないよね」
「そうだね。よく知っていることで、それがどうしましたか?」
ごまかす必要はいらない。ちゃらんぽらんだが俺たちの中では一番IQ(知能指数)が高い。嘘をついても矛盾点を見つけすぐに見抜いてしまう。無駄なことはしない。
「どうやら君は、時間が経てば勝手に3人が戻ってくると考えているみたいだけど、僕は違うと思う」
「どうしてだい? 今までだってそんなことはあったよ。きっと今回だって……」
「薄々気が付いてない? 根拠はたくさんあるけど」
静は単調に続ける。正直、全く気が付いてない。
「その様子じゃ、長くなりそうだから解決策を一つだけ。きちんと彼らに呼びかけをしてね。きっと君の予想とは異なる姿になっていると思うけど、その時になれば答えるはずさ」
首を捻って考える。語り掛けても答えは得られない。その時になれば答えが得られる?機会があれば返事が来るということだろうか。なぞなぞにしか聞こえない。
考え込んでいる俺をよそ目に静は暗黒空間に足を踏み入れる。そしてこちらを振り返り。
「悩まない! 少しだけヒント、君が『細雪』の言葉を聞くようにすれば3人の言葉も聞けるようになるかもね」
静の姿は暗闇の奥に消える。残ったのは本当にヒントなのか良くわからない置き土産。変なところがいやにリアルだ。ここまで役に立たないアドバイスをもらうと、ここが夢の中という認識に疑問が生じる。
「考えても無駄だな・・・・違う『……』だ」
ダーシと3点リーダー、これで使い方あってたかな? 確か、俺はダーシの前に全角アキを入れていたはずだけど……今度調べないと。
それで……ここどこだっけ?
一人になって自分が見覚えのない路地裏にいたことを思い出した。どちらにせよ、帰ろう。
街人を探す。この道のさらに奥に少年がいた。6、7歳くらいだろう。背は平均的なくらいだと思うが細身な体形である。奇麗な顔をしている。髪が長いため一瞬、女の子かと思ったほどだ。
その少年は家の前で立って足元の石ころを小突いている。こんな遅い時間に何をしているのか聞きたいところだが、夢の世界の住人にその質問は野暮。今は家に帰る。
「やあ、少年。僕はオト・ナナミヤ。怪しいものじゃないよ。実は道に迷っていてね。少しいいかな?」
「……こんにちは、ナナミヤさん。僕はユリス。ええと、ユリス・ルナールです」
しっかりとした受け答えをする。教養もありそうだ。夢診断的にはこんなキャラクターが夢に現れた時は――――――
「どんな御用ですか?」
おっと、危うく本題を忘れかけた。診断は目が覚めたら行えばいい。
「ええと、サイモン広場って分かりますか? そこを目指しているんだけど、知っていたら道を教えてもらえないかな」
ポケットに手を入れてコインケースを探す。カバンがない以上、外套の内ポケットに入っているはずだ。
あれ? おかしいな。いつも入れてあるはずの内ポケットの中は空。
「道は分かりますよ。案内します。ここから30分くらい歩きますけどそれで良いですか?」
「それは嬉しいんだけど、ちょっと待ってね」
見つからない。というより普段の外套とポケットの位置が気違うがする。左手が回復していないからだろうか? 違和感がある。
「お代は不要です。こちらです」
「ちょっと待って!」
ユリスは自発的に案内を開始する。駆け足だ。結構早い。色々と情報量が多い夢だ。でも不思議とその違和感が面白い。
「夜の魔力は怖いな……」
< イントロデュース 終 >
次回から本編です。




