魔術詠唱は草笛に載せて
「コリンヌ出番だ」
その少女は、軽くうなずき詠唱を開始する。 来る! 相手の魔術を相殺するためにこちらも魔術炉に火を入れる。
「──────広い宇宙に人は漂う 宙の前ではすべての営みは無益なり、力を示し給え、クロノス」
右の脇腹と頬の2か所に衝撃が走り、体が吹き飛ばされる。幸いなことに顔面に入った方の一撃は軽い。切れてなさそうだ。
素早く体を起こす。コリンヌの魔術の正体は分からない上、目に見えない。そのため防ぎようはないが、今の感じだと連続になると威力が下がるのかもしれない。うまく誘導できれば、チャンスを作れる。
「何してんのよプラット」
「今のは俺の出番じゃないだろう」
思い出した。リーダの男はプラットだ。しかし、プラットが何かした? 意外な男の名前が呼ばれて事で思考が混乱する。仕掛けたのはコリンヌのはず。どうしてプラットが非難されているのだろう。
コリンヌ以外の4人が、「わーきゃー」と好き勝手に非難しあっている。どこまでも異質な空間だ。どう考えても反撃のチャンスだか、報復がないとも限らない。ここは静観し、魔術の兆候を探る。
「俺は知らねえ」
プラットが唐突に話を打ち切る。コリンヌはフェイクでプラットが攻撃していたのか。
怒りの籠ったプラットがこちらに向けて動き始める。冷静になるんだ。この男にこそ秘密があるはずだ。それならば、悪いがこちらからも手を出させてもらう。
大きくテークバックした右の拳の挙動に留意しつつ、魔術痕を探る。ボディ目がけて飛んできた拳をギリギリまで引き付ける。プラットが何かをしていたのならば魔術痕が残るはずだがだが、魔術を使った跡も今から使う兆候はない。
「どこ見ていやがる」
前に伸ばされたに右の拳を咄嗟に左肘でガードする。微かな軋轢音が響く。予想外の反撃にプラットは反応していない。目の前には無防備な顔面。バランスを崩したことと、重力の影響で体は徐々に沈んでいく。今こそカウンターのチャンス。プラットの左回り込む。
右の拳を体の横に引き付けて左脇を通り過ぎるプラットに向け、腰を使って打ち下ろすようにパンチを入れる。
「ぐわぁっ」
諸にパンチを貰った体は地面に叩きつけられる。俺は素早く距離をとる。しかし、プラットはまだ動けそうだ。相手の反動も乗り威力が高まっていたのに気絶させられなかった。やはり俺のパンチは・・・・。
いけない。弱気になっていた思考を奮い立たせる。今はチャンス。ここは追撃に行くべきなのか? いや先輩を殴った訳だから助けるべきか?
どのようにすべきか悩み動けなくなっていると、「あらゆる繋がり、運命さえ断ちたまえ クロノス」
コリンヌの歌うような軽やかな詠唱が聞こえた。
「なっ・・・・」
詠唱が終わった途端、忽然とプラットの体は視界から消えた。いや、他の二人の男子たちに背中を借りて立てっている。どういうことだ。だが分かったこともある。仕掛けていたのはコリンヌだ。詠唱が違った。だから違う魔術なのか? それにしても今何が起こったのだ。
「今のはなかなか効いた」
借りていた肩から腕を抜きながらこちらにメンチを切る。不味い。これまで以上に殺意が醸し出されている。死闘になるぞ。力を借りるしかない。腰の短剣に手をかける。
「君たち、一体何をしている」
よく通るソプラノ声が聞こえてきた。校舎中に響いたのではなかろうか。入口には、教員らしき女性の姿がある。そして視線の先にいるのは俺たちだ。
「いえね。ちょっと後輩と遊んでいただけさ」
プラットが飄々と答える。だが、その言葉を真に受けていない様子の先生は教室内にずんずんと足を踏み入れる。そして俺の前に片膝をついて「君大丈夫」と尋ねた。
「おい待てよ。怪我を負っているのは俺だぞ。目ぇ、腐ってるんじゃねえか」
ただでさえ邪魔をされて怒り心頭なのはプラット。
「ふざけないでくさい」
だが、先生の朗らか凄みに圧倒され、言葉が続かない様子だ。
完全に勢いを失ったプラット一行は「逃げるんじゃねえぞ」と吐き捨てて教室を後にする。
いや、一人だけ残った。コリンヌだ。
「あなたもいたんですね。つるむ相手は選ぶように教えていたはずですが」
「分かってますよエルシー先生。分かったうえで決めてますから」
そう言うなり、足早に教室から立ち去って行った。
「怪我、大丈夫ですか? すみません。私の教育が行き届いていないばかりに危険な目に合わせてしまいました」
殴られた頬を申し訳なさそうにさする。腫れている感覚はある。ボディの方は今のところ大丈夫。心配には及ばないのだが、それにしても過保護な気もする。
「全然、平気です。気にすることありませんよ」
頬をさする手を握って先生の膝の上に置く。おっと、この角度ヤバイ。中が見えそう。慌てて天井を見上げる。やはり随分と余裕があるみたいだ。もう少し殴られた方が良かったかもしれない。
「そんなこと言って。ほら、医務室に行きますよ」
「大丈夫ですから」
「万が一がありますから、抵抗しても連れていきます」
俺は膝と背中を抱えられる。ものすごい力。抵抗する間もなかった。小柄であるにもかかわらず、抱える体は馬のようにどっしりしている。って、そんなことを考えている場合じゃない。
「いや、ダメだって下ろして。次の授業は『叛魔術』なんです。準備しないといけないんです」
「ダーメ。騎士は体が資本なんですよ。きちんと健康の維持に努めてください」
これは話が通じないぞ。というより俺が騎士を目指していることをどうして知っているのだろうか?
「せめて歩けますから!」
「休んでいてください」
俺の抵抗はむなしく。お姫様抱っこの形で医務室にまで運ばれていった。本当にもう、医務室にいたハリエットの豆鉄砲で撃たれたような顔をしたを俺は忘れられないだろう。こうなると明日からは怪我できないぞ。




