1.優しい幽霊
いやぁ、みんな。僕の名前は佐久間舜。
最近悩んでいることがある。
それは隣の部屋に住む氷渡陽介のことだ。
僕は昔からクラスのみんなに話しかけるのが好きで、多分クラスの中心となって活動して来たと思う。
コミュニケーション能力には少し自信がある。東京から京都に引っ越して心機一転また仲の良い友人を作ろうと思い陽介に話しかけるも、いい感じの反応を見せることはない。
そんな感じで、すでにゴールデンウィークを迎えようとしている。
このままでは自称クラスの中心キャラの名が折れる。
とは言っても、陽介には陽介のスタイルがあることも理解している。
こちらが押しすぎたら迷惑にもなるだろう。
良い反応がないと言っても、寮のご飯を食べる時は毎回、朱莉と3人で話しながら食べているから険悪なわけでもない。
上手い距離を保ちながら徐々に近づいていくしかないだろう。
今日だって新歓ラッシュを終え急激に時間が生まれたのを潰すために一階のホールで6時30分から3人で集まることになっている。関係が進展していることは間違いない。
階段を降りるとすでに陽介と朱莉はソファに座っていた。
「すまないね、遅くなってしまって」
僕が声をかけると朱莉が、呼び出した当人のくせにと少し文句を言ったが、言い方から見て大して怒っていない。
「みんなはもうサークルとか決まったの?」
「私は演劇サークルに入ることにした。先輩に同担の人もいたし」
同担とはアイドルグループで同じ人を応援している人のことを指す。
朱莉は歓迎会の自己紹介で音楽鑑賞が趣味だとか言っていたが、ヴェートーヴェンなんかの高尚な音楽を聴くわけではなく、アイドルオタクなのだ。
別にアイドルだって立派な音楽なのだから問題はないのだが、朱莉はあまり他人に知られたくないらしく寮の中で朱莉がアイドルオタクであることを知っているのは僕と陽介だけだ。
どうでも良いと思われているのか分からないが、どうやら気を許してはくれているらしい。
「陽介は?」
「俺はなにも」
「入らないつもり?」
「今の所はな、バイトとかあるし」
なるほど、陽介にはいわゆる薔薇色の大学生活を送る気はさらさらないようだ。
「佐久間は?」
「僕は学祭の実行委員会と水泳のサークルに1つ」
「なんか佐久間っぽいわね」
危うく会話が終了しそうになったが、今日僕はとっておきの話題を持って来ている。というか、その話題を話すために招集をかけたのだ。
「ところでみんな、この寮に語り継がれている怪談話を知っているかい?」
ペットボトルを飲んでいた朱莉が興味深そうにこちらを見る。陽介は相変わらず手に持った本から目を離さない。
「知らないわね」
「先輩から聞いたんだけどね。どうやらこの寮には幽霊が出入りしていたらしい」
「幽霊?」
朱莉のリアクションは大袈裟でもなく小さくもなくこちらが話しやすいリアクションだ。陽介については全く変化を見せない。
「3年前くらいの話なんだけどね。夏の朝6時になると玄関の自動ドアが誰もいないのに開閉して、夕方の18時になるとまた自動ドアが開閉するのが続いたらしい。つまりさ、この寮に幽霊が住んでいて毎日6時に出て18時に帰って来ているってこと」
大分説明を端折ったがインパクトを与えるにはこれぐらいが良いだろう。
意外にもこの怪談話に先に返事をしたのは朱莉ではなく陽介だった。
「毎日規則正しくて優良な幽霊じゃないか」
返事の内容は予想を外れるものではない。
「確かに、それにさ真夜中にやられたら怖いけど、朝と夕方ならあんまり怖くないわね」
「そもそも、自動ドアが勝手に開閉することなんて、あり得ないものではないだろ」
これは意外だった。陽介はそのことを知っているのか。
「流石は、西京大に通っているだけあるね陽介。今回僕もこの話を聞いて調べたんだけどね、そもそも自動ドアには、光線式と熱線式っていう二つのタイプがある。前者は床の光の反射量と通った物体の光の反射量の差に反応して開閉する。後者は床の熱と通った物体の熱の差に反応して開閉する。つまり人じゃなくても反射光や熱に変化があれば良いんだ。例えば雪が積もったり虫が飛んだりセンサーが汚れていたりしたら勝手に動作することがあるんだ」
「じゃあ、幽霊じゃないんじゃない」
朱莉が期待外れというように再びペットボトルに手をつける。
「いやいや、夏だから雪はないし毎日規則正しく飛んでくる虫や汚れは考えにくいだろ」
「確かに」
朱莉はペットボトルを飲むのをやめて少し考えるような素振りをした。
一方陽介は本を閉じじっと自動ドアを見ていた。もしくは自動ドアの外を見ていたのかも知れない。
「その怪奇現象は3年前の夏だけだったのか?」
陽介がいきなりつぶやいた。
「うん。規則正しく6時に開くのはその時だけだったみたい」
「3年前の夏というとちょうど私が夏風邪を引いてしまった時ですね」
突如後ろから聞き慣れない声がした。
振り返ると後ろにいたのは隣の旅館で働く超絶美人の女の子だった。