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次回、「拳で語る者」。

 秩序良く並び歩くその背中には将来への希望が溢れ出ている。本当、若いっていいよね。

 若々しい彼らは、教師の先導に従い二列になってクラスごと順にホールへと入っていく。そんな彼らを二階のギャラリーにいる先輩たちが盛大な拍手が迎える。ここが入学式の会場だ。うちのクラスは、最後だから5組なのだろう。その最後尾を歩くのが。


「若いのう。この学年は真面目なのが多いんだな」

 この爺さんと同じ判断力かよ。それはともかく。殿はベッカー先生。きっと祖先がパン焼き屋だ。体も大きいし。

「ベッカー先生って魔術学の教員なんですよね」 

「おお、そうだぞ。そしてお前たちの副担任でもある。せっかくだから、俺のことはヴォイテクと呼んでくれ」

 何が折角なのか分からないけど。せっかくだからヴォイテクと呼ぶことにしよう。ちなみにヴォイテクが身につける魔術教員のマントは赤い色を基調としている。

「分かりました。そしたら行きますか」

「行ってこい」


 なぜか送り出す言葉をかけるヴォイテク。あなたが最後尾を歩くんですよ。しかし、進んでいく一団をよそ目について来ない。入り口の後ろでこちらに向けて手を振っている。サボる気なのか。

(何してるんですか)

(頑張ってこい)

(ちょっと)

 これは完璧に職務を放棄しようとしている。他のクラスの副担任は自分のクラスの後ろに立っているというのにこれでは目立ってしまう。

「仕方がないですね」

 俺は、入り口の方に引き返す。

「どうしたんだ。トイレか?」

「いいえ。ヴォイテクがサボってないか監視することにしました」

「なんだそれ」


 吹奏楽の荘厳な演奏が終わると、学長や国王らの式辞や祝辞が述べられていく。代わり映えのしない入学式だ。そもそも、なにゆえ入学式だなんてものがあるのだろうか。中世ヨーロッパの伝統ならこんなものは行われていないはずだ。世間話に花を咲かせるしかない。

「うちの学長って何歳なんですか」

「えーと。120歳に近いくらいじゃないのか。魔術教員だから結構年いってるな」

「へー。ところで先生はいくつですか」

「24歳」

 おっと。あからさまな嘘。喋り方は若いけど、見た目的には50はいってる。本当に24なら切腹する。

「いや、それってハリエット先生の年ですよね。聞きたいのはヴォイテクの年齢。それに女性の年齢をそんな簡単に教えていいんですか」

「若いし大丈夫だろ。ちなみに誕生日は如月の14日だな」

 なるほど、2月14日か。バレンタインデーだな。

「追悼ミサの日ですね」


「そうそう。ここだけの話、ハリエットは昔、騎士をしてたんだが、あまりにも勇猛に戦ったために第二洗礼名をバレンタインにしようという話が出たことがあったぞ」

「そんなことがあったんですね。男性勝りの戦い方だったんですね」

 なお、第二洗礼名とは、成人後につけることのできる洗礼名だ。この名前は自分で好きに決めることができるのだがあまり一般的ではない。逆に、歴史に名を残すような人物であれば強制的に押し付けられることもある。この場合後者なのだろう。


「あれ、というより騎士なんですか。ハリエット先生って」

「元だけどな。それに騎士といっても竜騎士だからな。通り名は”ムーンラっ・・・・”」

 おっと、話題の人であるハリエット先生がこちらのことをじっと睨みつけている。もしかすると聞こえていたのかもしれない。二人の間でしか聞こえないような声の大きさ話していたつもりなんだけど。さすが竜騎士である。

「あはは。ここまでだな。これ以上は本人に聞いてくれ」

 それにしてもすごい。竜騎士なんて初めて見た。竜騎士といえば、騎士の中でも一握りしかなれない特殊な人々である。後でサイン貰ってこよう。


 そんな話をしていると、新入生総代の宣誓が始まった。もちろんアビゲイルだ。

「今年は女の子か。後でお前と組む子だな。緊張しているが立派な挨拶だ」

「知っていますよ。彼女、私の妹ですから」

「またまた。あの子はストックウェル家の子だぞ。お前は名簿上だとオト・ナナミヤだった気がするんだが」

「そうですよ。僕は、オト・ナナミヤです。ただし、ストックウェル家の養子に入っているので正確にはオト・ナナミヤ・ストックウェルです」

 とはいっても父であるマシューの実家に気を使ってストックウェルとは名乗らないのだが。マシューだってストックウェルという姓を捨てていた時も有ったようだし。


「彼女とは寮も相部屋です。兄妹割引で安くなってますから」

「そうか。うん。でも部養子なんだろ。部屋は別な方が・・・・・・」

「うん?」

「なんでもない。気にしないでくれ」

 隠されてしまった。何を言いかけたか気になるな。知っているふりしていれば良かったかもしれない。全く聞いていなかったが堂々としたアビーの挨拶は終わり合奏が始まった。

「この演奏が終わったらいよいよ出番だな。ウォーミングアップは手伝わなくていいか?」

「一人でできます」

「期待してるぜ」

 掴みどころのない人。俺はどこに行けばいいんだ。


 式典は無事閉幕。演奏に合わせて学生たちが退場してくる。ここから彼らは二階のギャラリーにて先輩たちの出し物を見物することになるのだ。そして。俺は係の人らしき上級生に捕まって仲間の元に誘導された。

「びっくりだよね。まさか俺たちも出し物の中に入っているとは」

「うん」

「そうかもね」

「これもなにかの縁だし自己紹介すると、僕はオト・ナナミヤ。5組に所属していて最下位で入学したみたいだね」

「・・・・・・」


 集められた新入生3人。選ばれし見世者たちだ。俺以外の二人は黙っている。しばらく沈黙が続く。名前すら名乗ろうとしない。人見知りのアビーはともかく、もう一人は緊張が伝わってこない。覇気がないのだ。

「アビー、君の名前は?」

「アビゲイル・ストックウェルです。ルクソン領のエダ村から来ました」

「そして僕の妹です。ちなみに君のお名前は?」


 迷子のアナウンスのようなことを伝えるアビーと、何を考えているのかわからないもう一人の子。その髪から肌まで全体的に白っぽい子に名前を聞く。

「なまえ? ・・・・ブレア」

 名前を名乗るなり、そっぽを向いてしまった。雪のように掴みどころない子だ。触れれば溶けていきそうである。女の子だろうか。どっちだ。姓なのか名なのか。名前と言っているから名の方か。断定できない。

「ブレアだね。よろしく。そしてもう一つのお名前は?」


「?」

「?」

 ブレアの頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいる。どうしよう。多分俺の頭の上にも同じものが浮かんでいる。こんなとき人見知りのアビーは役に立たない。じれったい。俺が切り込むしかない。

「姓の方は何ていうの?」

 ブレアの方をじっと見て問いかける。相手もこっちを見つめ返す。この感じ、どこか既視感があるな。いつだっけ。もしかすると、俺の前世か? そんなことを考えていると。あちらから話してきた。


「姓は分からない。お母さんから教えてもらってないから」

 どういうことだ。話が分からない。姓なんてものは嫌でも親から受け継ぐものでもらうことなんてそんな特別なことは・・・・。

「お父さんと同じものつけたいみたいでお父さんの名前が分かれば分かるんだけど」

 どうしよう、意味不明だ。複雑な家庭なのかもしれない。今暗い雰囲気になるのはあまり良くない。取り敢えず、話をこれ以上深堀するのはよしておこう。


「そうなんだ。ところでブレアって趣味とかあるの?」

「趣味? ないよ。それよりも、順番どうするの?」

「順番?」

「僕ら次が出番でしょ。3人のうち誰から行くのか決めておかないと」

 俺たちの戦いの舞台は次に迫っていた。


「さてさて、本日のメインディッシュ『新入生親善試合』がやってきたね。司会は引き続き、放送部3年のアリアンナがお送りしてくよ」

 先程まで新入生たちがいた場所には四角いリングが出来上がっている。あそこで上級生と戦うのだ。審判をする教員に次いで俺たち3人と対戦相手の3人がリングの上に集められた。場外からは様々な声が聞こえてくる。皆興奮しているようだ。熱気が伝わってくる。


 審判がルールを説明する。

「本戦は勝ち上がり戦です。試合時間は10分で1対1で戦い相手を降参させたほうが勝ちとなります。攻撃の手段は問いません。ただし、1秒以上のダウンが累積3回以上、10秒以上のダウンは一発負けになります。また、魔術等によりその場から5秒以上動けないときはバインドとなり累積3回、15秒継続で一発負けとなります。さらに、場外に出て20秒以内に戻れないときも違反となり負けになるため気をつけてください。それでは、健闘を祈ります」


 相手陣営は、自分のサイドに引き上げ始めた。それを見てこちらも自らのサイドに引き上げていく。するとそこに。

「それでは選手にお話を聞いてみましょう。それじゃあ君」

 司会をしているアリアンナが近づいてきたではないか。声の大きさを増幅させる術式を埋め込んだ手帳を持っている。何を聞く気だろう。


「こんにちは。お名前を教えてね」

「オト・ナナミヤです」

「へー。面白い名前。アズマ族の名前かな」

「多分そうですよ」

「それはすごいね。君はこの学園に入学したけれど将来は何を目指しているのかな」

「将来ですか。騎士にでも成れたらいいなと思ってます」

 会場がどよめいた。

「かっこいいじゃん。ところで君は何番で合格した子かな?」

「最下位でしたね」

 再び会場がどよめき。笑いが巻き起こった。


「マジかよ。信じらんねー」

「冗談きちーぜ」

「騎士ってあんなちっこっくて成れるのかしらね」

「宮廷騎士なら成れるのではなくて。私の家なら雇ってもいいかもしれないわ」

「宮廷騎士とか、・・・・そもそも騎士になるお金もあるのか怪しいぞ」

 止めどなく、ネガティブな言葉が聞こえてくる。確かに、この学園を出たからといって全員が騎士になれるわけではない。それも教会騎士や地方の城付きの騎士になる人もいる。俺が目指す国家騎士はかなり難しい。


「そうなんだ。ところでオト、もし学園を卒業するとき騎士に成れなかったらどうするの? 従卒として働いて騎士を目指すのかい?」

 アリアンナが次の質問をぶつけてきた。テンションの割に彼女からは悪意というものは感じられない。興味本位からくる真摯な質問だ。

「それは考えてます。そのときは楽士として旅芸人をするつもりですよ」

「なるほどね。楽しそうじゃないか。それじゃあ試合頑張ってね」

 アリアンナが離れていく。旅芸人には触れないのか。アーロンから聞いたのだがうちの両親は、訳あって二人でこの仕事をしていた時代があったらしい。だから個人的にはすごい仕事だと思っているのだ。まあ、宮廷騎士志望と呼ばれて馬鹿にされてる時点でという話か。


「君たち二人は出番のときに話を聞くね」

 アリアンナが飛び跳ねるようにギャラリーの司会席に帰っていく。というより、アビーとブレアがステージの外にいるではないか。押し付けられた。なるほどこれは俺が先鋒で確定ということか。センターの方に向き直る。


「騎士になりたいのか。大変だぞ」

 対戦相手の素手の男性が話しかけてきた。いや、拳に包帯らしきものを巻いている。

「分かってます。それでも目指したいんです」

「本気だな。そうか」

 俺の手元には腰の後ろに差してあるダガーしかない。ご存知の通り、アンソニーの真似である。

「オト、弓矢借りてきたら?」

 戦い方を考えている俺にアビーが消えそうな声で尋ねる。それに手を振りながらこう返した。

「大丈夫さ。それに騎士を目指す人間がそう簡単に弓矢に頼るのは情けないから」


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