平均的な学園生活を俺はまだ知らない
やってしまった。今朝方も見ような天井。何が起きたのか一瞬で理解できる。俺は倒れたのだ。
しかも2日連続でだ。これはなかなか悲惨である。ただし幸いなことがあるとすれば、大きな窓の外から日の光が見えていることだろう。
どうして倒れのかなんて自分事はどうでもよい。それよりもまず、余計な迷惑をかける前に帰らないと。
ベッドから這い出る。
「あら起きたのね。今日はずいぶんと早いお目覚めですこと」
はい、アウト。嫌味にしか聞こえないグレーテの声がする。これはもう合わせる顔がない。裏から逃げよう。荷物をまとめ、窓の枠に手をかける。・・・・おかしい。横滑りの窓のはずなのにビクともしないぞ。
「窓からは出れないわよ。ロックがかかってるから」
確かに鍵がかかっているのかもしない。お手上げだ。今できることは、麗しい態度ですぐにこの部屋から出ていくことのみ。カバンを手に持ち、襟を正す。準備完了。
「お世話になりましたーー!?」
カーテンを開けて正々堂々向きあ・・・・。これは予想外、隣のベッドではアビゲイルが眠っているではないか。スヤスヤと気持ちよさそうだ。
グレーテは笑いながら「お姫様も連れて行ってね」と呟いた。本当に危ないところであった。
俺も苦笑いしながら「もちろんです」と答えていた。アビゲイルのことを背中から抱え、最後にお礼を伝える。これが最後だ。
「本当に助かりました。それではまた」
「ちょっと聞いていい? さっき確認したら備品の包帯が減っていたんだけど何か知らない? それと、君の胸に巻かれている包帯はどこから来たの?」
参ったな。この人はすべて分かっている。そのうえで俺に発言を求めている。
「べたですけど、昼休みに階段から転んで怪我したので少しだけ拝借しました」
「べたべたね。階段で転んでそこまでの複雑な痣になるのも流石だわ。アビゲイルさんにはそう伝えておきます」
「助かります」
気の利く先生だ。しかも、包帯を巻き直してもらったのか。余計なことを・・・・じゃなくて。なんとも手のかかる学生だ。茶菓子持参しないと。
「このお礼はいつかします」
「昼休みは必ず医務室にいるから心配しないでね」
医務室を後にする。きっと脇腹の聖痕も見られたのだろう。変な噂にならないといいけど。まずは明日のことだ。
「寒っ」
手を擦って冷たくなっている指を温める。
時刻は午前8時10分。良い子のみんなはもう起きている時間だ。悪い子の俺も当然に起きている。
どうしてこんな感想を文頭に書かねばならないのかというと、それは今の気温が13度だからだそれにも関わらず必修である「陸上」の授業を行うのだ。
はて? それがなんの問題があるのだと思った人もいるかもしれない。その人はきっと学生時代運動が大好きだったのだ。だから寒いとか感じたことがないのである。そして俺は違う。運動は大嫌いだ。そのため普通に寒い。
そしてその元凶が今着ている指定のジャージ。これがとにかく薄い。あそこに半袖、半ズボンという格好の男の子たちがいるけど何を考えているんだろうと思う。しかもめっちゃ元気なのだ。女子もそうだ。アビゲイルを含めて長袖ではあるが、はしゃいでいて寒さを感じさせない。そんなのが60人以上いるのだから溜まったもんじゃない。
結局俺が言いたいことは、一限に必修の陸上を持ってくるとか何を考えているのだろうということだ。思慮分別の欠ける12,3歳の子どもたちをこのような寒いところで待たせるなんて犯罪ではなかろうか。
えっ? 前世も併せたらお前はアラサーじゃないかだって。
君のような勘のいい・・・・?
「君のような間の悪い人は嫌いだよ」
?? あれ、おかしいな。俺の内心がリアルに聞こえてきたぞ。いや厳密には少し違うんだけど、今の語録は元ネタを知らなければ出てこないはずだ。声のした方を確認する。
そこには一人の女の子がいた。木の棒を使い地面に魔術式を書いている。どうやら俺は、魔術式の一部を踏んづけてしまったようだ。
「ごめん。ええと、君はブレアだっけ」
長袖に短パンをまとい体育すわりで小さくなっている。俺の声に反応した彼女はこちらのことを見つめる。・・・・何を考えているんだろう。しかし、この拗ねてる感じ、どことなく俺と似た気配を感じる。親近感を覚えた。
「ブレアです」
「知ってるよ。素敵な式だね、横良い?」
ブレアは首肯した。俺も一礼して彼女が腰かけている木の幹に背を預ける。どんな魔術を書いているのだろう・・・・・・これ落書きだ。この式にはなんの意味もない。この式では魔術が成立しない。
やらかした。顔を左手で覆って自身の選択肢を後悔する。魔術の話をしようと思ったのに何を話しかけていいのか分からない。当たり障りのないような話をしよう。
「ブレアはどうして短パンを履いているの?」
「僕? 僕は短パン持ってないから。お金がなかったから」
「あ、うん。そうなんだ。そういう人もいるよね」
「そうかもね」
大野。忘れてた。この子はこういった子だった。いきなりの悪手。何を話しても地雷を踏んでしまいそう。手番を離すことにする。俺はブレアに話しかけることを諦めた。
暫くの間沈黙が続く。
「みなさん集まってください。授業を始めます」
若い男性の教員だ。集合の声に合わせて立ち上がる。ブレアも遅れて立ち上がりお尻を手で払っている。まあ、良く分からない時間だった。
「行こうか」
ブレアを伴っていたため、準備体操はそのまま一緒に行った。この経験が運命を変えることになることを俺はまだ知らない。
「食堂行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
お昼になった。今日もアビゲイルたちを食堂に送り出す。別に例の人たちを待っているわけではないが、昨日の話し通りならば今日も登場するはずである。
「おい、ナナミヤはいるか」
いらっしゃった。私のお客人である。昨日と同じ5人組。今日も元気そうで、なによやらない。読んでいた参考書を閉じる。相変わらずクラス中の視線が集まっている。
もしかすると、誰か止めろよとか思うかもしれない。だが、決闘などのお互いに約した場合の私闘は禁止されていないから、止めるまでもないのだろう。俺は約束した記憶はないけど。
「いますよ。どのようなご用件でしょうか?」
「笑わせるなよ!」
昨日同様、一番前にいた・・・・名前なんだっけ。一番前にいた何とかが一足飛びで殴り掛かる。やはり今日も避ける。すると、その後ろから二人の男と一人の女が続く。昨日と全く同じ展開。相変わらず動かないのはコリンヌという少女だ。そして彼女が昨日の悪夢の元凶。
4人の攻撃は休むことなく続く。しかしこの程度ならば、こちらから手を出さなければどうということはない。問題なのはコリンヌだ。迫りくる攻撃を反撃することなくいなしながら、様子をうかがう。




