学園モノに貴族が登場しない。それはどうかなと思う
「きっと兄です。兄もこの学園の卒業生なので間違いないと思います」
「ですよね。先輩の妹さんですか、似ていますよね雰囲気とか。何より『ストックウェル』って珍しい姓ですし、公爵家の姓でもありますから」
エニッドは嬉しそうに話す。それも当然かも知れない。この国でストックウェルと云われれば侯爵家を思い浮かべるであろう。ストックウェル家は800年以上続く名家である。カイネウス大戦の際には諸侯をまとめ上げ、この国の独立に貢献した伝説の英雄を輩出した家だ。そのおかげで今でもファンが多いことで有名である。
しかも、ストックウェル家は現在でも公爵家として国家運営を担っている。一定以上の教養を持ち合わせている人ならばこの名前を知らない者はいないだろう。
アビゲイルも笑顔で返す。内心はビクビクだろう。
どうしてそのような名前をアビーが持っているのかといわれると・・・・・・色々あるのだあの両親には。これは養子の俺が口を出すべき問題ではない。しかし、本音を言えばアビゲイルだけだとボロが出そう。この子口下手だし先に返した方が良いかもしれない。
「まあ800年以上、続く家なら分家とかも多いでしょうし。ところで本物のというと違うかも走れませんが、貴族でストックウェルの家の人っているんですかね、うちの学校」
「うちの学年にアンドリュー・ストックウェルって人がいますね。キングレット公の孫で継承順位が第4位だから結構血筋も良いんですよ。というよりロッテの方が詳しいよね」
「一応、家族ぐるみの付き合いもあるし幼馴染だからね」
話を振られたシャーロットは自分の髪の毛を撫でている。風にのって柑橘類の甘い匂いがこちらまで漂ってくる。知っているこの流れ、溢れそうなため息を喉の上で止める。
「もしかしてシャーロット先輩ってお貴族様ですか?」
「一応ね。紹介が遅れました私はシャーロット・グロスモントと申します。ところでストックウェルって地名由来の名前だけど西部出身なの? 繋がりがあったりする?」
時間が停止する。まだ太陽が出ているにもかかわらず、あたり一面に宇宙が見える。星々がギラギラと輝いている。失礼と、断ってから二人の貴婦人に背を向ける。
あっーーーー! さり気なくとんでもないことを言い放ちやがりなされた。予期していた答えの更に上。アビゲイルがこっちを見てくる。全く同じことを考えているに違いない。泣きたい。今までのすべての態度を反省しなければならない。
心の中で宗教の勧誘かな、とか失礼なことを考えていたのが馬鹿らしくなってきた。いや、馬鹿にしちゃいけない。喝上げの方が十倍マシだ。
グロスモントと云えば王家から分派した大公の家である。大公とは最上位の貴族の称号。シャーロット様も隠してはないにせよ、伝えるつもりはなかったのかもしれない。どこかの女の子が聞かなければ。しかも、諦めたのかブラックボックスをストレートに聞きに来た。
早くこの場から逃げたい。今すぐに。それなのに質問という釘を刺されて動けなくなったのである。彼女の感じ、軽く聞いている振りをしているが、こちらの情報を引き出そうという魂胆が見えう。絶対計算づくだ。
ちなみに、新興宗教の勧誘をするときに「自分たちは宗教の勧誘です」といって勧誘する人たちはいない。いや、自分の宗教によっぽど自信を持っているときのような例外もあるけど、別な目的を提示して勧誘するものである。だからセミナーというものは注意しなさいといわれているのだ。
そうじゃないでしょ! 今はそんなどうでも良いことを考える時じゃなくて、目の前の問題と向き合う時だ。現実逃避するな。
失礼しましたと謝りながら二人の方に向き直る。覚悟を決め・・・・。
いや、無理だ。不自然に吊り上がった口角が落ちない。まるで自分の顔じゃないみたいだ。一番聞かれたくない話題を一番誤魔化しにくい相手に聞かれている。ダブルパンチとはこのことである。よし、上手い答えをするのはやめだ。不自然でもいいからとにかく話を切り上げよう。
「関係ないです。うちは東部の片田舎の農村の下級役人の家だから、そうだよね」
「そうです。貴族とは全く関係ないですよ。何代遡っても全く貴族は出てこないと思います」
アビゲイルも同調する。言い過ぎな気もするけど、アビーがそう言うならそうなのだ。乗るしかない。たとえスモールウェーブでも。
答えを聞いたシャーロット先輩はどこか納得行かない様子で腕を組んでいる。追撃はなそうだ。最低限の回答はしたといっていい。これ以上は話す義理もないし、さっさと本題を聞いてみよう。本題がこの話題じゃないことは分かりきっている。
「ところで今日はどういったご用件ですか? こんな話をしに来たわけじゃないですよね」
肌の白い女の子が「あっ」みたいな顔をする。さては要件を忘れていたな。しっかりして下さいませ。本当にもう心臓バクついているんだから。いくら学生特権があるとはいっても、それが通用しない化け物が目の前にいる。生きている心地がしない。
「そういえば名前もまだでした。私は3年のエニッド・オースティンです。文学研究会っていうサークルに参加しているんですけど、少し聞きたいことがあって参りました」
なるほど、それで本が好きなのか聞いてきたのか。ポンと手を叩く。繋がったな。
「率直に聞きます。オトさん文学研究会に入ってもらえませんか」
はい来ました。ドンピシャ。予想通りの質問だ。さて、どう答えたものか。シャーロット嬢に入りなさいといわれたら入らなければならないだろう。だが、真面目な話、提案に魅力を感じないわけではない。
でもなあ、俺の夢は騎士になることだからな。そのため馬術部に入るつもりだったんだけど。馬術サークルって3個くらいあるし、どれに入るかわからない上、確定ではないし。難しい。大公令嬢の手前もある。良い返事ができそうな素振りを見せておくべきかな。大人として。
「いえ、すぐに結論は出していただかなくて結構です。その考えていて欲しいなってだけで・・・・それでも来ていただきたいのは本当です」
エニッドが頭を下げる。本当に入ってもらいたいからなのか、時間を取らせたことの申し訳無さからなのか、それとも他に理由があるのかは不明である。でも、真剣であることに間違いはない。
そっか、一生懸命な姿を見て一気に冷静になる。テンパってエニッドとは真面目に向き合ていなかったかもしれない。本当に失礼なことをしてしまった。
「どうでしょうか?」
言葉数は少ないが本気なことは伝わって来る。どうして俺なのだ。他にも適任はたくさんいるだろう。彼女は知らないが、俺は小説家を引退している。そもそも、小説を書いていたことも知らないだろう。アビーでも知らないのだから。その俺にもう一度小説を書けと言っているのか。確信犯なら恐ろしい。
難しい問題だな。俺が入りたいのは馬術サークルだ。ただし、お願いされると弱いタイプであるからスルッと入部しちゃう気もする。活動日次第では十分に可能だ。
「考えてみます。他にも候補があるので見学して決めます」
頭を上げたエニッドの顔がパァっと明るくなる。ただし、一瞬間を開けて「見学はちょっと・・・・でもありがとうございます」と断りを入れた。
本当の要件を伝えた二人はこちらに手を振りながらウキウキと帰っていく。さて、俺は来週から始まるサークル活動を本気で臨む必要が生まれたわけだ。まあ、元からそのつもりだけど。そういえばアビゲイルが何をやりたいのか聞いていなかったな。
「ところでアビーは・・・・」
うん? シャーロット先輩の足が急に止まった。思わず言葉が止まる。そしてくるっと半回転して満面の笑みでこっちを見つめた。妙にスローに感じる。身震いがして本能的に身構える。今までの経験則が伝えて来る。備えよと。




