王子様を夢見る女の子と、血を求める者
初めまして、私はエニッド・オースティン。セント・ローレンス学園に通う3年生。今日は水無月の5日。新学期の始まる日。それを記念して今日から日記をつけることにします。
セント・ローレンス学園はフォート行政教区に所在する王立の学園だ。一学年の学生数125人でこの数字は国内に5つある王立学園の中でも最も多い。教員は元宮廷魔術師や騎士などそれぞれの分野で功績を残した人ばかり。つまりエリート養成校なのだ。
今書いた文章を声に出して読んでみる。素っ気ないかな。
「どうしたのエニッド。急に改まって新しい小説の書き出し? 次は私小説を書くの?」
声をかけてきたのは私の親友のシャルロッテ。深みのあるパープルヘアがとても似合っている同級生だ。彼女は私が入っている寮のルームメイトでもある。実家が有名な商会で裕福なため世間の常識とズレたところもあるが優しくて素敵な子だ。
「おーい。帰ってきてー」
「気がついてるよ」
ペンを置いて彼女の方を振り向く。ロッテは満足そうに頷いている。
「それって文芸部の部誌用の作品?」
「そんな訳ないよ。取り敢えず何かを書いてみたくて」
「まだスランプから抜け出せないの?」
痛いところを聞いて来る。ロッテはこのようなとき、わざわざ婉曲的な聞き方はしない。風情はないかもしれないけど、一緒にいると心強く感じる。
「まあね。それに来週から新入生獲得のチャンスだしさ。頑張らないとね。先輩が卒業したから、今月中に最低限一人は確保しないと廃部になっちゃって大変なんだよ」
「ふーん。そうなんだ」
肩をすくめて渾身の“どうしよう的な”リアクションをする。残念なことに半年以上もスランプに陥っていると逆に慣れてくるものだ。恐ろしい。「はぁー・・・・」と机に突っ伏す。ロッテは今でも馬術部に勧誘してくる。運動が苦手な私はご遠慮指定所なんだけど。
「そんなところで寝ると風邪ひくよ」
シャーロッドはベッドに入ってナイトキャップを被っている。もう寝るようだ。私も今日は寝よう。
「どこかに王子様いないか」
「なにそれ。そんなこと言ってるから彼氏できないんだよ」
「それとこれとは関係ないから。それにシャーロッドもいないでしょ」
「むう・・・・」
返事はない。肯定ということか。私にもあったよ、学生になれば何もしなくても勝手に恋人ができるのだと信じていた時が・・・・・・そうじゃない。私が求めている王子様は今のスランプを吹き飛ばしてくれるような特別な何かを持っている人物だ。
(あのアズマ族の子なら・・・・ないない)
眠くなり頭が回らなくなったところで頭まで毛布を被って寝ることにした。
繁華街の大通り、人混みの中を一人の男が遅足で歩んでいた。真夜中だというのに裾の長い漆黒の外套を纏い頭まですっぽりとフードで覆っている。全身真っ黒なその姿は傍から見れば裏家業の売人にも見えるかもしれない。
「流石に夜は冷えるね。それに人臭くて堪らない。早く抜けようよ」
「この匂い君は好きじゃなかった?」
「どちらかという嫌いです。私が好きなのは人の命の匂いだから」
「ああ、そう」
興味のなさそうな声で素っ気なく答える。男はさらに路地の裏手の細い道、さらに細い道へとぐんぐん奥に入って行く。ここら辺には非住民の家々が並んでいる。入り組んだその最深部に目的のものがあるのだ。
「いたな」
男は歩みを止めた。その視線の先には一人の背の高く、がたいの良い男がいた。
「何の要だ。この先は行き止まりだ。お前のような子どもが来るところじゃないぞ、せっかくだ跳ねてみろよ」
どうやら男は酔っているらしく、気持ちよさそうに千鳥足になっている。相対する小柄な男は酒臭さから鼻をつまんでいる。表情までは分からないが侮蔑の色がうかがえる。
「お断りだ。なに、大した要件じゃない。ただ責任を取ってもらうだけでいいんだ。抵抗されると手加減はできないから、素直に罪を受け入れて協力してくれるとありがたいな」
「お前、刑吏か」
酔っぱらっていた大きな男が突然相手を睨みつける。この男には刑吏にお世話になる心当たりがあったのだ。腰に下げていた短剣を手に取り、前に突きつける。しかし、あくまでも刑吏らしき男は落ち着き払っている。腰に携えた剣には手が掛かっていない。
「気が早いな。確認だ。ネペタ・セペローだな」
「ああ、そうだ! もしかしてお前が数日前から噂になっている執行人か」
「知らないな」
「関係ない。悪いが消えてもらうぞ!」
大男はナイフを振り上げて目の前の男に飛び掛かる。人を殺すことを厭わないという様子だ。
ナイフの男は目の前にまで迫っている。それにもかかわらず、攻撃されている側は剣を抜かない。その代わりにフードを持ち上げ、長々とため息をついて最終宣告をした。
「俺は刑吏官じゃなくて代理刑吏官だ。セペロー、スリムナ一家殺人事件の容疑者として刑を執行する」
刑吏の眼が緋色に煌めく。次の瞬間、男の首が体から自由になった。
男は首を刎ねられたのである。だが、当の首はそのことが理解できないまま醜い形相で体から落ちていく。もう一方の体の方は支持機能を失いその場に崩れさった。切断面からは赤い液体がドボドボと流れでいる。
「死亡確認。2時13分49秒」
剣についた血を振り落として仕事道具を鞘に仕舞い、フードを被る。
「真面目だね。今ので生きているわけないでしょ」
「さあね。魔術師ならチャンスもあるだろう。それよりも君の好きな血の香りだ」
刑吏代理の男は、つまらなそうに再度呟いてその場を後にする。黒桐々たる闇夜に消えて行った。
二度男の姿を見たものはいない。




