階段を上がる女の子
僕は周囲からロリコンと呼ばれることがある。別に自覚がない、と言えば嘘になるが言うほど重傷でもないと思う。ただ、小さい子が頑張っていると、和むだけだ。
某日、僕──高畑幸太は午前六時ちょうどに会社に向かうために家を出た。
↑高畑幸太
家はマンションの八階。最近は太ってきたため、階段を下って地上へと歩みを進める。階段を午前六時に下っていると、たまに会う女の子がいる。幼稚園生か、小学生といったところだろう。その女の子は、一階のポストから郵便物を取ってきている。しかも、その女の子は階段を上がっているのだ。おそらく、僕が住む八階より上層階の住人だ。
小さい子が朝早くから郵便物を取って、一生懸命に階段を上がっている光景を見た日は仕事が頑張れる。励まされているのだ。もう一度言うが、僕はロリコンではない。
マンション一階の駐車場に停めてある車の運転席に乗りこむと、そのまま発車させて会社まで走らせた。
同日、昼。会社の社員食堂で、小さい女の子が郵便物を持って階段を上がっていくことを同僚の八巻翔哉に話した。
↑八巻翔哉
「高畑、おま......ロリコンじゃねーかっ!」
「バカ! 声がでかいよ。それに、僕はロリコンじゃない」
「そうかな? 十人が今の話しを聞いたら、十人とも高畑のことをロリコンだと考えると思うんだが?」
「そんなわけないだろ」
八巻、失礼な奴だ。僕みたいな程度でロリコン認定されるなら、世の中のほとんどの人がロリコンでなくてはおかしいのである。
「でもさ、何でその女の子はエレベーターを使わないんだろう?」
八巻の疑問に、僕は今さらながら『確かにな』と思った。あの女の子が下るエレベーターに乗っているところは、何度か見たことがあった。けど、上がるときは階段を必ず使っている。
「それもそうだな」
「だろ? えっと、高畑の場合はダイエットのために階段を使ってんだよな?」
「そうだよ。最近、食べ過ぎてお腹が出てきたから」
「けど、小さい女の子がダイエットを気にするなんてことはないと思うんだ。で、高畑」
「何?」
「その女の子は太ってたか?」
「いや、細かった。あの体型でダイエットを気にしてるなら、全世界のデブを敵に回しているようなものだ」
「じゃあ、何で階段なんか使ってんだろう......。不思議で仕方がない」
「僕は八階まで階段で上がるのも厳しいのに、あの子は八階より上層階の住人だ。すごく大変だろうね」
「あ、良いこと思いついた!」
八巻は満面の笑みを浮かべた。
「何を思いついたんだ?」
「高畑が、その女の子に『何で階段を使ってるの?』って聞けば良いんだよ」
「それやったらマジモンのロリコンになっちゃうじゃねーかよ」
「え? お前はマジモンのロリコンじゃないのか?」
「違う」
僕達二人は総じて頭が悪い。そんなコンビだから、謎を解けるわけはなかった。どうしたものかと二人で首を傾げていると、隣りの席に座ってきた人がいた。僕と八巻と同じく、会社の同僚の浅野環奈さんだ。
↑浅野環奈
浅野さんは会社のマドンナ的存在だが、同僚だけあって僕達は話し掛けやすかった。それに、頭も良い。
僕はちょうど良いと思い、浅野さんに声を掛けた。
「あの、浅野さん」
「はい? どうしましたか、高畑さん」
「えっと......」
僕が身振り手振りあたふたしていると、八巻がざっくりと今までの会話を説明した。そして、説明を終えてから無駄な一言。
「つまり、高畑はロリコンなんだ」
「違ーよ!」
下を向いて何度かうなずいていた浅野さんは、僕に質問をした。
「高畑さんのマンションは、至って普通ですか?」
「え? ごく普通のありふれたマンションですけど」
「エレベーターもですか?」
「はい」
「会社と似たようなエレベーターでしたか?」
「いや、会社のエレベーターよりは小さいですけど、それ以外は同じです」
「なるほど、そういうことですか......」
どういうこと何だ? 僕達にはまったく理解出来ていないのだが。
すると無神経にも、八巻は浅野さんに尋ねた。「何が、なるほど、何だ?」
「その女の子が階段を上がっている理由がわかったんです」
「もうわかったのか!? 正解は?」
「エレベーターの押すボタンは、内側だったら階数の書かれたものですが、外側だったら上矢印と下矢印の書かれた二つしかないと思います。しかも、上矢印のボタンは下矢印のボタンの上に設けられています」
「ん? それだとどうなるんだ?」
「その女の子は、エレベーターのボタンに手が届かなかったのではないですか? 下矢印のボタンを押すと下るエレベーターになります。だから、一階に行くのはエレベーターが使えました。ですが、上矢印のボタンは下矢印のボタンより高いです。小さい女の子なら、手は届きません。上に行くには階段を使うしかないのです」
納得した。目の付け所が違った。僕と八巻だけでは導き出せなかった答え。浅野さんは、一人で導き出してしまった。
「──と言っても、これは私の仮説です。真実は、本人にしかわかりません」
仮説としては申し分ない。僕達三人は満足して、昼食を食べ終えた。
その日の夜。やっと一仕事終わらせて帰ろうとした時、肩を叩かれた。何だろうと振り返ると、そこには浅野さんがいた。
「あ、浅野さん?」
「高畑さん、聞きたいことがあります」
「何ですか?」
「ロリコンなんですか?」
吹いた。唐突過ぎて、すごく驚いた。
「ろ、ロリコン? 違いますよ......? それより、何で僕にそんな質問を?」
「いえ、高畑さんがロリコンなら同僚は対象外かと思いまして......」
目が覚めた。僕は夢で、十年前の自分を見ていた。
あの時は浅野さんが言っていることがわからなかったが、今ではその言葉の意味がはっきりとわかる。
眠気覚ましに洗面所に向かい、顔を洗う。すると、料理をする音が耳に入ってきた。
階段を下りてキッチンに足を踏み入れると、そこにはエプロンを着た浅野さん、否、高畑環奈さんが立っていた。
まずは、最後まで読んでいただきありがとうございます。
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私の作品にしては珍しい結末です。ハッピーエンドの作品はありますが、恋愛系を書くのが苦手なのであまり私の作品は男女が結ばれないんです。
【2021年3月21日 追記】
2021年3月21日、宵凪海理様より本作品のレビューをいただきました。初めていただいたレビューなので、かなり嬉しいです! 宵凪様、そして読者様。本作を読んでくださり、ありがとうございます!