ランサー危機一髪
追われる身の馬たちは、モンスターを引き連れたまま、生徒たちが授業を受けている方向に逃げていく。その後を追いかけるように元競走馬のスプリングランサーは猛スピードでターフを駆け抜ける。
「止まれ、ランサー!」
停止するように声を張り上げても無視される。ランサーは仲間に危害を加えようとするウルスを追い払おうしているのだ。本気そのもの。手綱を取って直接御さなければ言うことを聞かないだろう。そのためには、追いつかなければならない。しかし俺がまたがるフィリアはロバだ。至難の業である。
競走馬かそうじゃない馬かでも、エンジン性能にはスポーツカーと乗用車ほどの差がある。軽自動車のエンジンであるロバではなおさら太刀打ちできない。捕まえるなんてのは夢のまた夢だ。
それでも俺の鐙は位置が結構高い。しかも乗り方は競馬で使われるモンキー乗りと天神乗りの中間のような乗り方だ。前傾姿勢で空気抵抗をできるだけ減らしている。おかげでフィリアにとってはかなり走りやすいはずである。
対してランサーに乗るブレアはスリーポイント。走りにくいはずだ。
それにもかかわらず、ランサーには追いつけそうにない。フィリアの倍近い速さで走り、こちらとの距離をぐんぐん引き離していく。
逃げる馬たちは人ごみの中に突っ込んでいく。大半の学生たちはすぐそばまで差し迫った脅威に気が付いたようだ。あちこちから悲鳴が上がる。刺激されたウルスは、標的を人間に変えた。
馬に乗っている学生たちはそれぞれ逃げ惑う。しかし、何人かの生徒と教員は逃げることなくその場に残った。Cグループのメンバーである。
Cグループの学生は、馬に乗れないため逃げられなかったのだ。遠くの方で馬で逃げた学生たちが残った学生たちのことを固唾を飲んで見守っている。
なぜ戦わずに逃げるのかといえば、ウルスノアに魔術は効かないからだ。そのため戦うためには武器が必要である。しかし、今の彼らには武器どころか防具さえない。防具を纏わぬ人間なぞ、ウルスにとっては格好の餌食である。
ウルスは獲物を決めるために動きを止めた。学生たちは逃げても無駄なことが分かっている。だから集団になって狙いをつけにくくしているのだ。
迷っている時間はない。鞍に腰を下ろして、鞭と縄から弓矢に持ち変える。
こうなれば、ウルスノアが人や馬たちに危害を加える前に倒さなければならない。騎射のやり方は知っている。しかもフィリアはロバだ。つまり側対歩である。上下運動が少ない分、狙いがつけやすい。条件は揃っている。ただ実践が初めてなだけで。
左手で弓を持ち、矢筒から矢を二本取り出し、そのうち一本を弦にかける。
鐙を深く履き、体を起こす。弓を引くために立ち上がり、体を真横にひねる。
ダメだ。芝の根付がよく深いため、なかなか安定しない。鐙革が短すぎるのだ。
そんなこんなで苦戦していると、ランサーがいななきながら、ウルスめがけて突撃している。ウルスも突然現れた敵に動じることなく応戦する。誰の目に見ても肉食獣であるウルスの方が上だ。そもそも、ウルスは騎士とか上級の冒険者のような一部の人にしか倒すことのできない厄介な敵だ。張り合おうとするのは無茶がある。
うまく狙いが付かず、落ち着けないでいるとフィリアが脚を止めた。
ピッタリと静止している。まるで俺が求めていること分かっているかのようだ。少しだけ、前に進ませる。
ゆったりと揺られているとだんだん冷静になってきた。そうだ、体が安定しないのは、ギャロップだったからじゃない。心が落ち着いていなかったからだ。
逸ってはいけない。大丈夫、俺ならできるぞ。
もう一度、ウルスノアの方を見る。なんとも巨大である。4メートルはあるだろう。大きな的である。考えてみれば外すはずがない。
フィリアを横に向け、足の中心で鐙を履く立ち上がる。
深呼吸をし、息を吐きながら弦を押し開く。
真っすぐ狙いをつけ、そのまま矢尻が上を向くように上体を反らす。
距離はおよそ90メートル。普段なら余裕で中てている距離だ。中る未来を逆算するように高さと距離を考慮し、仰角を取る。
狙いが決まればあとは余計なことは考えない。機が熟せば自然と矢は離れていく。
「エィッ」
右手を開いて矢を飛ばす。思わず矢声が出る。
放たれた矢は、反時計回りに回転しながら放物線を描き、標的の眉間に吸い込まれていく。
よし、中り・・・・・・!
矢は標的目掛けて一直線に飛んでいった。しかしウルスは、飛んできた矢を造作もなく。左手で弾き飛ばしたのだ。弾かれた矢は、2つに折れて地面に転がる。
なんてやつだ。距離が離れて威力が落ちているとしてもそんな簡単に打ちを落とすことのできるものではない。やる気のないこの弓だとしても200キロ近い時速が出ているはずだ。傷くらいつけられるかと思ったがそう簡単ではない。
ダメージを与えるためにはもっと近づかなければいけない。
幸運なことに一瞬で状況を飲み込んだウルスノアは、こちらに向け突進し始める。集団から離れた獲物を狙うのは狩りの常識だ。
こちらもフィリアに合図を出し、少しだけ前に進める。
ウルスとの距離が近づくほどフィリアの脚が重くなる。無理はさせられない。もう一度、ウルスが左手に来るように方向転換する。
残ったもう一本の矢の矢筈を弦にかけ、弦を引き分ける。
距離はぐんぐん近くなる。フィリアが震えているのが分かる。両者の間は20メートル、ウルスはさらに加速した。
しっかりと引き付け、5メートルまで近づいたところで矢を射る。
だが、ウルスは眉間めがけて放たれたこちらの矢を既の所で回避し、そのままフィリアの後ろ脚に向け噛み付いてきた。
たまらず、フィリアは走り出す。こちらも既の所で回避する。
素早くウルスはこちらの方に向き直る。追撃の姿勢だ。俺たち以外眼中にないようだ。
そのためだろう。どうやら背後から迫っていたものに気が付いていないようだ。
ウルスの背後から、風に付いたランサーが現れる。ウルスを上回るスピードで走り込んできたランサーは、前傾姿勢になっているウルスの顔を踏みつける。
・・・・不発だ。ウルスはギリギリで反応して躱した。ヒットアンドアウェイで戦うランサーはすぐに距離を取る。不意打ちに怒った様子のウルスは唸り声を上げランサーの方を向く。意識がそれた。
「ナナミヤ、お前何してるんだ!」
ジョーンズの驚きの声が聞こえる。俺も驚いた。
自分勝手に走っていたフィリアは、Cグループの学生たちの近くまで来ていたようだ。見覚えのない二頭のポニーがいる。さっき話していた逃げた馬だろう。怪我はなさそうだ。
「先生たちは早く馬に乗って逃げてください。ここにいれば巻き込まれます」
「分かってます。でも、馬に乗れない生徒もいるし、何よりあなたとブレアはどうするの?」
ブレア? そうだ。ブレアはまだランサーに乗ったままだ。ランサーはかなり暴れているが、ブレアはしっかりとバランスを取って乗りこなしている。人馬一体になっている。
しかし、落馬すれば命の保証はない。いい加減降ろさないと。
「ランサー! こっちだ!」
声を張り上げてランサーのことを呼ぶ。ランサーの方も声に従い進路をこちらに向ける。
「ちょっと待て、こっちに読んだら俺たちの命はどうなるんだ」
「そうだよ。先生たちと違って逃げられないんだよ」
学生たちがめいめい喚き立てる。
「安心して。すぐに追い払うから。先生、ブレアを頼みます」
「お前はどうする気だ?」
「捕獲します。ウルスノアを」




