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ロバの大逃げ

「先生たちはランサーのことを呼んでください」

「分かった」


 俺の指示を了解した先生・学生たちは、ウルスノアから逃げるスプリングランサー名前を呼び始める。

 これで良い。俺も捕獲の準備をしなければいけない。


 手綱を握る馬手(右手)を離し、ベルナールから受け取った縄に持ち替える。縄は投げ縄で用いるための結びになっている。逃げた馬を捕まえるためのものだろう。捕獲にはこの縄を利用させてもらう。

 結び目の反対側を右腕に巻き付けつつ、集団から少し離れる。スナップを効かせて縄を回す。ランサーは言葉に従い先生たちがいる方に走って来る。その後をウルスが追いかける。作戦開始だ。


 左手からやって来たランサーが芝を巻き上げながら目の前を通り抜ける。次いでウルスが来る。今だ、縄を投げる。

 投げた縄の先、走りこんで来たウルスの首に縄が引っかかった。

 首に当たったものに気がついたウルスと目線が交差する。縄が伸びていく。


「勝負だ、ウルス。────素子統一(アコード フォー)


 右腕から縄にかけて魔力が行き渡っていく。ウルスの体重は1トン近いだろう。純粋な力比べでは勝てない。ならば魔術に頼るのみだ。変化の魔術で腕と縄を金属に変化させ、強度を補強する。

 縄が伸び切り、ウルスの力が右腕にかかる。鐙を履き直して左足に体重をかけ、フィリアと一体になって対抗する。


「うっ・・・・」

腕の力を使い、ウルスをこちら側に引っ張る。フィリアも体が持っていかれないように踏ん張っている。

とんでもない力だ。縄を巻き付けた右腕が締め上げられ、縄が肉に食い込んでいく。このままだと千切れる。

左手も加え、両手でこちら側に引き込んでいく。状況を飲み込んだウルスの力はさらに増す。腕が大丈夫だとしても肩が壊れてしまいそうだ。こればかりはどうしようもない。


 だが、それは負けて良い理由にはならない。というより、”負け=死”の図式が成り立つこの状況、何が何でも負けるわけにはいない。


「負けるかよ!」


 グアアァァ。

 ウルスの雄叫びが、響き渡る。その声と共に腕にかかる力が突然抜けた。

 さすがに首が絞まるのは堪えたのかウルスの動きが止まったのである。ものすごい力だった。思わず肩が抜けるかと思った。地面がえぐれている。ウルスに引きずられながらもフィリアはよく耐えた。首筋を撫でる。

 いい加減、スタミナも切れただろう。このまま捕獲だ。

 無理をさせたフィリアもランサーも先生に掴まり、落ち着ている。一安心だ。深くため息をつく。


「やったな!」

「おかげさまで、それより落ち着いている間に捕獲しましょう。暴れだしたら大変です」

 先生たち学生も頷いている。そもそも、この学園に入学できている時点である程度の実践的な戦闘力は持っているはずだ。本当に危なくなったらすぐに逃げるはずだ。

 ということで俺は休んで良いよね。それと一緒に功労賞をもらえるはずである。あればの話だけど。


 ガオオオォォッ!


 唸るような叫び声が響き渡る。学生たちの顔がみるみるうちに絶望の色に染まっていく。右手に力がこもる。


 どうやら俺たちはウルスを舐め過ぎていたようだ。ウルスの方を振り向く。


 ウルスは復活している。

 息を吹き返したウルスは鋭い爪で金属のように硬くなっている縄をいとも簡単に引きちぎる。蜘蛛の巣でももっと耐久力がありそうだ。シャレにならない。

 そしてこちらに向け、進撃を開始する。狙いは俺たちだ。右手を素早く鞭に持ち替え、右腕を高く突き上げフィリアに合図を出す。


「すまない。もう少しだけ付き合ってくれ!」

 オキーッ!

 返事をするようにフィリアが甲高くいななく。


「待て、逃げてどうする。ブレアもランサーから降りろ!」

「そうよ。死ぬわよ!」

「心配いりません! すぐ帰ってきますから」


 集団からできるだけ離れるために誰もいない最果ての地を目指し走る。ペア揃ってペットフードなんて洒落にならない。

 命を懸けた大逃げだ。相棒はロバ、フィリアだ。


 両足の右指で鐙を踏み、可能な限り空気抵抗のない前傾姿勢をとる。行く手を阻むのは何もない。あるのはわずかに起伏のある青い芝のみ。

 無限のスタミナを持つウルスは追撃の手を緩めない。対してフィリアは手ごたえが鈍くなってきた。速力だって、ウルスの方が上だ。普通に逃げていればすぐに捕まる。

 だからこそ、工夫が求められる。コースの選択権は俺たちにある。いくぞ、フィリア。手前を変えながらフィリアに指示を出す。


 背中の目でウルスの息を感じる。まだ来ている。

 ここから暫くは長い下り坂だ。下り坂はセーフティーゾーンである。足の短い熊は下り坂を速く走れない。

 これまでも基本ギザギザ逃げながら、追いつかれそうになれば下り坂の方に向かう。その僅かな下り坂で引き離し、なんとかマージンを得ている感じである。

 ただし、残念ながら地の果てまで下り坂という訳ではない。いつまでもこのような戦法は取れない。幸いなことにこのような状況で走る気をなくすようなことはない。すでに手前を変える余裕もない。鞭はいらない。


 しかし、2キロ以上逃げてきた。ここで撒ければさすがのウルスだって諦めるはずだ。

一杯のフィリアには頼れない。俺が何とかしないといけない。ウルスには魔術は効かない。必然的に選択肢は一つになる。鞭を腰に仕舞う。代わりに弓矢を持つ。これで戦う。


 矢を二本取り出す。普通に矢を放っても反射神経の良いウルスには(あた)らないことは分かっている。ウルスの予想を反することをしなくてはいけない。


二本の矢を弦にかけ、弓に押し当てる。こうしておけば、矢が弦から落ちることはない。下り坂が終わり、ウルスが一気に距離を詰めてくる。


今だ。腰を反時計回りに回しながら弓を引く。


「もらった!」


 ウルスは反応できない。放たれた矢はその巨大な体に突き刺さる。ウルスの脚が鈍くなる。

 よし! このまま逃げれば・・・・


 足の下がグラりとする。フィリアの体が左に傾いていく。

「不味い」

 思った時にはもう遅い。鐙から足が抜けバランスを保てなくなった体は地面へと落ちていく。地面が迫る。受け身がとれない。

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