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「さよならだけが人生だ」とは言うものの

「次の質問ね。魔術師が使う詠唱には、基本詠唱以外に特殊詠唱というものがあります。そのうち特集詠唱の一つ『宣誓詠唱』は使い手が限られますがそれはどうしてですか?」

「それは、自分と相性の良い神々や天使を見つけた上で、その霊の力を引き出せるだけの実力が必要になるからです」

 この宣誓詠唱による魔術は、特級階梯の魔術と同視される。それにもかかわらず、練度を高めれば初級魔術程度の詠唱でも発動することができる非常に便利な詠唱なのだ。


「もしかして使える?」

「使えませんよ」

「そうよね。入学時点で宣誓詠唱を使える生徒なんて一人いるかいないかだもんね」

 へー。そんなに少ないのか。どうしよう。この学年の唯一かも知れない使い手を知っているぞ。その子は天使系の宣誓詠唱使いである。 聞かれてないから答えないけど。


「そしたら次の質問、魔術の詠唱は国や地域ごとの文法の影響を受けますが・・・・・・」

 さて、ところでどうして俺がこのような質問攻めにあっているのかというと、それは30分ほど前まで遡る。


 まったくもう。グレーテが医務室に居なかったせいで、自分で包帯を巻く羽目になってしまった。後から現れたグレーテには「おかしな格好」とか笑われるし。おかげさまで見事に5限の授業は始まっている。遅刻だ。

 本音を言えばサボりたいところだが理由も思いつかないし、諦めることにする。重たい扉を開け放ち教内室に侵入する。すると授業中の先生と目が合った。30歳ぐらいだろう。若い女性の先生である。赤マントだから魔術師だ。


「授業は始まっていますよ。何かありましたか?」

「少しお腹が痛くて」

「そう。ご愁傷様」

 どうやら許されたようだ。一礼して自分の席に戻る。


「ちょっと待って、君って新入生代表だった子だよね。せっかくだから質問に答えて、簡単な質問だから」

 立ち止まって向き直る。遅刻した以上、ここは先生の相手をしなければならないだろう。

「いいですよ」

「さっき授業で話したことだけど、魔術属性を火・水・風・土・雷・氷の基本6属性と特殊属性に分類する分類法をなんて言うか分かる?」

 なるほど。これまた初歩的な質問だ。俺が初めて教わった魔術の知識だった気がする。“基礎魔術Ⅰ”という講義名に恥じない授業をするということか。パパっと答えて席に戻ろう。


「アルフォンス式魔術分類法です。アルフォンス・アラゴンという1000年前の理論魔術師が提唱した分類方法になります」

「ふ~ん。よく知っていたね。さっき聞いてみたら誰も答えられなかったのに」

 顔だけ生徒の方に向ける。でも、それは違うと思う。分かっていて知らない振りをしているのだ。少なくともアビゲイルは知っているはずである。同じ先生から魔術を習っていたのから。

「誰に教わったの? 基本書レベルの教科書には記載されてないでしょ」

「そうでしたか。私は家庭教師のエレノア・フォックスという魔術師に教えてもらいましたけど」

 おっと、先生の顔色が変わった。どうしたんだ。


「今、何とおっしゃいましたか? エレノアって言いませんでした」

 怖い。こちらの目を見たままゆっくりと一歩ずつ近づいてくる。不気味以外の何物でもない。先ほどの暴行で受けたダメージがぶり返しそう。後ずさりする。

「言いました。言いましたよ」

「言ったわよね。エリーの知り合いなのね」

「知り合い。知り合いだから、茶髪で背が高い人ですよね」

 うん、と。満足そうに縦に首を振る先生。何を考えているのかわからない。というか、本当に先生なのか。動きは不審者のそれだ。


「『オクタヴィア・ターナー』って名前聞いたことないですか?」

 おっと、一気に踏み込んできた。聞いたことないんだけど。もしかして先生の名前かな。アビーに視線を送る。彼女は首を振って俯いた。知らないということか。

「残念ながら分からないですね」

「噓でしょ。信じられない。私のこと忘れたっていうの!」

 頭を抱えて悩み始めた。またまた凶変した。急にどうしたんだよ。話も読めなければ話も進まない。いい加減退屈してくるところだぞ。


「分かった。あなたが本当にエレノアの弟子だというのなら私の問題にすべて答えられるはず」

 ここでまさかの自己完結。こうして俺の受難始まったのである。


 そんなことをしていたら、すでに授業開始から30分が経過している。授業時間の半分が終了したことになる。何をしているのだ俺たちは。

 しかも先ほどから質問の内容がどんどんマニアックなっている。教室の生徒たちはポカンとしている者と関心をなくして窓の外を見ている者、何かを必死にノートに書き写している者など三者三様といった感じだ。


「なるほど・・・・ふむふむ・・・・ほー・・・・・・決めた」

 質問攻めがやっと収まった。というか何かを決められたらしい。ろくなことじゃない気がする。


「君、次の授業から出席しなくていいよ」

「はっ!?」

「その代わり3年生向けに開講している授業受けてきなさい」

「え、ちょっと待って。単位はどうなるんですか。この授業必修ですよね。知ってますよ」

「それは大丈夫。きちんとその講義を受けていれば、つけてあげるから」

「えー。そんなことができるのですか?」

「できますよ。学年主任の権力をもってすればそのようなことは朝飯前です」

 理解できない。明らかに権力の使い方を間違えている。


 7限すべての授業が終わった教室からは、徐々に学生が流出していく。アビゲイルが教科書類をカバンに詰め込み終わったことを確認して席から立ちあがる。

「オトすごいよね。来週からは3年生と一緒に魔術の授業を受けるんでしょ」

「そうみたいだよね。嫌だな、確認してみたら学年合同で受けるみたいじゃん。絶対危ないって」

 俺の言葉を聞いて苦笑いするアビー。笑い事じゃないよ。それよりもあの先生がうちの学年の主任だったことも驚きだ。若すぎると思う。


「そういえば本返してくれてありがとうね」

 図書館が目に入り、借りていた本を代理返却してもらったお礼をしていないことを思い出した。

「それは大丈夫。でもすごいよね、先輩たちと戦った時、全部オトが考えていた通りになったし」

「というと?」

「1回戦のキックにしても大きめの靴を履いていなければ成功しなかったし、2回戦の呪術だって本を読んでいなければ使えなかったでしょ」

 足が止まる。確かにその通りだ。あの時2試合に勝てたのは、その2つの要因があったからだ。ただ、俺には蹴りをした記憶も呪術を使った記憶もない。まるで自分以外の誰かが・・・・・・。


「どうしたの? 学生帽忘れちゃった?」

「いいや、持ってる。それよりも・・・・」

「うん?」

 言葉を発しようとして思わず黙る。静かすぎる。耳を澄ましても何も聞こえてこない。いなくなったのか。まさかあり得ない! しかし、そんな思いとは裏腹に膝の力が抜ける。


「大丈夫? 体調悪い? って、どうして包帯なんて巻いているの! 傷は治しはずだよ」

 驚きを隠せない様子のアビゲイル。何もかも嫌になる。

「あはは・・・・」

アビーは気にしなくていいんだ。そう言いたいのに言葉が出てこない。考えがまとまらない。

 いつからだろう? 今の俺の中には誰もいないのだ。

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