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拳で語る者

「俺はセザール・ファブリだ。2年生だ。いい勝負しような」

 挨拶をしてきた男は、俺よりも10センチ以上背が高い。上半身の発達具合から考えて、間違いなく格闘家だ。己の肉体が最大の武器というタイプだ。さてどうやって戦う? 制限時間があるのだから逃げ回ってもいいだろう。だけど。

「胸を借りるつもりで行きますから」

 練習で逃げていたら実戦なんて夢のまた夢だ。何よりこれは余興、愚かでも挑むべきだ。


「両者構えて・・・・・・始め!!」


 男は右の拳を突き出す。こちらも拳を突き出して答える。ここからは待ったなしだ。俺は審判の掛け声とともに距離をとる。セザールは顎を引き上目遣いでこちらを見据えている。ボクシングか。そうだとすればあの構えはデトロイトスタイルということだ。


「どうした? 考えてても始まらないぜ」

 軽やかなステップで距離を詰めてくる。立っ端などから考えてリーチも体重も違いすぎる。インファイトでの勝ち目はない。まずは相手の癖や弱点を見極める。左手で顔、右手でボディを守る。

 間合いに入る。一発目は、顔に向けられた左のジャブ。冷静に防御する。防御された途端すかさず右のジャブ、さらに左とボディにも散らしながら延々と繰り返される。ガードが追いつかない。


「セザール選手すごい猛攻だー! パンチに目が追いつかないぞ。挑戦者のオト選手は為す術無しだ。どう思われますか解説のヴォイチェフ先生、一方的な試合になりませんか?」

「そうだね。セザールは驚異的なスナップを持ってる。だけども何とも言えないんじゃないかな。お互いに様子見という感じだし。それにスタイルの違いもあるだろうから」

「というと?」

「セザールは典型的なファイターだけど、オトはそうだね・・・・足もある気がするし、彼は魔術も使うでしょ。何でもありだよこの勝負は。それを忘れると痛い目を見る」

「そしたら私の出番ですね。ヴォイテクは魔術はからっきしですから」

「その時は先生に任せるさ。まあ、万が一にでも魔術を使ったらね」


 いきなりだけど辛い。あちらには俺の防御を崩すつもりなんてないだろう。それにも関わらず対応ができないためガードを上げて顔面を守らざる負えなくなっている。ボディは打たれ放題だ。


「なるほど、ボディは鍛えているみたいだな」

 そう呟いたセザールは距離をとる。結局ストレートは一切も打ってこなかった。どうしたのだろうか。

「何の真似ですか。ボディがら空きだったでしょ」

「それはそうなんだけど俺はファイターだからな、一発ももらわずに勝つというのも味気なくて好きじゃないんだ」

「そうですか」

 個人の哲学だ。口は出さない。しかし、どちらにせよ助かった。でも、これ以上はボディでももらうとキツくなってくる。こちらからやるしかない。


 拳を顔の前に構える。体格は変わらないんだ。相手のリズムさえ崩してこっちの展開に持ち込めばチャンスはある。

「よし」

「変わったな。来い!」


 果敢に前へと進む。狙うのは顔面へのジャブ。右、左、右、右、右と打ち込んでいく。

「当たれ」

「フッ」

 セザールは余裕の表情。無常にもこちらの拳は当たることなく顔面スレスレのところで躱されていく。ガードもされない。レベルが違いすぎる。


「はぁっ!」

 パンチが甘くなったところで、セザールの右がこちらの空いていた顔面に炸裂した。こちらの体は後方へと吹き飛ばされる。蓄積されたダメージのせいで受け身を取れない。俺はそのまま地面へ叩きつけられた。

「ぐはっ」


 視界が真っ暗になる・・・・・・しばらくして明るくなってきた。意識が戻ったのにも関わらず視界が安定しない。グラグラしている。

「スリー、フォー、ファイブ」

 レフリーのカウントが聞こえる。レフリーって・・・・完璧にボクシングだ。別に寝技をしてもいいだろうにセザールはニュートラルコーナまで下がっている。俺は、ありもしないロープにしがみつきながら、カウント8でなんとか立ち上がた。

「そうこないとな」


 場内は歓声に包まれる。両者に対してのヤジも聞こえてくる。悪い気はしない。

「君、大丈夫かい?」

「全然平気ですよ」

 試合はそのまま再開する。


「今のは決まったと思ったけど、立ち上がりましたね。完璧なタイミングで入ったように見えたんだけどなー」

「オト選手は胆力があるわね。今のは普通起き上がれないですよ」

「それに受け身を取ろうとしていたぜ。まあ、セザールもなぁ。ここからが本番だ」


「おっと」

 フラつくぞ。結構足にきてる。足を使ったボクシングはできない。さて・・・・ヒントは得ている。やられたらやり返す。とういう訳で狙うならカウンターだ。アウトボクシングはしない、と誓ったばかりな気もするがこれしかない。


チャンスは一度、渾身の右ストレートをお見舞いする。


 両腕を上げる。一撃に備えつつ相手を狙う、相変わらずのピーカブースタイル。

「ボディは捨てるのか。まだそれだけの体力があるとは大したヤツだ」

「そんな訳ないでしょ」

 余計なこと話す気力も考える気力もない。右の拳を握り直す。確実に当たるタイミングまで封印だ。


「おっと、先に動いたのはオト選手だ。獣のような突進。セザール選手はどうする」

「ラッシュが見れるぞ!」

 セザールの前で歩みを細かくして歩数を調整する。リーチの長いセザールの連続ジャブやフックが先に届く。それをガードしながら少しずつ距離を詰めていく。

「チッ」

 間合いに入ったところでガードを捨ててボディにジャブを食らわせる。嫌がったセザールは下がる。ピッタリとくっついてジャブを続ける。


「これはオト選手が押してますか。どうですかヴォイテク先生」

「今はそう見えるかもね。でも、ボディを狙って何を考えてるか分からないから。保留で」

「へーえ。駄目なんですか。ボディは?」

「別に駄目というわけではないさ。でも、体力のない状態でやることじゃない」

「オト選手には狙いがあると」

「どうだろうね。見てれば分かる」


 スタミナが落ちてきた。パンチの切れが悪い。攻守が変わる。

「遅い」

 しっかりと守り体力を回復していたセザールがいきなりフックを打ってくる。ガードが間に合わない。

「うっ」

 諸にダメージを受けて脳が揺れる。慌ててガードを上げる。すると待っていたかのようボディにストレートが入ってくる。頭が前に出てきたところで打ち下ろすようにストレートが飛んでくる。

来たぞ! 考えるよりも先に体が反応していた。


「なに!? クロスアームブロックだと!!」

 後方に吹き飛ばされながらも俺はそのパンチをしっかりと受け止めていた。俺も反射的な行動で理解が追いついていない。だが、動揺している今がチャンスだ。


 開いた距離を一気に縮める。右手を後ろに引き反動をつける。

 もう少しで俺の間合いだ。だが、反応の早いセザールはこちらの動きを認めると自身もストレートを放ってきた。弾道は狂いなく顔へ向かっている。

だが、ここは────躱さない。そのまま突っ込む。


 セザールのパンチが顔面に入る。しかし、腕の伸びきらない自身の体のすぐ前のパンチには相手を倒すだけの力はなかった。

その相手は、全体重がのった渾身の一撃を炸裂させた。

パンチを貰った男の体は後ろにのけ反る。


「舐めるなよ!」

 しかし、セゼールの方が一枚上手であった。倒れるギリギリのところで踏みとどまったセゼールは、無防備なオトの顔を目がけて左でアッパーカットを食らわせた。

 突然の予想外の反撃に反応できなかったオトは空に打ち上げられた。その体は独楽の様に縦回転する。その一撃は今までのパンチとは比較にならないものだった。セザールは、サウスポーだったのである。


 回転と共に視界に天井が入り、その視界からセゼールの姿が消えていく。意識が遠のいていく。

その瞬間、なぜか右足は体の方に引きつけるように後方に振られていた。

 

 地面に倒れる音がする。平衡感覚がはっきりせず、どちらが天井なのかも分からない。見事なカウンターだった。立ち上がれそうにもない。途切れ途切れに審判のカウントが聞こえてくる。


「勝者、オト・ナナミヤ」


 そして、あり得ない言葉が聞こえてきた。

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