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道楽魔術師は魔術の常識に喧嘩を売る

「叛魔術を担当するヴォイチェフ・ベッカーだ。みんな偉いね、選択必修だというのにクラスの全員が履修しているじゃん」


 叛魔術というのは、相手の魔術をいかに無効化するかという分野の魔術である。火属性の魔術を受けて丸焦げにならないのも、雷属性の魔術を受けて気絶しないのも叛魔術を身に着けているおかげだ。なお、俺が持っているお守りには叛魔術の魔術式が記されおり、自動的に魔術による影響を緩和する機能がある。


 ヴォイテクはしげしげと教室の中を見渡している。うちのクラスは25人の生徒がいる。魔術専攻志望と武術専攻志望の比率は分からないが全員が参加するのは確かに異常かもしれない。学者志望だっているだろう。

 戦士にしろ、魔術師にしろ、戦闘で魔術を使われることは当然に予期される。魔術の中には大損害をもたらすものもあり、叛魔術を使えないのでは心許ない。そのため、実用性の高さから、多くの学生は履修するのだろう。表向きには。


 一、二年次開講科目の内、必修科目は体育と魔術で1つ、選択必修は5つずつある。


 必修 : 陸上・基礎魔術

選択必修:(体育) 剣術 ・槍術 ・馬術 ・格闘術 ・体育理論

     (魔術) 闘魔術・叛魔術・詠唱学・起居魔術・魔術理論


 これらの内、必修は全員履修が必要なのだが、選択必修ではそれぞれの分野から最低限2つを選択・履修した上で、さらに二科目履修し10科目中6科目で単位を取得する必要がある。必修も含めると最低限それぞれの分野で3つずつ単位を収める必要があるのだ。

 とはいっても、魔術が使えない人、運動が苦手な人のために救済科目が用意されている。そして、この科目は救済科目なのだ。これが叛魔術が圧倒的な履修率を誇る実質的な理由だ。まあ、授業担当が副担任ということもあるのだろうが。


 それよりもいきなりだがやる気のない眠たそうな声。5限だから食後ということもあるのかもしれない。でもこの人教師だしな。初回の授業だというのにこれでいいのか。というより本当に魔術教員だった。おかしいな、背中周りの筋肉の付き具合といい武術家に見えるのだが。


「考えても仕方ないか。さっそくだが魔術の詠唱って何のためにあるの? 教科書見ても意味ないよ。書いてないから。・・・・・・ミシェル答えてみろ。先頭だし」

 クラスがザワつく。いきなりの質問だもんな。面食らうのも良く分かる。詠唱は魔術を使う上での基本だ。というよりそんなこと考えたこともない。そもそも、叛魔術の授業でいきなり詠唱のお話とか不意打ちもいいところだ。


「私ですか・・・・魔術使うためですか?」

 かなり当たり前な答えだ。しかし、何も間違っていないだろう。大切なものを見失っている気がするが・・・・・・別に奇天烈な構文を使っているわけじゃないし問題にはならないだろう。


「おおそうだな。でも魔術って詠唱無しでも利用できるよね」

「できます。無詠唱の魔術や術式、ジェスチャーを用いて魔術などを利用する方法があります。そして魔術師ならば当然に身に着けているはずです」

「そうそう。偉い先生の中にも『魔術は詠唱で使えれば十分』とのたまう人がいるがあれは良くない。火属性の魔術を身につけたというためには、詠唱を用いた方法、術式による方法などを覚えなければならない」


 当然の会話が続く。「魔術を使えます」と言って基礎詠唱でしか魔術を使えないようでは潜り認定される。もし詠唱のみでしか魔術を使えないのでは、声が出せない場面で魔術を使えないということになる。それは魔術師とは呼べない。

 魔術師たる者、いつかいかなる時でも魔術を使えるようにしなければならないのだ。魔術師が目指すべき姿は万能な存在である。そして魔術のゴールとは、真理の解明だ。そして魔術師にとっての真理の解明の方法の一つが万能な魔術師になることなのである。


 教室にいる生徒は俺と同じようなことを考えているに違いない。この学園に入れるのは一定の体育・魔術の技量や知識を持っているものだけだ。特例生でもない限り、誰でも知っているだろう。

 しかし、ヴォイチェフの言葉は一般的な俺たちの常識とは異なる見解を示し始めた。


「だが叛魔術という分野はそのような魔術の考え方とは一線を画すものだ。何ていったって叛魔術の理想は、無詠唱どころか魔術の否定だからな」


 教室が騒然とする。耳を疑うような発言だ。

 この教室の中には魔術師を志す者がかなりの数いるだろう。実際に両親が魔術師で王宮などで魔術顧問をやっているという人がいてもおかしくない。この学校はそういった場所だ。早い話、解雇されても文句は言えないレベルの発言だ。


 それにもお構いなしにヴォイチェフの話は続く。

「考えてみろよ。これだけ科学の発展した世の中に『魔術』だなんて非科学的な物が存在することこそおかしな話なんだ」


 恐ろしい、魔術教員の発言じゃない。それこそ、テロ等準備罪・・・・いや魔術が盛んなアバラン王国なら外患誘致罪で首が飛ぶレベルだ。身分が貴族だとか関係ない。


「訂正してください・・・・今の発言は先生であっても許せません!」

 中央付近にいた少女が勢いよく立ち上がる。クラス中の視線を集めるその後ろ姿からも怒りがひしひしと伝わってくる。体から魔力が漏れ出しているのだ。質の高い、とても濃い魔力だ。この子は名門の家系だ。魔力の質というのは親から受け継ぐものである。これだけの質は千年近い家系を持つ魔術師だろう。


「リルーの気持ちも良く分かる。だが、これまでの科学の発展と魔術の進歩を比べたとき、科学の方が将来性があるんじゃないかという話さ?」

 リルーと呼ばれた少女は何も答えない。分かるのは闘志がメラメラしているということ。いつ魔術戦になってもおかしくない。正直な話、俺としては叛魔術の教員に新入生の魔術がどの程度通用するのか見ておきたいところだ。

 俺は諸事情で入学選抜試験を一人で受けており他の新入生の実力を知らない。せっかくの機会だ。

 見せてもらおうか。名門の実力とやらを。


「お互いに譲る気はないと・・・・分かった。それならこれでどうだ。リルーには俺に向けて自由に魔術を使って貰う。俺はその魔術を無効化する。俺の叛魔術を御覧に入れようというわけだ。三回勝負で、一回でも俺が魔術を無効化できなければお前の勝ちだ。負けたら素直に謝ろう。どうだ?」

 リルーは静かに頷き、卓上の前に移動する。知る人ぞ知る、さっきまで俺が戦っていた場所。やはりあそこは戦うためにあるようだ。


 なるほど、この子がヒロイン枠だな。主人公はおじい様だから。枯れ専向け作品だ。ヴォイチェフが枯れているかといわれたら・・・・。


「オト何笑っているの? 気持ち悪いよ」

 アビゲイルは本気で呆れている。子どもな君には分からない良さだ。まあこの良さに目覚めてヒロイン入りを果たすかもしれないからまだ判断はできない。「年上+教師」属性というのは、お兄ちゃんとしては複雑な気持ちもするけど。幸せならオーケーだ。


 思考回路がおかしな方向に行き始めた。

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