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異世界は現実か、それとも想像の産物か

 リルーは懐から杖を取り出す。艶のある黒黒とした杖である。(魔術)補助具はあまり詳しくないがリルーの杖はきっと高いのだろう。


「ブラック ウォールナットの杖か。名門は持たせているものが違うわい、これは厳しいかも」

 ピンチとか言ってるヴォイテクは頭の上で腕を組んで口笛を吹きならしながら柔軟体操をしている。言葉と態度が違いすぎる。いかに縮小解釈しても今のは煽り文句にしか聞こえない。自信満々だ。


 左隣に座るアビゲイルの方を覗き見る。彼女も緊張した様子である。間違いなくリルーがこのクラスの中では一番魔術を上手に使えるはずだ。何人もの魔術師を見てきた俺が云うのだから間違いない。そしてリルーにもその自信がある。負ける気など毛頭ないはずだ。


「杖を出してください。そうしないと始まりませんよ」

「いらないよ。持ってないから。いつでもどうぞ」

 

 その言葉を聞き捨てるなり、黙って杖を掲げた。今のは怒ったかな。さて、ヴォイテクはどうする?

「雷属性の魔術で失礼します」

「何でもいいぞ」

 リルーは一呼吸置き間をつくった。スイッチを入れたようだ。


「──紫電」

 雷属性魔術の単詠唱を終えた途端、リルーの杖から研ぎ澄まされた電光が放たれる。単詠唱とはいえヴォイテクはなんの防御術を使っていない。当たれば気絶するだろう。叛魔術を使う以前の問題。医務室に運ばないと。


 だが、結果は予想とは違うものになった。ヴォイテクは表情一つ変えずに腰をトントンしているのである。

「そんなのでいいのか? そのもっと、真面目にじゃないけどしっかりとした魔術を使った方がいいんじゃないか」

 あまりにもあっけらかんとした様子のせいで混乱するが、おかしいのはヴォイテクだ。年のせいで感覚がおかしくなっているのかもしれない。そうじゃないと納得のいく説明がつかない。それこそ、俺みたいに叛魔術の術式の書かれたお守りを持っているとかじゃないと。ほら、リルーも怪訝な顔をしているし。


「いいんですか? 次は威力を上げますよ・・・・」

「全然構わないさ。戦場でいちいち相手に確認するのか? そんなことをしていれば自分がやられるだけだぞ。自分だけじゃなくて仲間の命も危険にさらすことになる。普段から全力で来るべきじゃないか」

 ヴォイテクは余裕そのもので説教を垂れる。話の内容は最もなことだ。恐ろしい。これ以上の魔術を準備なしに受ければ命に関わる。本来ならば止めるべきだ。だが、この男ならばそんなことをしたところで余計なお世話だとこちらが怒られることになりそう。

 リルーも心のどこかでそう思っているのだろう。再び杖を構える。覚悟を決めたようだ。


「────紫電一閃 満天の宙に流星は駆ける」

 眩い閃光と(つんざ)くような爆発音とともに何千万ボルトものエネルギーがヴォイテクに向けて発せられた。ヴォイテクに当たると爆発が起きた。比較的距離の離れていた俺ですら目眩がする。絶対死んだよこれ。

 ヴォイテクの姿は煙に包まれて確認できないが生きていないと断言できる。一瞬過ぎて悲鳴さえ上がらない。俺も駆けつけたいのに腰の力が抜けて立ち上がれない。アビーの手を強く握る。アビゲイルも呆けて気がついていないようだ。


 一つはっきりとした。リルーは本物の魔術師だ。こんな学園に通う必要はないだろう。それにもかからず、結果としてこのような痛ましい事故が・・・・。

「いやー、マイッタ参った。洗練された詠唱だ。凄いな、今のは上級魔術だろ」

 おかしい・・・・おかしいぞ。なんと、湧き立つ煙の中心からヴォイテクの声がしてくる。それも全然元気そうな声が。


 次第に姿がはっきりとしてきた。全身、洋服を含めて一切の変哲がない。ギャグ漫画の時空に紛れ込んだのか? 現実の出来事とは思えない。

 顛末を振り返る。リルーの魔術は少なくとも準上級以上の魔術の域にあることは間違いない。ヴォイテクの言葉通りなら上級魔術だ。上級魔術だなんて卒業する段階でも使える学生の方が少ないくらいだ。入学早々の学生が使えていいものではないはず。それこそ許されるのはアーロンやクララのような一部の天才ぐらいのものだろう。


 それだけのものを受けていながら引き続き腰を労るヴォイテク。それに対して、リルーは驚きを隠せず狼狽えている。いやクラス中がそうなっている。ヴォイテクには叛魔術を使った痕跡はない。こっそり使っていたとしても、気がつかないほど軽微なものであれば流石にダメージを受けているはずだ。

 しかし、その素振りが一切ないのだ。本当に何もなかったかのような様子。


 “実は当たっていないんです”と言われても信じる。もしくは雷属性の魔術にとてつもない耐性を持っているかのどちらかだ。とにかく人間の常識では理解できないことが起きている。俺は、ヴォイチェフ先生は人間じゃないに一票入れる。


「だから言ったろ、叛魔術の至るべき理想は魔術の否定だ。否定さえすれば、何も怖くない。魔術なんてタダの迷信だ。たとえそれが自己の存在を否認することであったとしても、叛魔術の極致とはそんなもんだ」

 まるで説得力が違う。最初はともかく今の芸当を見せられては反論する気になれない。魔術師が魔術を否定する。明らかにおかしな話だ。しかし、この常識の破壊された異常な空間ではその異質な発言が当然のことのように感じる。

 クラス中が異様な空気に包まれている。集団催眠を受けているかのようだ。

 そんな中で最初に冷静さを取り戻したのはリルーだった。


「分かりました。今までの行いについては素直に謝ります。申し訳ありませんでした」

「いや、急にどったのよ?」

「いいえ。ありがとうございました。私は狭い常識の中で生きていたようです。まだ一回チャンスがありますよね。本当は秘密にしておこうと思っていましたが、正真正銘本気で参ります」

 云い方は悪いがリルーはヴォイテク先生のことを認めたのだろう。だからこそ全力を出すことを決意したのだ。まだ手を隠していたことが純粋に驚きだ。

「遠慮はするな。俺だけを見ろ。それ以外の問題は俺が何とかする」

 もはや言葉を発する素振りはない。リルーの体から放出される魔力のみがその本気度を指し示している。この魔力、特級魔術が見られるのか、はたまた・・・・・・。


「──────現世(うつしよ)を震わせ、至高なる天の神 汝が言葉が神理なり・・・・・・」


 ヴォイテクが最前列にいる学生たちに視線を送る。今日初めての深刻な表情。先生も感じ取っているのだ。これは本当に不味い。

 彼女が詠唱している魔術であれば、側撃によってでもこの教室にいるすべての学生を殺しきることも可能だろう。本能がそう告げている。ここにいては危ない。

 宣誓詠唱の魔術を相殺する叛魔術を利用するためには、同じく宣誓詠唱によるか、倍以上の長さの詠唱による必要がある。だが、リルーの詠唱はおそらく半分を終えている。ヴォイテクが古代の魔術師レベルの高速詠唱でも使えない限り、今からでは間に合うはずがない。

 俺が直隠(ひたかく)しにしているあれを使えば周囲の4人ならば助けられるかもしれない。アビゲイルさえ助けられれば、彼女の魔術で即死した人以外ならば助けられる。冷え切った魔力炉に火を入れる。間に合え!

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