親の顔よりも見た相手との再開
息が苦しくなって目が覚めた。何かに追い立てられていた感覚があるのだが、靄がかかっているかのようにまるで釈然としない。
汗をかいている気がして寝巻の袖で首を拭く。そしてすぐに違和感に気がついた。
「どうして外套なんて着ているんだ?」
俺は今外套を着ている。それどころか、見覚えのない道端で背中を壁に預けて立っている。
おかしい。俺は昨夜早い時間にベッドの中に潜り込んで寝ていたはずだ。
そのはずが狭い路地裏にポツンと一人で立っている。月が雲に隠されており月光が地上に届いていない。周辺の3階建ての民家から漏れる微かな明かりが唯一の光だ。
今がどのような状況なのかまるで分らない。ただでさえ暗いのに湿っぽい空気がより一層不安感を際立たせている。ホラー映画の登場人物になってしまったかのようだ。ここが街中で、カビ臭くなければ大声で叫んでいたかもしれない。
ふぁ~あ。
そんな危機的な気持ちとは関係なく、大きなあくびが出る。
なるほど、これは夢だ。ここまで眠いのだから間違いない。
それにしても今週は疲れた。月曜日の入学式に始まり、毎日のように学校内を駆け回り、ようやく土曜日が終わった。明日は唯一のオフの日曜日だというのに。まったく余計なことで頭を使わせてくれる。
今回のミッションは、すぐに下宿に帰ってベッドに入りなおすことである。あとは目を閉じるだけでいい。そうすればベッドの上で気持ちの良い朝を迎えられる。
帰り道を探したいのだが、道には人っ子一人いない。おそらく大通りからかなり入って来た場所なのだろう。下宿への道は皆目見当がつかない。なかなかハードモードである。どうやら自分を労るということを知らないらしい。
「まあ歩くか」
適当にほっつき歩いてみることにする。こうなると絶対に簡単には・・・・・・
「帰れないだろ?」
聞き覚えのある声にハッとして声の方を振り向く。
「どんな風の吹き回しでこんなところにいるんだ?」
俺に声を掛けてきた男は噴き出して腹を抱える。何がおかしいのか分からない。
「数年ぶりの再会に水を差すつもりはないが、オレがここにいるのはお前のせいだぞ、七宮緒都」
声の主は言い慣れたように俺の名前を読み上げる。
「いや、今はオト・ナナミヤか? 外国人かよ」
ふざけた態度のこの男は全身黒づくめ。されど闇に紛れることはなく顔まではっきりと識別することができる。ましてや親の顔よりも見た相手である。
嫌味の一つや二つや三つ、いやそれ以上の言葉をかけてあげたくて堪らない。しかし俺は大人だ。俺も相手の名前を高らかに宣言してあげるのがマナーだ。
「俺は悪くない。聖書にも書いてあるだろ? ・・・・それよりも久しぶりだな、七宮緒都」
そう、俺の目の前にいるのは俺だ。ただし俺がこの異世界に転生する前の姿の俺。違うのは中身ぐらいだ。
それも中身が違うというのも少しミスリードである。私事だが俺はもともと多重人格者だった。俺も合わせて一つの体に7つの人格が同居していた。そうだったのだが俺が異世界に転生した結果、人格が4つと3つに分かれた。そのうちの4つが今の俺に入っている。そして余った3つが相手に入っているという具合だ。
大丈夫だ。自分でも何が何だが分からない。紙に書いてやっと整理できるレベルの話だ。そもそもなんでそんなことになったのかは俺にも分からない。でも事実としてそうなっているのだ。
不味いぞ、今の相手は通称「楽」と呼ばれている人格だ。こいつと俺は犬猿の仲。俺はこいつの世の中を馬鹿にした態度が気に食わないのである。
「はい楽君はどいてね」
相手の人格が変わった。まあ俺と楽じゃ話にならない。楽は地雷を見たらわざわざ踏んづけて起爆させるような男である。話がこじれると判断して二人に引っ込められたのだろう。今度の人格は「朝」。俺たちの良心を一身に担っていた人格だ。ちなみに女の子である。
「私たちが言うのもなんだけど、君たちはかなり大変な生き方してるよね」
「朝が思っているほどでもないよ。十分に楽しいし、充実してるかな」
朝は腕を組んで楽しそうな表情をする。こちらも両手を頭の後ろで手を組もうとしてやめる。左腕の問題があるからだ。
数日前に怪我した左腕は綺麗にくっ付いている。ただ万全とはいかない。今でも左肩には違和感がある。そのことを悟られないようにしつつ、右腕を腰に当てる。
「そうですか。まあ無理はしないで養生してください」
勘の良い朝は気が付いたみたいだ。どうやら話題にすることは避けたい様子である。俺も同じ気持ちだ。楽に知られれば面倒なことになる。というわけで話ができる相手のうちに要件を済ませてしまおう。
「どうしてこんなところにいるのですか?」
一瞬、間が開く。そして朝は微笑み・・・・
「いい加減、行動を改めてもらわないといけなくなったんです」
?? 予想外の発言。意味が分からない。俺の行動がおかしなことは今に始まったわけじゃない。今更感がするのだが。
「と申しますと?」
「いいですか。今のあなたには人間的な感性が足りていません。もう少し、一般人らしく振る舞って欲しいんです」
どういった意味だ? 黙って考え込んでいるフリをしていると、呆れた様子で丁寧に教えてくれた。
「まず、普通の人間は学校などに入学すれば友達を作ります」
「作りましたよ。ブレアとか、そもそもアビゲイルもいるし」
「アビゲイルって妹ですよね。実質一人じゃないですか。それじゃ足りません」
「友達なんて求めれば得られるものじゃん」
「本当ですか? 同級生に話しかけても逃げられていませんでしたっけ。それも日増しにその傾向が強くなっていますし」
良く調べている。そうなんだよね、どういった風の吹き回しか、徐々に同級生から相手にされなくなっている。俺も理由が気になっていたところである。
「理由は自分で考えてください。正常な感性があれば分かるはずです。とにかく、今の状態は異常です。せっかく桃色の学園生活を送るチャンスなのに。休み時間は教員控室にいる先生とお喋りするか、先輩たちから一方的にボコられているだけじゃないですか」
「それはだって、先生たちは色々なことを知っていて楽しいし、先輩からボコられると言っても、あんなの可愛いほうでしょ。俺が元の世界で学生だった頃はもっとヒドイことしてたよ」
懐かしい。先輩たち元気かな。体だけは健康だといいんだけど。きっと朝のことだから同じことを考えている。というか朝は知っているんじゃないのか。死神なんだから。
「ええと、いいですか。それは相手が先輩だったから出来たんですよ。私たちは後輩には手を出さなかったでしょ。後輩に嫌がらせをするのは完全ないじめだと本能的に分かっていたからです。それに彼らはいじめる対象を分散していないですし、複数人で1人を狙うのは卑怯ですよ……」
その逆をしたのが俺たちなわけだが。その話はどうでもいい。それよりもBの小言が止まらない。
でも朝の言う通りな気もする。一方的に嫌がらせを受けて黙っているなんて俺らしくない。朝が言いたいのはやり返そうということだ。相手は上級生。実力もそれなりにある。血みどろの戦いになりそうである。
「ストップです。やり返しちゃいけません。分かって変な方向に物語を誘導しないでください。考えてください。普通の後輩はやり返しません。後輩キャラを演じる以上、いじめられたらその悔しさをバネにいつか正攻法で見返してやろうと考えるべきです」
「へーぇ。そんなもんかね」
「そんなもんです。あと同級生から距離を取られていることも良しとしてはダメです。確かにそういったタイプの主人公もいますよ。それは彼らが距離を取られるだけの特別な何かを持っているからです。例えば高身長でハイスペックイケメンだからとか、暴力的で兇彊俠氣な性格だ、とかですよ」
何人か脳内に候補があがる。その朝がいっているのはあのキャラとこのキャラだ。両方少女漫画のヒーロじゃん。俺とはベクトルが違いすぎる。
「いるよね。そういったタイプ。数少ない理解者と一緒に物語を形作るんだよね」
「そうです。ただし、彼らはとんでもないギャップも抱えているものです。例えば猫が好きとか、甘いものには目がないとか。とにかく愛されるようなキャラとしてできているんです。ですけど、あなたにはその主人公たちが持っているような特殊な才能も技能もなく、ギャップのセールスポイントもありません。君には何もないんですよ」
それは少し違う。俺は「努力」とかいう明らかな廃材スキルをもらって転生したはずだから何もないというのは形式的には誤りだ。




