”毎日”が”エブリデイ”で、”エブリデイ”が”毎日”
雲一つない澄み渡った空。太陽は真上に昇っている。引くほどに天気が良い。こんな日には何かしらの事件が起こるものだ。今までのデータからいえば、ほぼ確実に。異世界の定石的に行っても間違いない。よりによって馬に乗る日だというのに。間違いなんて起きて欲しくないものだ。
・・・・考えすぎだな。何が異世界の定石だ。俺が普通に異世界転生していたら、こんな目立たない凡人みたいな生活を過ごせているはずがない。パッとしないんだよな、俺の毎日。これで俺が主人公なら作品として崩壊している。普通の物語なら何も起こらない日が毎日のように繰り返される。そんな”毎日”が”エブリデイ”みたいなことが起きるわけがない。
もはや何度繰り返された分からないその感想をノルマのように今日も考える。
「無益な人生だ」
久しぶりのイベントに備え、盛大なフラグを立てておく。その実、そのようなフラグが無駄になることは心のどこかで気がついている気がする。
邪魔をする者のいない彼はポツンと独り、空を見上ている。ここで物語の主人公なら、「吸い込まれそうな綺麗な空だな」とか考えているはずだ、とか考えている。しかしながら、平凡な日常に精神をすり減らされた彼には、そのような呑気なことを思う余裕がないのだと信じている。
実際のところ彼の生活というのは、毎日のように常人とは異なった常識を披露して授業担当の教員の度肝を抜き、一方的に上級生から可愛がられているのだから何も起きていないわけではない。自分の感覚が麻痺しているだけなのだ。あまりにも一度に多くのことが起こりすぎて感受性が痙攣を起こしているだけである。
だから、小説の主人公としては何も間違っていないのである。ただあまりにもイベントが多すぎて、物語が一向に進まないという欠点があることにも気がつけていないのだ。これがもっとしっかりとした主人公なら状況把握と管理を卒なくこなし、イベント量を調節できているはずなのだ。要するに今の彼は、主人公としての実力も努力も足りていない未熟者なのである。
そのため、”毎日”が”エブリデイ”とか言っているが、実際は逆で、何も起こらない日が一日もないのであるから”エブリデイ”が”毎日”なのである。彼にしてみれば”毎日”も”エブリデイ”だし、”エブリデイ”も”毎日”なせいで今日が”エブリデイ”なのか”毎日”なのかが分からなくなっているのだ。
さてと、6月とはいえ昼時になると運動着だけでも意外といけるようになる。この国が北半球にあって助かった。南半球なら今頃、級友に向け雪玉を投げつけていただろう。のっそりと立ち上がる。
朝から座学続きで足が麻痺して来たから、運動するには丁度良いくらいだ。この授業は選択必修の講義で3組の一部と4,5組の学生のうち「馬術」の履修希望を提出した学生たちが受講する。参加資格のある3組の一部と,4,5組の学生は合計で62人ほどいるが、この授業は選択でありながらも60人近くの学生が参加している。
この授業では馬に乗る必要があるため、広い牧草地である屋外C演習場で行われる。そのすぐ近くには学園名物の通称”隠者の森”がある。
馬場は特段荒れておらず、芝の状態は「良」だ。俺たちは一年生ということもあるのか、遠巻きに囲むように仮柵が設けられており、授業を手伝う教員助手たちが外側でスタンバイしている。放馬したときに空馬を捕まえ、生徒が怪我しないようにするためだろう。金と人のかかっている授業だ。それでも、学校にとって、授業を開講するメリットが有る。
それは、この世界で馬に乗れなければ、上流階級の人達と交流できないということが関係している。例外はなく、貴族の姫君とかお坊ちゃまであれば尚更身につけておく素養の一つなのだ。上流階級の大人ならば当然に馬を操れるはずだし、そのための歩法を身に着けた儀仗馬も飼育している。
中世社会とはそのような世界だ。馬に乗れませんといえば奇異の目で見られるため、多くの学生は履修せざる負えない。仕方がないのだろう。貴族ならなおさらだ。学園にしても出身生が馬に乗れなければその学生の活躍の目を摘むことになりかねないことを理解している。卒業生が馬術をおさめていることは延いては学園の名誉にも関わる。学生と学園の思惑が一致しているため、豪勢な授業になっているのである。まあ、貴族の子女を怪我させれば大変なことになるから仕方がない。
「指定されたグループに分かれて先生の指示に従ってください」
授業補助の講師が演習場に集まっている学生たちに指示を送る。この馬術の授業では、学生を実力ごとに3つのグループに分けて行う。入学試験での結果を元におさめている実力に応じてA、B、Cと振り分けていくのだ。
先程も述べたが、この世界では騎乗術は必須の技術である。特に貴族は、気品の高い馬を優雅に乗りこなす必要があるため、幼いころから英才教育的に騎乗術を学ぶものである。そのため、Aグループに所属するほんんどの学生は貴族か裕福な名家であり、自分用の馬を持っている。馬がないと生活できないような田舎に住んでいる者も混ざっており、一概にそうとは云えないのだけど。そのような傾向がある。
アビゲイルがBグループの手前、Aグループの実力はそれなりのものなのだろう。ちなみに俺はCグループだ。栄光の一番下のクラスである。さて、どれくらいの実力を持った子たちが揃っているのであろうか?
指定された先生のもとに進んでいく。うーむ、14人だ。その内9人が女子。運動神経の悪そうな子が多い。嫌な予感がする。もしかしてだけど、馬に乗ったことないまでもあり得るぞ。頭を抱える。それでも、俺より入試での馬術の成績が低い人はいないのだろうから、文句は言えない。
あっ、ブレアがいるじゃん。良かった。この中で知り合いがいないというのは中々辛い。手を上げながら近づいて行く。
「いたんだ」
「ブレアもね。不思議と縁があることで」
ペアを作ることを求められたため、談笑しつつ、そのままの流れで準備体操を一緒に行う。ブレアとの準備体操もお馴染みになってきた。背中を借りるとブレアは女の子ではあるが筋肉質であることがよく分かる。それでいて筋肉に柔軟性もあるため、近接戦闘を得意とするとタイプの戦士だろう。この感じ少なくとも魔術師ではないことが分かる。ヴォイテクのことは忘れよう。あれは例外だ。
「体操は終わりましたかね」
「終わったペアから順に馬を受け取るように」
授業を担当するらしい40代くらいの男性と20代の若めの女性の声が芝生に響き渡る。横のグループでは、教員の自己紹介が行われている。明らかに早い。息をつく暇さえない。このことを当然に不思議に感じる子もいる。
「先生、自己紹介はいらないんですか?」
見覚えのない女の子が声を上げる。3組か4組の生徒だろう。しっかりとしていそうな子だ。同じ気持ちを持っていただろうCグループの生徒たちも同調するように首を振る。
だが、男性の方の教員がキリッと睨みつけた。
「お前たち名乗る必要はない」
正しく言い捨てた。
ほえ・・・・騒然とする学生たち。いや、当の男性以外はみんな驚いている。厩務員の人も若い女性の先生もだ。予定にない行動ということか?
「ジョーンズ先生、名前くらいは・・・・」
「不要だ。その程度のことはシラバスでも読んでいれば分かるはずだ。そんなことよりも、俺たちの仕事はここにいる馬の乗り方も知らない14人を格好だけでも乗れるようにすることではないのか」
やはりそうだ。ここにいる学生たちは騎乗経験がないか、とても下手なようだ。きっと、馬に乗らなくても生きて行くことのできる都会出身の子たちなのである。場違いな俺は田舎者だ。
しかも教員は強権的と来たものだ。自分のせいとはいえ大変なところに放り込まれたものである。
反論する余地もなく学生たちはすぐさま一列になった。




