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0話 封印の鍵

 何年振りの長編小説でしょうか……。燃えております。

 しとどに濡れる岩壁。二つの松明の火が、湿り気を帯びたその表面を赤く輝かせる。狭い通路に滞留する暗闇を掻き分けるように、丈長の外套に身を包んだ男たちは早足で進んでいた。大量の湿気を孕んだ洞穴の内部には彼らの他に誰もいなかった。天井から水滴が滴り落ちる音と男たちの足音以外は何も聞こえない。

「……再考は、やはりされないのですね?」

 それは質問というより確認の意味合いが強い問いかけだった。従者のように後ろを歩く若い男の方を振り返りもせず、前を進む男は力強い口調で答えた。

「無論だ。我々はいずれ来たる災厄からこの世界を救わなくてはならん。その為には封印された鍵を一刻も早く回収する必要がある。……もっともお前も危惧しているように、独断で動いたことで頭の固い連中からは激怒されるだろうがな」

 男はこの先のことを思い浮かべたのか、フッと短く息を吐いて、苦々し気な笑い声を漏らした。

「……いいえ。私も貴方に賛成です。早いところ進みましょう」

「ふふ、お前だけでもそう言ってくれて嬉しいよ。……ああ、もうそろそろ見えてくるぞ」

 二人の視界は突如として開け、空間の明度が一気に上がった。暗闇に染められた狭い通路の先に、淡い藍色の鉱石群に照らされた大きな空間があった。地面から天井に至るまで透き通る鉱石に覆われた中、空間の中ほどに小高い丘があり石段を登り切った先に古びた石棺が横たわっていた。前を歩いていた男は息を弾ませながら駆け出して、石段を上がって行った。その後ろを若い男が足音も立てずに静かに、ただ静かに付いて行く。漆黒のフードに覆われたその表情を読むことは出来なかった。

「ああ……ようやくだ。暗闇をこじ開ける鍵を手にする時が来た」

 男は恍惚とした声色で呟いた。そして光を灯した右手で石棺の表面を丁寧になぞり、祈りの言葉を唱えた。男を中心に柔らかな白色の光が広がり、祈りの声は静謐な空間に響き渡った。暫し時が経ってから光は徐々に明滅を始め、やがて完全に消えた。それと同時に石棺の蓋が重い音を立てながらずれ始め、最後には小高い台地の上に落ちた。男は石棺の縁に手を掛けて息を荒げていたが、封印の解除を見届けると笑みを浮かべて同行者の方に振り返った。

 同行の若者はその時、既に男の方へ走り寄って来ていた。歓喜の抱擁にしては随分と性急だ。男がそんなことを思う間もなく、若者は師の胸元に飛び込んだ。男は強い衝撃と共に一瞬妙な息苦しさを覚えた。だがそれも束の間のこと。遅れてやって来た血の気も失せるような痛みを感じて初めて、彼は自分の身に何が起きたのかを悟った。恐る恐る下げた視線の先、短剣の柄だけが胸から飛び出していた。刃は見えない。見えないが、止まることを知らぬ流血が事態の深刻さを鮮明に語っていた。力の抜けた男は膝からくずおれた。震える指が縋るように石棺の側面を弱弱しく引っ掻いた。

「……どうして、だ。お、お前は私に賛同を……」

 フードを被った若者は冷たさを湛えた目で男を見下ろした。影の下の顔には感情らしき感情は浮かんでいなかった。彼は薄い唇を動かし、ただ淡々と話し始めた。

「貴方がいつまでも煮え切らない長老たちの制止を聞かずに一人で動くことは目に見えていました。そして実際その通りとなりましたね。……私はこの瞬間を待ちわびていました。その為に貴方にずっと付き従ってきたのです」

 崩れ落ち、今や地面に横たわることしかできない男には目もくれず、冷徹な内通者は石棺の前に立ち、その中身を上から覗き込んだ。

「へえ、これが鍵ですか。ああ、ああ、ああ……なんと、なんと憎々しいことか」

 彼は怨嗟の呻きを喉の奥から絞り出した。そして腰元から別の短剣を引き抜いた。

「世界は我々の手で再び統治されなければなりません。鍵は、我らが作りし安寧を破壊する劇薬にしか成り得ないッ! この場で消し去るのが私に託された使命なのだ!」

 氷の瞳に狂気の炎を燃やし、内通者は短剣の切っ先を石棺に向けて振りかぶった。あとは鋭利な先端を突き立てて、全てを無に帰すだけ。しかし、その刹那、彼は奇妙な音を耳にした。そこに存在するはずのない音を。柄を両手で握り締めたまま、彼は首だけをゆっくりと背後に回す。そこで初めて内通者の目に動揺の色が浮かんだ。

「何故だ」

 ぽつりと漏れた男の一言は鉱石に照らされた地下空間の静寂に吸い込まれていった。

「何故、この空間に貴様のような者がいる……ッッ」

 驚愕。困惑。絶望。憤怒。感情がない交ぜになった男の顔は黄金色の熱に飲み込まれ、永久の静穏に囚われた。

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